毎日新聞 2013年12月14日
張成沢氏処刑 恐怖政治の闇を憂う
この異様な国で起きていることの酷薄さに身震いする思いだ。
北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)・第1書記の叔父であり最側近と目されていた張成沢(チャン・ソンテク)・前国防副委員長が、先日の失脚に続き、軍事裁判を経て即時処刑されたという。北朝鮮当局の公式発表である。
張氏は軍事法廷で拘束され、うなだれる写真まで公表された。体制の中枢にいた人物がこんな扱いを受けるのは北朝鮮でも異例のことだ。
張氏はクーデターなど国家転覆の陰謀行為を働いたと指弾され、公式報道機関から「人間のクズ」などと罵倒された。
真相はどうあれ、異常事態が起きているのは事実だ。今後の焦点は北朝鮮指導部や軍の動向である。
ミサイル発射と核実験を繰り返してきた国の内部抗争や軍部強硬派の暴走は危険極まりない。そんな兆候がありはしないか、日米韓による綿密な監視の継続が不可欠だ。
状況判断の焦点の一つは金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去後2年となる今月17日の追悼行事である。参列する幹部の顔ぶれなどから、体制動揺の有無や今後の展開を見極めることができるかもしれない。
現時点では不明な点が多すぎる。 金総書記の妹であり、張氏の妻でもあった金慶喜(キム・ギョンヒ)氏は、張氏の処刑を止めなかったのか。叔父を粛清する会議を指揮した金第1書記は、独裁体制の基盤を固めたのか。
最近の党機関紙「労働新聞」社説は「全党と全社会に党の唯一指導体系を確立する活動をさらに強力に、猛烈に行わなければならない」などと強調しており、むしろ権力掌握が十分でないという印象さえ受ける。
駐北朝鮮ドイツ大使も「正恩氏の権力は固まっておらず、北朝鮮の主導権は軍強硬派が握っている」との見解を示したという。
張氏失脚の最大の理由は経済利権を軍から奪ったことだとの見方がある。張氏はかつて金総書記の不興を買い、再起不能と見られたが、後に許されて警察や検察も指揮する役職に就く。この権力を活用して新規資源開発などの機会を確保した。その一方、中朝経済協力に関与するなど中国要人とも親交があった。
また、利権獲得の一方で、経済建設を重視する姿勢では金第1書記と共通するところがあり、北朝鮮国民の支持があったという。
前向きの変化につながるかすかな期待が芽生えていたわけだが、今後の展開は全く不透明だ。
日本人拉致問題についても、軍部強硬派の発言力が強まるようでは期待が遠のきかねない。政府はあらゆる機会を捉えて、北朝鮮の態度を変える努力を重ねるべきである。
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読売新聞 2013年12月17日
張成沢氏処刑 失政への不満封じる恐怖政治
金正日総書記の死から2年を経て、北朝鮮は一段と不安定化しているということだろう。
金正恩政権のナンバー2と目されていた張成沢国防委員会副委員長が、解任・党除名処分の4日後、クーデター目的の国家転覆陰謀行為を働いたなどとして死刑判決を言い渡され、即刻処刑された。
自身の叔父すら抹殺する「恐怖政治」で独裁体制の強化を図ろうとする金正恩第1書記の冷酷な本性と、そうでもせねば国内を統制できないとの危機感の表れだ。
国営メディアは、秘密警察・国家安全保衛部の特別軍事法廷の判決文を伝え、「国の経済と人民生活を破局に追い込もうとした」と張氏を糾弾した。国家が崩壊寸前になれば、政権簒奪に成功するとの打算があったとしている。
挙げられた罪状は、中露との国境に位置する羅先経済貿易地帯の土地を「50年期限で外国に売り飛ばす売国行為」や、4年前のデノミによる「途方もない経済的混乱の惹起」など多岐にわたる。
どこまで事実か疑わしいが、こうした発表自体が体制内の亀裂と経済失政を自認したに等しい。全責任を張氏になすりつけ、政権の正当化を図る狙いではないか。
国内統制を強める北朝鮮は、対外的には挑発路線に一層傾斜する可能性がある。核抑止力の誇示へ、4回目の核実験や、「人工衛星打ち上げ」と称するミサイル発射に踏み切ることへの懸念は強い。
事実、プルトニウム生産炉の運転再開や、核実験場、ミサイル発射場の整備を進める様子が衛星写真の分析で判明している。国際社会は、今後の動向を鋭意注視し、連携して対応せねばならない。
張氏の勢力一掃後、金第1書記は、内閣主導の名の下で、経済活動を展開する意向のようだ。
経済再建と核戦力強化の二兎を追う「並進路線」を変える兆しは見られない。
だが、核・ミサイル開発を続ける限り、北朝鮮への経済制裁は緩和されない。外国からの投資や観光客誘致の成果は上がるまい。
経済の困窮によって、国民の不満は高まる。内部から崩壊に向かうリスクは増すばかりだ。
中国は、北朝鮮を安定化させて中国東北部の開発につなげようと、改革・開放を促してきた。その中心人物でもあった張氏の処刑は、大きな誤算だろう。
核武装する独裁国家の不安定化は、内乱など暴発の危険を伴う。日米同盟を堅持し、防衛力を強化して備えるべき重要な局面だ。
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産経新聞 2013年12月14日
張成沢氏処刑 残虐な政権に警戒強めよ
多くの人が慄然としたのではないか。北朝鮮の金正恩第1書記が叔父の張成沢氏を処刑した。更迭から4日後、特別軍事裁判で死刑判決が下され即日執行されている。
米国家安全保障会議(NSC)のベントレル副報道官は「北朝鮮政権の極端な残虐さを示す新たな事例だ」と非難した。北の体制の残虐性とともに若き独裁者の予測不能性にも目配りし、その暴走を警戒、阻止していかなければならない。
判決は、張氏が米韓両国の政策に便乗してクーデターを企図し、その犯行が審理過程で百パーセント立証されて、張氏も罪状を全面的に認めた、としている。
張氏は金氏一族の一員で、正恩氏の事実上の後見役を務めてきた。そんな実力者の即日処刑は、独裁国家でもそうはあるまい。
正恩氏は、独裁体制維持のため恐怖心を国民に植え付ける必要があったのか、国営メディアは口を極めて張氏を罵倒している。
正恩氏は2年前、金正日総書記の死去に伴い、権力を世襲した。権力継承への長い準備期間を経て金日成主席が築いた王朝を継いだ正日氏と違い、正恩氏は現在30歳前後で経験不足は否めない。
そのせいか、北朝鮮では正恩氏の代になってから、一段と常軌を逸した動きが目立っている。
昨年12月に長距離弾道ミサイルを発射し、今年2月には3度目の核実験を強行した。その後、さらなるミサイル発射をちらつかせて国際社会を挑発し、朝鮮戦争の休戦協定を白紙に戻すと宣言したり平壌の外交官に退避を要請したりして、「戦争状態」を煽(あお)った。
これに対し、米国がイージス艦2隻を西太平洋に派遣し、B52戦略爆撃機、F22ステルス戦闘機を米韓合同演習に参加させ、北を牽制(けんせい)する事態となっている。
正恩氏はスキー場など娯楽施設の建設による観光開発に熱心かと思えば、米国人観光客をゆえなく拘束し、経済再建に力を入れるかと思えば、韓国と共同の開城工業団地を一時閉鎖に追い込んだ。
厄介だが、金正恩体制下では予測不能なことが起き得るとの前提に立ち、日本にとっては最重要な拉致問題を含めて、北朝鮮に対応していくほかない。
張氏処刑で軍が実権を握ったとの見方も示され、内部抗争が進行中の可能性もある。軍の動きは特に注視していく必要がある。
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