元女性実父認定 最高裁に行き過ぎはないのか

毎日新聞 2013年12月15日

生殖医療と子供 権利守るルールが必要

生殖補助医療が進展し、家族のあり方が多様化する中で、最高裁が初めての判断を示した。

性同一性障害で女性から男性に性別を変更し結婚した人について、第三者から提供された精子で妻との間に生まれた子供を、法律上の子と認めたのだ。血縁よりも現実の夫婦関係を重視。「妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する」とした民法の「嫡出推定」の規定を適用した。

性別変更を法律で認めながら、遺伝的関係がないことを理由に、「嫡出推定」の適用を認めないのは相当でないとして導いた結論だ。

夫婦が第三者提供の精子で人工授精し、妻が子を産んだ場合、嫡出子として認められている実態がある。そうした現実に照らせば妥当な判断と言える。少数者の権利を守り、遺伝的関係がなくても子を育てようとする父子関係を安定させる意味でも理解できる。

ただし、決定は5人の裁判官のうち3人の多数意見だった。2人の裁判官は「男性に生殖能力がないのは明らかで、父子関係は認められない」と反対意見を述べた。

第三者提供の精子を使った人工授精による子はだれを父とするか法律上の定めがない。多数意見と反対意見双方の裁判官に共通したのは、生殖補助医療の進展に照らし立法によってルールづくりをする必要性だ。

親子関係を複雑にする生殖補助医療は、他にも第三者から卵子や受精卵をもらって妊娠・出産する「卵子提供」や「受精卵提供」、カップルの卵子と精子を体外受精させて第三者に産んでもらう「代理出産」など、さまざまなケースがある。こうした生殖補助医療のあり方については1990年代から政府や日本学術会議、学会などが議論を進めてきた。

その多くが法制化を念頭に置いていたが、国会での検討は進まず、たなざらしにされてきた。結果的に、親子関係の法的な検討も進まず、技術が先行しているのが現状だ。これでは子の福祉が守られない。

今回の決定は、第三者が関わる生殖補助医療そのものの是非を判断したわけではない。今後、こうした技術の規制と、親子関係の双方について、国会で法的整備を進めるべきだ。その際に重要なのは、子の幸福を何より優先することだ。

生まれた子が自分の出自を知る権利をどのような形で保障するかの議論も必要だろう。子をもうけることを重視するあまり、女性の体を道具として扱うことがないようにすることも重要だ。

血縁を重視するだけでなく、子がほしいカップルが養育者のいない子を育てる養子縁組などの制度や環境も、さらに整えてもらいたい。

読売新聞 2013年12月14日

元女性実父認定 最高裁に行き過ぎはないのか

生殖医療の進歩と現実の法制度の差を、いかにして埋めるべきか。議論の分かれる司法判断が示されたと言えよう。

性同一性障害で女性から性別変更した男性の妻が、第三者の精子を使った人工授精で出産した子供について、最高裁が法律上の夫婦の子(嫡出子)と認める決定を出した。男性が実父と認定されたことになる。

民法には「妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する」という「嫡出推定」の規定がある。

性同一性障害を持つ人の性別変更に関する特例法が2004年に施行され、変更後は新しい性別で民法の適用を受けることが定められた。元女性が夫として結婚するのを認めた規定だ。

最高裁は「婚姻を認めながら、その主要な効果である嫡出推定の規定の適用を認めないのは相当でない」と判断した。

しかし、今回のケースが果たして「夫の子と推定」できるのだろうか。性別変更後の男性に生殖能力はない。この厳然とした事実があるだけに、最高裁による実父認定には疑問が拭えない。

決定では、裁判官5人のうち2人が反対意見に回り、「民法の嫡出推定は、妻が夫により妊娠する機会があることを根拠としており、本件の場合は嫡出推定の根拠がない」などと述べた。

多数意見のように本件を嫡出子と認めれば、「民法の枠組みを一歩踏み出すことになる」と主張した反対意見には説得力がある。

子供はいずれ、法律上の父との間に血縁関係がない事実を知るだろう。その時の子供の苦悩に配慮すべきだと指摘する識者もいる。傾聴すべき見解と言えまいか。

一方、代理出産を巡り、最高裁は07年、親子関係の成立を否定している。タレントの向井亜紀さん夫妻が自らの受精卵を使い、代理母に出産を依頼したケースだ。

「民法上、妊娠・出産した女性が母親」と判断し、今回の実父認定とは逆に、血縁がありながら法的に母子と認めなかった。

生殖医療の進歩に伴い、法が想定していない形態の「親子」が次々と生まれている。法整備が現実に追いついていない中では、法的な親子関係を認めるかどうかの判断を、その都度、司法に委ねるしかないのが実情だ。

晩婚化などの影響で、不妊の夫婦は増えている。今後、生殖医療に頼るケースがさらに多くなるのは確実だとされる。混乱を防ぐためにも、法整備に向けた議論を急ぐ必要があろう。

産経新聞 2013年12月15日

性変更の父子認定 生殖医療の法整備怠るな

最高裁は、性同一性障害で戸籍上の性別を変更した男性と、第三者からの人工授精で妻が産んだ長男との、父子関係を認めた。東京家裁と東京高裁は、父の欄を空欄とされた戸籍訂正の申し立てを退けていた。

「やっと息子の父親になれた。たくさんの愛情で子育てしたい」と父子で喜びの会見を行う姿をみれば、最高裁も粋な判断をしたものだと思う。ただ留意すべきは、裁判官5人の意見が賛成3人、反対2人と分かれたことだ。

僅差の多数意見は「特例法で婚姻を認めながら、血縁関係があり得ないことを理由に嫡出子としての推定が認められないとすることは相当でない」とした。

これに対し、「特例法は親子関係の成否に触れていない」「本来的には立法で解決されるべき問題に、制度整備もないまま踏み込むことになる」といった反対意見には、十分な説得力がある。

性同一性障害とは心と体の性別が一致しない疾患名で、平成16年に施行した性同一性障害特例法は、複数の医師の診断など一定の条件を満たせば戸籍上の性別を変更することを認めた。民法も変更後の性別が適用される。

ただ反対意見にあるように、特例法には、人工授精による子供との親子関係を認める要件などの規定はない。

本来は解釈を争うのではなく、法によって判断基準を示すべき問題である。

民法はもともと、第三者の精子や卵子を使った生殖医療による出産を想定していない。一方で、夫の死後に妻が凍結精子を使用した体外受精や、第三者や肉親による代理母出産など、新たな事例が次々生まれている。

家族観や倫理上の問題も含め、簡単に答えは出ないが、法の整備を放置してはおけない。子供に不利益が及ばないよう、議論を速やかに深めてほしい。

また今回のケースの両親は、特例法により性別を変更した戸籍上の男性と女性による法律婚の夫婦である。最高裁の判断が、同性婚や事実婚を認めたものと受け止めるのは間違いである。

法律婚によって築かれる家族が尊重、保護されるべき社会の最小単位であることに変わりはない。日本の伝統的家族観と、技術が進む生殖補助医療との共存を支える法の整備を進めてもらいたい。

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