日中関係の大原則をゆるがせにしかねない。習近平政権は将来を見据えた判断をすべきだ。
戦時中に中国から強制連行され、過酷な労働を強いられたとする中国人の元労働者らが、日本企業2社を相手取り、謝罪と損害賠償を求める訴状を北京の裁判所に提出した。
これに対し、菅官房長官は「日中間の請求権問題は、個人の請求権問題を含め、存在していない」と日本政府の立場を強調した。
中国政府は、1972年の国交正常化時の日中共同声明で、日本に対する戦争被害の賠償請求を放棄する、と宣言している。
日本では、中国人による個人賠償請求訴訟があったが、最高裁は2007年、「日中共同声明により、中国人個人は戦争被害について、裁判上の賠償請求はできなくなった」として訴えを棄却した。適切な判断だったと言える。
問題は、今回の訴えを、共産党政権の指導下にある裁判所が受理するかどうかだ。受理されれば、中国では、日本企業に対する初めての強制連行訴訟となる。
中国政府は、日中共同声明には個人の賠償請求権は含まれないという立場を取っている。しかし、実際には、裁判所は今までそのような訴えを受理しなかった。
巨額の円借款などで経済発展を支えた日本との関係維持を重視したからだろう。
ひとたび歴史を巡る国内での法廷闘争を容認すれば、大規模な反日デモや、政権の対応を「弱腰」とする批判を誘発しかねないとの警戒感もあったに違いない。
ただ、現在の状況はこれまでと異なる。日中間では首脳同士が会談さえできない。習政権は、安倍首相による昨年末の靖国神社参拝を機に、歴史問題で日本を攻撃する反日宣伝を一層強めている。
習政権が従来の方針を転換し、裁判所が訴えを受理すれば、関係の悪化はより深刻となろう。
そうなれば、どれだけの個人が被害を訴え出るのか、予測もつかない。中国は、強制連行された人は約4万人に上るとしている。
中国リスクの高まりが懸念され、日中間の貿易や投資、観光などが冷え込む可能性もある。
日本にとって、韓国で元徴用工が日本企業に損害賠償を求めている裁判と、中国の強制連行訴訟は、基本的に似た構図と言えよう。
日本政府は、訴えられた企業を支援すべきだ。中韓及び国際社会に対しては、法的に解決済みの問題を蒸し返すことの不当性を強く訴えていかねばならない。
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