秘密保護法案 裁きを免れる「秘密」

朝日新聞 2013年12月02日

秘密保護法案 裁きを免れる「秘密」

特定秘密保護法案には、裁判の公正さの観点からも、大きな懸念がある。

「特定秘密」とされた情報を漏らしたり、取得したりしたとして罪に問われたら、どうなるのだろう。

裁判では、その情報が本当に秘密とすべきものかどうかが争点になる可能性が大きい。だが、法廷で情報そのものが示される可能性はほとんどない。何が問題か分からないまま、処罰されることになりかねない。

共謀や未遂のケースでは、どんな秘密にかかわって罰せられるのか、被告自身が分からないという事態さえ考えられる。

国会の審議で政府は、秘密の内容を具体的に明らかにする必要はないと説明した。秘密の種類、性質、秘密指定の理由などを示せば、秘密に値することは立証できるというのだ。

しかし、秘密指定について第三者のチェックがないしくみでは、本来、秘密にするのが適当でない情報が含まれるおそれは強い。種類や性質といった形式的な説明で済む話ではない。

たとえば、政府にとっては公になることが不都合な秘密であっても、社会全体の利益を考えれば、国民に広く共有されるべきものかもしれない。

その情報を漏らしたり取得したりした行為は、それが社会にもたらした損害と利益に照らして、処罰が必要かどうか検討されるべきである。情報の中身の吟味は不可欠だ。

秘密というにはあまりに取るに足らない情報にかかわって、起訴されることもあるかもしれない。秘密指定したことの行き過ぎが問われないまま、処罰することは許されないだろう。

特定秘密を証拠として調べる必要があるかどうかを検討するため、非公開の手続きで、裁判所が検察側に秘密の提示を命じる可能性はある。

検察側はそれさえ応じないのではないか。通常の事件なら、このような命令に検察側は対応するのが原則だ。しかし特定秘密をめぐる事件では、秘密を出さないことが有罪の立証よりも優先されかねない。

歴史を振り返れば、秘密保護に伴う罰則のねらいは、違反者を有罪にすることより、むしろ政府が秘密にしたい情報に近づこうとする行為を威嚇し、萎縮させるところにあった。

有罪に持ち込めなくても、疑わしい人物を逮捕し、捜索、取り調べをするだけで、一定の目的は果たせる。そのような性格が今回の法案にすけて見える。

適正な刑事手続きにもたらす影響はあまりに大きい。

毎日新聞 2013年12月07日

特定秘密保護法成立 民主主義を後退させぬ

「情報公開は民主主義の通貨である」とは米国の著名な消費者運動家、ラルフ・ネーダー氏の言葉である。国の情報公開が市民に政治参加への材料を提供し、民主的な社会をつくっていくことに貢献するとの意味が込められているという。

日本でも戦後、国民の知る権利や政府の説明責任という概念が人々の間に徐々に広がり、国の情報は国民全体の財産であるとの考え方が浸透した。欧米から大きく後れをとったとはいえ、2001年の情報公開法、11年の公文書管理法の施行で、行政情報に誰もが自由にアプローチできる仕組みが整った。

ところが、そうした民主主義の土台を壊しかねないのが、参院本会議で成立した特定秘密保護法である。

国の安全保障にかかわる情報を秘密にし、近づこうとする人を厳しく取り締まるのがこの法律の根幹だ。民主主義を否定し、言論統制や人権侵害につながる法律を私たちは容認するわけにはいかない。制度導入を主導してきた安倍晋三首相と政権与党に、誤った政策だと強く指摘する。

それにしても、目を覆うばかりの政府・与党の乱暴な国会運営だった。今国会の成立に固執して拙速に審議の幕を下ろし、採決を強行した。野党の一部を取り込むために採決直前になって次々と新しい組織の設置を口約束するドタバタぶりだった。その手法は、与野党が時間をかけ熟議を重ねて妥協を図り、多数決は最後の手段とすべき議会制民主主義とは大きくかけ離れたものだ。

強行成立したこの日を、法律の中身と成立手続きの両面で、民主主義が損なわれた日として記憶にとどめたい。

私たちはこれまで、この法律が抱えるさまざまな問題を懸念し、廃案を求めて訴えてきた。

なによりも、国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあるとの理由をつければ、行政機関は大量の情報を特定秘密に指定することができ、国民は接することが不可能になる。情報を公開するという原則をゆがめるものだ。「何が秘密かも秘密」にされ、個々の指定が妥当かどうかのチェックは国会も司法も基本的に及ばない。そのため、行政は恣意(しい)的な指定が可能になり、不都合な情報も隠すことができてしまう。

不正アクセスなどの違法行為で特定秘密を取得した人だけでなく、漏えいや取得をめぐる共謀、そそのかし、あおり行為も実際に情報が漏れなくても罪に問われる。取り締まり対象は報道機関に限らず、情報を得ようとする市民全体に向けられる。

読売新聞 2013年12月07日

秘密保護法成立 国家安保戦略の深化につなげよ

◆疑念招かぬよう適切な運用を

日本にもようやく米英など他の先進国並みの機密保全法制が整った。

外交・安全保障政策の強化につなげる一方で、「知る権利」が損なわれるという疑念を国民から抱かれぬよう、政府は運用に十分配慮しなければならない。

安全保障に関わる機密情報を漏らした公務員らの罰則を強化する特定秘密保護法が6日深夜、参院本会議で自民、公明両党の賛成多数によって可決、成立した。

与野党が激しく対立する中、衆院で賛成したみんなの党が与党の「強引な国会運営」を批判して退席した。極めて重要な法律が異例の事態で誕生したのは残念だ。

◆統一的なルール明確に

中国の防空識別圏設定の動きが象徴するように、日本の安全保障環境は厳しさを増している。

米国はじめ各国から重要な情報を入手し、連携を強めねばならない。それには、秘密保護への信頼を高めることが不可欠だ。

既に国家公務員法の守秘義務や1954年の日米相互防衛援助協定に伴う特別防衛秘密、2001年の改正自衛隊法による防衛秘密などの法制はある。

それでも十分ではなく、日本は情報が漏れやすいと指摘されてきた。今回、防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止に関する、政府全体の統一的かつ本格的な秘密保全ルールが整ったと言える。

今週発足した国家安全保障会議(日本版NSC)の情報収集と分析の能力を高めていく上でも、欠かせない法制度である。

ところが、国民を守るための立法趣旨が軽んじられている。

審議の中で戦前、思想犯の弾圧に用いられた治安維持法になぞらえた批判まで出たのには驚く。戦後の民主主義国家としての歩みや政治体制、報道姿勢の変化を無視した暴論と言うほかなかろう。

安倍首相が「一般国民が特定秘密を知ることはあり得ない。ゆえに処罰されることはあり得ない」と答弁したように、普通の国民が対象となることはない。

ただ、法案審議を通じ、政府に対する国民の不信感が増したことも否めない。政府は、秘密保護法の趣旨を国民に丁寧に説明し、理解を求めていくべきである。

与党と維新の会やみんなの党との協議で、秘密指定対象がより絞られ、指定解除後の公開原則も明確になったことは評価できる。

◆知る権利とのバランス

参院審議の最大の論点は、官僚が恣意(しい)的に秘密の範囲を拡大するのではないかという点だった。

秘密指定の妥当性をチェックする第三者機関として、首相は「保全監視委員会」を設けると約束した。菅官房長官も、内閣府に20人規模の「情報保全監察室」を発足させると言明した。政府側が次々と妥協を図ったと言える。

第三者機関には実効性を持たせることが肝要だ。特に、警察庁や公安調査庁などテロやスパイ活動を取り締まる分野での秘密については、国民の不安が強いことに留意しなければならない。

民主党は、政府内の組織では、機能を果たせないと言うが、民主党の提案するように与野党が指名した有識者による委員会で的確に検証できるのか、疑問だ。

秘匿性の高い情報をどう扱うかという高度の判断は、政府の方針や国家戦略に基づいてこそ可能になる。情報漏えいリスクが高まる観点からも、政府内の監視組織の方が望ましい。

最も懸念されるのは、公務員が懲役10年以下という厳罰を恐れ、報道機関の取材に対して萎縮しかねないことだ。秘密保護法を理由に情報を秘匿する恐れがある。

個人情報保護法に対する過剰反応で、社会に必要な情報まで流通しにくくなった。その傾向に拍車をかけてはなるまい。

◆「原則公開」も問われる

特定秘密の公開は原則30年後だ。延長する場合も一部例外を除き最長60年である。指定解除後の文書をどう公開・廃棄するのか、具体的な方策はこれからだ。

秘密保護とセットであるべき情報公開制度にも問題がある。現行の制度では公開の幅が狭く、国民が情報にアクセスしにくい。

特定秘密に関する訴訟が起きた場合、裁判官が対象文書を見ることができるようにしなければ裁判所としても役割を果たせない。

国会の関与のあり方も、検討課題である。特定秘密の提供を受ける秘密会をどう運営するか、国政調査権との関係をどう考えるか、与野党は議論を深めるべきだ。

公布後、1年以内に施行される。与野党は協議を重ね、より良い法制に仕上げてもらいたい。

産経新聞 2013年12月07日

秘密保護法成立 適正運用で国の安全保て 知る権利との両立忘れるな

安全保障に関わる機密の漏洩(ろうえい)を防ぐ特定秘密保護法が参院本会議において与党の賛成多数で可決、成立した。日本の平和と安全を維持するために必要な法律の整備は避けて通れない。

秘密保護法をめぐり、国民の「知る権利」、報道の自由を損なうのではないかとの懸念が示されてきた。政府は国民の権利を十分に尊重し、適正な運用を図らなければならない。

なぜ今の日本に秘密保護法が必要なのか。日本をとりまく安全保障環境を考えてほしい。

尖閣諸島をねらう中国は、海上自衛隊の護衛艦に射撃管制用レーダーを照射し、尖閣を含む東シナ海上空に防空識別圏を一方的に設定するなど、軍事力を背景に圧力を強めている。

多くの日本人を拉致したままの北朝鮮は、核・弾道ミサイル開発を強行している。

政府には、外部からの侵略に対して国と国民の安全を保障する責任がある。

だからこそ自衛隊を持ち、日米同盟を結び、厳しい外交を展開している。軍事、外交、テロなどの機密情報を外国と交換することもある。宇宙から世界各地を撮影する情報収集衛星も運用している。いずれも、国民を守るための取り組みである。

≪国民のためにある秘密≫

有事に備えた自衛隊や日米共同の作戦計画、戦闘機や潜水艦、レーダー、ミサイルなどの最新鋭の装備に関する情報が流出すればどうなるか。

抑止力は大きく損なわれ、有事の際に国民や自衛隊員の犠牲が増えることにつながる。

原子力発電所の警備計画が漏れれば、テロリストや外国の工作員につけ込む隙を与える。

外国から受けた機密を守れない国だとみなされれば、日本に貴重な情報を与える国はなくなる。

情報源となっている個人や民間の組織を守り通す必要もある。

平和を重視する日本だからこそ、守るべき秘密があるのだ。

平成16年には、上海総領事館の暗号担当官が、中国の情報機関員から機密の漏洩を強要されて自殺した。12年には海上自衛隊幹部によるロシア武官への情報漏洩事件があった。日本の情報は、狙われていると知るべきだ。

秘密保護法は、特定秘密を扱う資格があるかどうか、公務員や防衛秘密に触れる会社員らを審査する「適性評価」の仕組みを導入する。プライバシーを盾にした批判もあるが、一般の国民が審査されるわけではない。欧米諸国でも情報の保全について、厳格な制度が導入されている。

≪NSCが機能する前提≫

発足したばかりの国家安全保障会議(日本版NSC)が機能するためには、良質な情報の入手が必要となる。日本の情報管理が信頼されなければ、機密度の高い情報は得られない。

1月に多数の犠牲者を出したアルジェリア人質事件では英国などから情報提供を受けたが、今後はNSCが中心となってその任を担うことになる。高度な情報を交換するためには、同等程度の秘密保全への取り組みが求められる。

「知る権利」や報道の自由を守るためには、政府による恣意(しい)的な特定秘密の指定を避ける仕組みが重要となる。

政府は国会審議の最終盤に、指定や解除の妥当性をチェックする「保全監視委員会」や「独立公文書管理監」などの設置を表明した。これらの機能について、説明が足りない。「知る権利」との両立を担保する機関の性格については、丁寧な上にも丁寧に説明を重ねるべきだ。

秘密保護法には、特定秘密の範囲を定め、将来的に原則公開する制度上の役割がある。民主党政権下で、3万件もの防衛秘密が破棄されたような不祥事を繰り返さないための法律でもある。

秘密の指定期間は原則60年ではない。指定は5年ごとで、延長は原則30年以内である。暗号など一部の例外を除き最長60年まで延長できるが、特定秘密は国民の財産である。必要性がなくなれば速やかに指定を解除すべきだ。

また政権交代によるチェックを意識して、どの政権であっても妥当だとされる法の運用が必要である。多くの懸念がある中で秘密保護法が成立したことを忘れず、政府は国益にかなう同法の運用に努めてほしい。

毎日新聞 2013年12月06日

秘密保護法案参院審議を問う 強行可決

まるで問答無用である。特定秘密保護法案が参院国家安全保障特別委員会で強行可決された。与党は参院本会議採決も行い、今国会で成立させる構えだ。

衆院審議入りしてから1カ月足らずで、参院審議は1週間余に過ぎない。新たな問題点が続々と判明する中、ひたすら今国会の会期内成立に進む強硬路線は日本の議会政治に大きな汚点を残す。本会議での議員一人一人の判断が問われよう。

「良識の府」という呼称が恥ずかしくなるような参院の有り様だ。特定秘密保護法案をめぐり与党は形ばかりの地方公聴会を多くの野党が欠席したまま開き、他の重要法案の審議を拒んだとして2委員会で民主党議員の委員長を解任してしまった。

秘密保護法案の修正協議で合意する一方で慎重審議を求めた一部野党の声も強行可決で軽んじた。衆参ねじれが解消したとたん、これでもか、と言わんばかりの数まかせだ。

場当たりな対応を象徴する動きが5日にもあった。与党は秘密の指定を検証、監察する第三者機関「情報保全監察室」(仮称)を内閣府に政令で置く新提案を行った。安倍晋三首相が4日の国会答弁で「保全監視委員会」(仮称)など新組織設置を表明した翌日、日本維新の会やみんなの党を懐柔しようとした日替わりメニューのような泥縄ぶりである。

政府は新機関の独立性を強調する。だが、内閣府に設置される以上は政府の内部機関だ。独立した機関を真剣に作るのであれば最低限、今の法案を修正しなければおかしい。

それにしても政府・与党はなぜ、これほどまでに会期内成立に固執するのか。審議を重ねるほど法案の欠陥と危険性が国民に浸透し、世論が硬化すると危ぶんだのではないか。

何が秘密かが明らかでないまま秘密が増殖しかねず、国会や司法のチェックも及ばない。しかも運用次第で市民生活の監視につながりかねない。多少の小細工で法案の構造が抱える問題は修復できない。

首相は1992年の国連平和維持活動(PKO)協力法を引き合いに出し、いずれ国民の理解は得られると見通しを語る。だが、PKO法は衆院通過から修正を経ての成立まで半年以上を要した。これほど重要な案件を国政選挙の公約できちんと国民に説明せず、短期間の審議で済ませようとする強引さは法案の内容と同様、到底容認できない。

国民の不安を無視したまま成立を急ぐ首相の責任は極めて重い。参院本会議にのぞむ議員は歴史に刻まれる採決だと心得ねばならない。

読売新聞 2013年12月05日

秘密保護法案 「監視委」の実効性が問われる

国民の「知る権利」を守るうえで、一定の前進と評価できよう。

安倍首相が特定秘密保護法案の国会審議で、秘密指定の妥当性を検証する機関として、内閣官房に「保全監視委員会」を法施行前に設置する方針を表明した。

秘密指定の運用基準の策定時に意見具申する有識者会議「情報保全諮問会議」や、秘密文書の廃棄の可否を判断する「独立公文書管理監」の新設と合わせて、「三重のチェック」を行うという。

安全保障に関する機密保全と、報道の自由などを両立させるには秘密指定の対象が安易に広がることを防ぐ仕組みが欠かせない。保全監視委などには、各省庁による恣意(しい)的な秘密指定への「歯止め」の役割が期待される。

肝心なのは、各組織やポストの実効性を確保することである。

保全監視委は、正副官房長官や関係省庁の次官級の官僚などで構成するとされる。

政府から独立した機関にするとの民主党の主張は、部外者に判断を委ねることになり、無理がある。政府の機関とするのは妥当だ。

一方で、保全監視委が各省庁の秘密指定の“追認機関”に陥らないようにする必要がある。

政府は、保全監視委の事務局体制を充実させるとともに、秘密保護や情報公開に関する専門的な人材を育成することが重要だ。

秘密保護法案は、党首討論でも中心的なテーマとなった。

安倍首相は、「現在は秘密の指定・解除の規則がない」と述べ、秘密保護法案によって、情報保全の基準やルールが明確化される意義を強調した。

民主党の海江田代表は、保全監視委などが明記されていない法案は「欠格製品」で、「官僚による官僚のための官僚の情報隠しの法案だ」などと批判した。

秘密指定の妥当性に関する検証機関は、与党とみんなの党、日本維新の会との修正協議の結果、設置を検討すると法案付則に追加された。政府提出法案が、より良い内容になるよう国会で修正されることに、問題はなかろう。

維新の会の石原共同代表は「時代に即応した非常に重要な法律」と法案を評価した。みんなの党の渡辺代表は、参院審議の進め方が「強権的」だとして、賛否を留保し、国会会期の延長を求めた。

政府・与党は、法案が市民生活を脅かすかのような極論を払拭するためにも、法案内容について、丁寧かつ分かりやすく説明する努力を倍加させるべきだろう。

産経新聞 2013年12月06日

秘密保護法 残念な会期末攻防の混乱

特定秘密保護法案が参院の特別委員会で、与党の賛成多数により可決された。本会議を経て成立の運びだ。

すでに発足した国家安全保障会議(日本版NSC)を十分に機能させるため、政府与党がこの法案を最重要課題と位置付けて成立を目指すのは当然である。日本の平和と安全を維持するために必要な法律だからだ。

特定秘密の指定の仕組みなどをめぐり、野党との対立は解けなかった。今国会成立のため、やむを得ない判断だったといえるが、与党が質疑を打ち切り、混乱の中での可決となったのは残念だ。

審議終盤になり、政府は特定秘密の指定や解除の妥当性をチェックする「保全監視委員会」の設置などを提案した。報道の自由や知る権利が損なわれぬよう、どう機能させていくか、法案成立後も引き続き説明に努めるべきだ。

安倍晋三首相は4日の参院国家安全保障特別委員会で、保全監視委員会のほか、公文書廃棄の可否を判断する「独立公文書管理監」を設けると表明した。菅義偉官房長官は「情報保全監察室」を置く考えも示した。

チェック態勢を強化する姿勢は評価できる。だが、法案成立に協力を求めるため、矢継ぎ早に打ち出した感は否めない。その内容が国民の理解を得られたかどうか、疑問は大きい。

野党側は、秘密保護法案の審議時間が衆院で40時間超だったのに対し、参院では20時間超にとどまった点を挙げて「審議は不十分」と反発した。衆院の段階では、与党と日本維新の会、みんなの党との間で法案修正について合意を得られたが、参院審議では協力を維持できなかった。

ともに法制度の必要性は認めているのであり、もっと早い段階で与野党間の協議を始めておくべきだった。秋の臨時国会の召集を10月半ばまで遅らせた、政府与党の判断が適切だったのかも問われなければなるまい。

野党第一党の民主党の姿勢も大いに問題がある。秘密保護法制はもともと民主党政権が提唱した。修正のハードルを高く上げ、合意に努めたとは言いがたい。

国家戦略特区法案など他の法案を成立させるため、民主党の常任委員長を与党が解任するなど異例の事態も起きた。亀裂が生じた国会の修復も難題である。

毎日新聞 2013年12月05日

秘密保護法案 参院審議を問う…急ぐ自公

これで成熟した民主主義国家といえるのだろうか。

国家機密の漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法案について、自民、公明両党が4日、会期末の6日に参院本会議で可決・成立させる方針を確認した、という。国民の知る権利や人権にかかわるこれほど重要な法案である。しかも、日々新たな問題点が指摘される中での審議打ち切りはとても容認できるものではない。

会期が残り3日となった4日、政府与党の動きはあわただしかった。自公による日程合意が行われる一方、国会では午前中に参院国家安全保障特別委員会で、安倍晋三首相に対する質疑が行われ、午後には首相と海江田万里民主党代表らがこの国会初めての党首討論を実施、同日夕にはさいたま市で野党側欠席(共産党のみ出席)のまま同特別委の地方公聴会が強行された。自公からすれば、同特別委でいつでも採決できる状態に持ち込んだつもりだろう。

野党側の反発は当然だった。党首討論では海江田代表が重ねて慎重審議を求め、「ゆめゆめ強行採決しないよう」くぎを刺した。

みんなの党の渡辺喜美代表も従来の協調姿勢を軌道修正した。石破茂自民党幹事長のいわゆる「テロ発言」を「おごりと言われても仕方がない大失言」と批判、「この国会はねじれ解消後の試金石。強権的国会であってはいけない」として今国会の会期延長を強く求めた。安倍首相は会期内強行の構えを崩さなかった。

これを踏まえ3点指摘する。

国会運営にたずさわる与党幹部に対し、審議時間を十分取るように改めて要請する。参院での審議はまだ5日間で18時間半。対決法案でなかった国家安全保障会議(日本版NSC)設置法の21時間45分に比べても貧弱だ。日々反対の動きを強める国民各層の声に目配りすることも国会の重要な役割である。

本会議で採決にのぞむその他の与党議員にも言いたい。一連の拙速審議が妥当なのか改めて個々の良心に照らして考えてほしい。特に、自民党リベラル派には今一度党内論議を活性化してもらいたい。政権のけん制役を自任する公明党にも世論動向を踏まえた新たな対応を求める。

最後に安倍首相に目的を見失わないよう要望したい。この国会の本来の目的は、ようやく軌道に乗りかけたアベノミクスを補強するための経済立法ではなかったのか。このままでは、かえって国民の不安、懸念が増し、せっかくの経済政策の効果が減殺されることにならないか。むしろそちらを危惧する。

毎日新聞 2013年12月05日

秘密保護法案 参院審議を問う…第三者のチェック

特定秘密保護法案をめぐっては、官僚による恣意(しい)的な指定をどう防ぐのかが、ポイントの一つだ。

4日の参院国家安全保障特別委員会で、安倍晋三首相は、新たな組織やポストの設置に言及した。

有識者による情報保全諮問会議(仮称)と、省庁の事務次官級を中核とする保全監視委員会(同)を法施行前に設ける。また、政府内に公文書の廃棄を判断する独立公文書管理監のポストを作る。みんなの党との修正協議で持ち上がった「首相の第三者機関的観点からの関与」を具体的に担保する新提案とみられる。

だが、委員会や党首討論での安倍首相の説明によると、特定秘密の指定が適切に実施されているのか個別具体的にチェックする組織ではない。採決日程を固めた上で、その直前に提案したのは、唐突で泥縄的だ。

法案の核心部分である指定のチェックの仕組みは、本来、法案にしっかり書き込むべきだ。

法案は、特定秘密の指定や解除の基準を定めたり、変更しようとしたりする場合、識見を有する者の意見をきくと規定している。諮問会議は、その任務に当たる。あくまで、基準作りに関与するだけで、第三者的なチェック機関ではない。

一方、保全監視委員会は内閣官房に置かれ、各行政機関の指定解除の状況や、特定秘密取扱者の適性を調査する「適性評価」の実施状況をチェックし、首相に報告する。安倍首相は、米国にある「省庁間上訴委員会」の仕組みを参考にすると述べた。

だが、単純に米国との比較はできない。米国には、国立公文書館の下に、情報保全監察局という独立性の高いチェック機関がある。機密の妥当性を個別に検討し、行政機関に対する機密解除請求権もある。「上訴委員会」は、行政機関の代表者による合議機関で、主に申し立てを受けて機密指定の裁決に当たる。

日本の場合、監視委員会が担う「状況」のチェックが何を指すか答弁だけでは不明だ。特定秘密の指定が最も多いことが予想される内閣官房の下に官僚の組織を作っても、機能するとは思えない。独立したチェック機関設置で修正合意した日本維新の会の議員から「骨抜きだ」との批判が出たのは、もっともである。公文書の廃棄も、ポストより公文書管理法改正で保管のルールをまず決めるべきだ。

米国以外でも、英国やドイツは議会の委員会が、フランスは裁判官と国会議員で作る独立の行政機関が、強い権限で機密のチェックに当たる仕組みがある。チェックのあり方一つとっても法案の議論は途上だ。

毎日新聞 2013年12月04日

秘密保護法案参院審議を問う 前知事の懸念

特定秘密保護法案は地方自治体にとってはどうなのか。外交、安保、テロ、スパイ対策という国家の業務だからほとんど関係ないのか。

「そんなことありません。自治の現場を知る者からするととても賛成できない」というのが、みんなの党の参院議員、寺田典城氏(73)だ。

寺田氏は、秋田県横手市長を2期、同県知事を3期つとめ、市長時代は役人の反対を押し切り同県の市では初めての情報公開条例を制定、知事時代は食糧費の不正問題などで積極的に情報公開につとめてきた。役人の情報隠し体質を知りつくし、情報公開が結果的に行政への信頼を回復し、行政をやりやすくすることを実体験してきた。

国家機密と保護法制は認める立場である。だが、今回の法案の雑な作りと短期の臨時国会で押し通そうという動きには不信感を抱いている。と同時に、知事を経験した実務的立場から、この法案が国民保護法との兼ね合いでうまく運用されるか、強い懸念を持っている。

国民保護法(2004年成立)は、万一の武力攻撃や大規模テロに備える武力攻撃事態法など有事3法(03年成立)を受け、危機下の住民を守るための仕組みを定めたものだ。初動対応として、知事が国、警察、消防、自衛隊と情報を共有し、警戒区域の設定、警報の通知、緊急避難の発令、避難の指示、誘導、救援措置を取ることになっている。

だが、特定秘密保護法が施行されると、特定秘密に指定された事項は、県警本部長のところで情報が止まり、自衛隊への出動要請を含め実際に行政指示をくだす知事の元に、正確、迅速な情報が伝わってこない恐れがある、というのだ。

寺田氏の懸念に、政府側は「住民にかかわる情報については指定を解除して速やかに提供することを考えている」(11月19日参院国家安全保障特別委での鈴木良之内閣情報調査室審議官)と答弁したが、寺田氏の現場感覚からすると、緊急時にすぐ解除できるか疑問だ。

この問題が国、地方間で事前にきちんと調整されたかについては、「地方との打ち合わせはしておりません」(同5日参院内閣委での森雅子特定秘密保護法案担当相)との答弁にあきれた、という。

みんなの党は与党との修正協議で衆院で賛成、3人が造反した。参院はどうなるのか。寺田氏は「徒党は組みませんが、(採決になれば)反対します」。なぜこの法案への疑問が尽きないのか。国会議員一人一人が熟慮し政治生命をかける局面だ。

毎日新聞 2013年12月03日

秘密保護法案参院審議を問う 石破発言はなぜ問題か

自民党の石破茂幹事長が、特定秘密保護法案に反対する市民団体のデモ活動について、自身のブログで「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と批判した。

石破氏は2日付で、テロの文言を撤回したうえで、おわびを掲載した。合法的なデモ活動をテロになぞらえて批判したのは、国民を代表する国会議員として極めて不適切だ。

民主主義への理解を著しく欠くもので、野党7党が抗議声明を出したのは当然だ。

ブログの掲載は11月29日付だった。議員会館の外で法案反対を大音量で叫ぶ手法について「多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきだ」などと述べたうえで、テロに言及した。

デモ活動は、憲法で保障された集会や言論の自由に基づく国民の権利だ。公安委員会に届け出て適切に実行されていれば、意見表明は基本的に自由である。民主主義の根幹に関わる重要法案で、国会や政府という権力に対するアピールは正当だ。

だが、この訂正にも賛成できない。石破氏の言う本来あるべき民主主義とは何か。石破氏は、議会制民主主義の下で、多数決の論理こそ民主主義の王道だと言いたかったのかもしれない。確かにそれは原則だが、国民は多数派にすべてを白紙委任したわけではない。多数決以外のさまざまな回路で、少数意見を反映していくプロセスこそが、望ましい民主主義の姿であるはずだ。

だが、今国会での成立ありきの政府・与党からは、その姿勢がうかがえない。批判を封じる体質が石破発言につながっているのではないか。

福島市で11月25日に開かれた衆院国家安全保障特別委員会の公聴会がそれを物語る。福島の人たちは、福島第1原発事故による過酷な被害経験を基に、法案に潜む危険を訴えた。与党推薦者も含む7人全員が反対や慎重審議を求めた。だが、衆院はその声をかみしめることなく、翌日に委員会、本会議の採決を強行した。

振り返れば、法案は国民への説明責任というプロセスを軽視して提出された。安倍晋三首相が、先の参院選で十分に法案の内容を説明せず、国会の所信表明演説でも触れなかったことが端的に象徴している。

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