都政は停滞していた。2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備も遅れていた。猪瀬直樹都知事の辞職は当然である。
猪瀬氏が医療法人「徳洲会」側から5千万円を受け取り、あいまいな説明に終始したことに、すべての原因はあった。その責任はあまりに大きい。
都議会側は18日、地方自治法に基づき、「百条委員会」を設置することを決めた。これまでの知事の答弁を覆す、新たな決定的な疑惑も明らかになっていた。
このままでは都政も五輪準備も一歩も前に進めなかった。自ら辞職を決断したとすれば、せめてもの救いだったといえる。
≪説明には納得できない≫
関係者によれば、猪瀬氏が昨年11月6日、徳洲会グループの徳田虎雄前理事長に面会した際、売却が決まっていた都内の東京電力病院を取得する意向を伝えられていたという。息子の徳田毅衆院議員から猪瀬氏が5千万円を受け取ったのは、この2週間後だった。
猪瀬氏は都議会の一般質問で、虎雄氏との面会時に「東電病院の売却は話題になっていない」と答弁していた。虚偽答弁だった可能性がある。
猪瀬氏は副知事時代の昨年6月、東電の株主総会に出席し「公的資金が入る中、ただちに売却すべきだ」と迫っていた。
東電は昨年10月、東電病院の売却と入札の実施を公表し、徳洲会は今年8月、入札に参加したが、9月に東京地検特捜部の強制捜査を受けた後に辞退した。
徳洲会側から東電病院取得の意思を伝えられていたことを事実として一連の流れをみれば、汚職事件の要素である、職務権限も請託も現金授受の事実もそろうことになる。無利子無担保で5千万円の「借金」の相手を「親切な人だと思った」とする猪瀬氏の説明を、信じろという方が難しい。
自民党の高村正彦副総裁も18日、「職務権限に関係する仕事をする人から大金を受け取った外形的事実だけで、出処進退を決断するのに十分だ」と述べた。国政与党による辞職勧告だった。
都議会などの追及も、ますます激しくなることが予想された。設置が決まった百条委では、正当な理由のない証言拒否や偽証に罰則が科せられる。
都知事自身が百条委に出席するのは初めてで、これまでの都議会一般質問や総務委員会でみせた、二転三転するような説明は許されなかった。
何より多くの都民は、議会の質疑に応じる猪瀬氏の姿そのものに強い失望感を抱いていたのではないか。「妻が」「秘書が」を繰り返し、「覚えていない」「記憶にない」を連発してきた。
≪成果を台無しにするな≫
多くの「政治とカネ」の事件で聞いてきた言葉だ。猪瀬氏はもともとノンフィクションライターとして、そうした疑惑を追及する側にいたのではなかったのか。
だいたい、それほど記憶力の乏しい人に、都知事の重責は担えるものなのか。
2020年東京五輪の招致に成功した9月、猪瀬氏は得意の絶頂にあった。日本中が喜びに沸き、その輪の中心に都知事の姿があった。安倍晋三首相をはじめとする政府や経済界、オリンピック、パラリンピックの選手らスポーツ界の力が結集した招致活動の牽引(けんいん)役として「私が知事だからできた」という趣旨の発言もあった。
それが完全なブレーキ役となり、せっかくの成果を台無しにしようとしていた。
大会組織委員会の設立期限は来年2月に迫っている。年内には組織委の理事長人事を決定し、1月中旬には一般財団法人としての設立登記を行う予定だったが、猪瀬氏の問題で政府もスポーツ界も、都との間で調整の場を設けられずにいた。
猪瀬氏自身も副理事長として組織委の理事会メンバーに入る予定だったが、すでに猪瀬氏を除外したうえでの設立準備が進められているという。
だが都知事は組織委理事長とともに、五輪の顔となるべき存在だ。2月のソチ(ロシア)冬季五輪には、開催都市の首長として出席する予定もあった。組織委から除外すればいいというわけにはいかなかった。
予算の編成など待ったなしの課題は山積している。知事の辞任なしに首都は動けなかったのだ。
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