諫早開門問題 司法判断だけでは解決できぬ

毎日新聞 2013年11月15日

諫早干拓の開門 国は打開の責任を負え

諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防開門を巡る混迷が、一段と深刻になっている。

長崎地裁が開門差し止めの仮処分を認めた。政府に開門調査を命じた3年前の福岡高裁の確定判決とは正反対の判断だ。開門を求める漁業者と反対する干拓地の営農者は、ともに自らの主張を正当化する司法判断を得たことになる。

両者の溝は深まるばかりだ。紛争の種をまいた政府は、両者が歩み寄れる方策を模索する必要がある。

地裁の決定は、開門で干拓地の農業に被害が出る可能性が高いと指摘する一方、漁業環境の改善については否定的な見解を示した。

高裁判決は漁業者が主張した漁業被害を認めて開門調査を命じた。しかし今回、調査を進める立場の国が漁業被害を主張しなかった。裁判所は当事者が主張しない事実は判断材料にできない。二つの裁判が矛盾した原因は国がつくったともいえる。

菅義偉官房長官は「国は開門してはならないという義務も負い極めて難しい状況」と述べた。しかし、本当に追い込まれたのは、互いに司法の「お墨付き」を得た相手と対立することになった漁業者と営農者だ。

そもそも諫早湾干拓は戦後の食糧不足対策としてコメ増産のために計画された事業だった。しかし、コメ余りで目的が失われたにもかかわらず続行された。始めたら止まらない無駄な公共事業の典型例といえる。

その結果、湾内で赤潮が大規模発生し、ノリや貝などに被害が出たと指摘されている。まず開門し、どれだけ環境が改善するか調査しろという漁業者らの主張はもっともだ。

一方、干拓地では約40の営農者が野菜などを栽培している。国の政策に応じて入植したのに、開門で塩害を受けてはたまらないという気持ちも理解できる。どちらも事業を強行した国の犠牲者といえるだろう。

高裁判決後に当時の菅直人首相の判断で国が、干拓事業に協力してきた長崎県や営農者の意向を顧みずに上告を断念したことも営農者らの態度を硬化させた。

上告断念は裁判を早く終わらせて、問題解決を急ぐためだったはずだ。しかし国は有効な解決策を打ち出すこともなく、地元との信頼関係を損ねただけだった。高裁判決によって国は12月20日までに開門し、5年間にわたって影響を調べなければならないが、営農者らの抵抗で準備工事にも入れないままだ。

漁業者、営農者が一歩も譲らないままでは事態は前進しない。困難を克服し、両者が折り合える解決策を探すしかない。諫早湾を「いさかいの海」にした国はその責任を負い、打開への調整に努める義務がある。

読売新聞 2013年11月14日

諫早開門問題 司法判断だけでは解決できぬ

長崎県の諫早湾干拓事業を巡る問題は、混迷の度を増すばかりだ。もはや、司法判断による解決は困難ではないか。

長崎地裁が、湾内に設けられた堤防排水門の開門差し止めを国に命じる仮処分を決定した。「開門すれば、農業や漁業が被害を受ける蓋然性が高い」と判断し、開門調査に反対する干拓地の営農者らの訴えを認めた。

2010年12月の福岡高裁判決と正反対の結論である。高裁は、漁業に与える影響を調べるため、国に対して5年間の開門を命じ、判決は確定している。

林農相が「開門と、開門してはならないという二つの義務を負うことになり、大変難しい状況だ」と語ったのは当然だろう。

裁判官は、提出された証拠だけに基づき、訴訟当事者のみの利害を判断するため、訴訟に絡まない関係者の利害は考慮されない。

この問題のように、営農者や漁業者の利害が複雑に交錯し、複数の訴訟が係争中のケースでは、示された証拠によって相反する結論が導かれることもある。

結果として、司法判断によって解決が遠のく。諫早湾問題は、司法決着よりも、政治による解決が望ましいと言える。

ただし、政治解決を図るには周到な調整が欠かせない。菅首相(当時)は、福岡高裁判決後、開門の影響などを十分に検討しないまま、上告を断念した。

菅氏は「私なりの知見を持っている」と力説したが、最終解決への道筋は示し得なかった。それどころか、関係者の政治不信を招く結果になった。

上告していれば、和解成立の可能性もあった。そうでなくても、下級審に強い影響力を持つ最高裁判決が示されれば、異なる展開になっていたかもしれない。

福岡高裁判決が命じた開門調査の開始期限は12月20日に迫っている。今回の決定で、期限内の調査開始は見通せなくなったと言えよう。安倍政権は事態打開に向け、地元自治体や漁業者、営農者の歩み寄りに全力を挙げるべきだ。

諫早湾の干拓事業は、「止まらない公共事業」の代名詞とされてきた。当初は、食料増産が目的だったが、国が減反政策に転換しても、防災や水資源確保などに名目を変えて継続された。

政府は事業継続を優先するあまり、漁業者や営農者への影響を過小評価していたのではないか。利害関係者の理解を得ることがいかに大切か。諫早湾干拓事業の大きな教訓である。

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