朝日新聞 2013年12月26日
石綿被害判決 不作為重ねた国の責任
国のアスベスト(石綿)規制は後手後手にまわり、健康被害をもたらした――。
大阪府南部の泉南地域に多くあった石綿関連工場の元従業員らが起こした裁判で、大阪高裁がきのう、一審に続いて国の責任を認め、賠償を命じた。賠償額も上積みした。
泉南の裁判では四つめの判決だが、国はうち3回で負けた。被害者59人のうち35人が亡くなった。「命あるうちに解決を」の願いはかなわなかった。
国は上告することなく、今回の判決内容を軸に被害者全員の救済に動いてもらいたい。
判決は、国がやるべきことを怠った「不作為」の数々を列挙し、厳しく責任を指摘した。
旧労働省の調査で58年には、じん肺になる危険性がはっきりしたのに、事業所に排気装置の設置を義務づけたのは71年だった。空気中の石綿粉じんの濃度についても、学会から規制強化の勧告を受けてから実施するまで14年もかかった。
判決は、国は最新の研究成果をもとに、できるだけ早く適切に規制権限を行使するべきだ、と強調する。経済の効率性よりも人の生命、健康を優先すべきだという最近の司法判断の流れに沿ったものである。
泉南地域は「石綿被害の原点」と呼ばれる。20世紀初頭から紡織業が盛んになり、戦前すでに健康被害が指摘されていたからだ。
産業の発展とともに、新たな化学物質が続々と登場する。厳しい規制は業界の反発を招きがちだが、必要な措置をためらってはいけない。この判決を今後への重い警鐘と受けとめたい。
石綿被害のすそ野は広い。兵庫県尼崎市の工場跡地では、周辺住民でも健康被害が発覚した。この後の06年、石綿健康被害救済法が制定された。
国はその後も、石綿被害を訴える元建設作業員らが賠償を求める別の裁判でも争い続けている。この法は救済が目的であって、賠償責任を定めたものではないとの考えからだ。
だが、過去の事実経過をみても、国の対応が後手に回ったことは否めないだろう。
石綿による病気は潜伏期間が長く、被害者は今後さらに増える可能性が高い。裁判で争い続ける国の姿勢は、司法判断の積み重ねと逆行している。
救済にも課題が多い。今の救済法は適用範囲が狭く、給付水準も低いことへの批判が強い。被害の実態に即して常に見直し、内容を充実させていくべきだろう。これ以上の不作為は政府の信頼を落とすばかりだ。
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毎日新聞 2013年12月30日
石綿被害判決 国は早期救済に動け
戦前から紡織業が盛んだった大阪府南部地域のアスベスト(石綿)関連工場の元従業員と遺族が国を相手に起こした集団訴訟で、大阪高裁は1審に続いて賠償を命じた。
石綿による健康被害を防ぐ規制を怠った国の責任を初めて高裁段階で認めたことになる。1審よりも国の責任範囲を広げ、被害者の多くを救済対象としたことは評価できる。
粉じんで石綿肺が発症するという医学的知見が1958年に確立したのに、国は71年まで排気装置の設置を義務化しなかった。粉じんの濃度規制も、学会が勧告したにもかかわらず、欧米より10年以上遅れた。判決は、これらの規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠いており違法と結論付けた。
健康被害の救済を重視して、国の不作為責任を認めた2004年の筑豊じん肺訴訟の最高裁判決に沿う当然の判断だ。
集団訴訟は二つに分かれ、今回は第2陣の控訴審判決だった。原告が逆転敗訴した第1陣の大阪高裁判決は、産業の発展を重視し、行政の裁量権を広く認めて国の責任を否定したため、原告側が上告した。
今回の判決で国側が上告すれば、相反する二つの判断について最高裁で審理が続く。だが、原告の元従業員59人は石綿肺による呼吸障害や石綿関連がんの中皮腫に苦しみ、半数以上が死亡している。最高裁の判断を待っていては遅い。国は判決を受け入れ、早期救済に動くべきだ。
石綿による健康被害は、建設業や造船業などで深刻な事態となっている。元建設作業員らが国の責任を求めた訴訟では、東京地裁が昨年12月、防じんマスク着用の義務化が遅れたとして国に賠償を命じている。司法が相次いで救済を迫る意味を政府は重く受け止めなければならない。
石綿の健康被害で労災認定された人と06年施行の石綿健康被害救済法で救済認定された人は合わせて1万人を超えた。中皮腫は発症までの潜伏期間が20~60年と長いため、死亡者は年々増え、昨年は過去最多の1400人に上った。今後も被害拡大は避けられない。
救済法の補償水準は労災や公害被害と比べて低く、不備が指摘されている。労災の認定基準も厳しく、基準に合理性がないとして救済する司法判断が出ている。被害の実態に合う制度となるよう補償増額や対象拡大の検討を急がなければならない。
高度成長期以降に大量輸入され建材に使われた石綿は800万トン前後と推計される。昨年3月に全面使用禁止となったが、石綿が残る建物の解体は数年後からピークとなる。行政や業者は石綿が飛散しないよう万全の対策を取る必要がある。
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