水俣病逆転認定 救済制度を再構築せよ

朝日新聞 2013年11月13日

水俣病の認定 救済に新制度の確立を

政府に、もはや逃げ道はないのではないか。

水俣病の認定を熊本県に2度ことわられた男性が、公害補償をめぐる国の不服審査会の裁決で、逆転認定を勝ち取った。

男性は手足の感覚に障害がある。政府が認定基準でこだわる運動失調など複数の症状については確認されていない。

それでも審査会は男性を水俣病と断定し、「行政認定することが相当だ」と明言した。

最高裁はことし4月、手足の感覚障害だけの水俣病を認めた。審査会は、最高裁が敷いたレールに乗り、政府にも認定基準を見直すよう促した形だ。

ところが、環境省は「裁決は個別の事案に対する判断。いま認定基準を見直す必要はない」とし、より適切な運用の検討にとどめるという。

個別案件ですませられるとはとても思えない。むしろ、政府が水俣病と認めて、救うべき人々のすそ野は大きく広がった現実を受け入れるべきだ。

男性は、政府が水俣病問題の幕引きを図って広く一時金を払った95年の政治決着で、対象者約1万人の枠から漏れた。

6万5千人が申請し、昨年夏に締め切られた水俣病救済策(第2の政治決着)でも、対象外とされた山間部の出身だ。

認定でも救済でも、決して有利な立場ではなかった。「この人が認定されるならば、私だって」と考える人が数万人にのぼる可能性がある。

水俣病と認定されれば、原因企業から1500万~1800万円の補償金などが入る。一方、救済策の一時金は210万円。不公平感が募るはずだ。

政府はこれまで、厳しい認定基準により患者数を抑え込んできた。それでも次々と認定申請したり司法に訴えたりする患者を「被害者」と位置づけ、低額の一時金で封じ込めていた。

認定基準によるふるい分けは、地域に差別や対立を生み、深い傷を残した。

だが、最高裁判決と審査会裁決は、「患者」と「被害者」を分ける壁を取り払った。

水俣病はメチル水銀が蓄積した魚介類を食べて発症する神経系疾患の1種類しかない。あるのは症状の軽重のみだ。

この基本に沿って、恣意(しい)的な運用を防ぐためにも、感覚障害のみの水俣病も補償対象にする基準に改めるべきだ。症状の軽重で補償のランクを細かく分けることも考えていい。

行政も国会も、今こそ「患者」と「被害者」を統合する新たな認定制度の確立に力を尽くすべき時だ。

毎日新聞 2013年11月08日

水俣病逆転認定 救済制度を再構築せよ

公害健康被害補償法(公健法)に基づく水俣病の認定申請を熊本県に棄却された男性について、国の公害健康被害補償不服審査会が県の処分を取り消し、「国の認定基準には適合しないが、水俣病と認定するのが相当」とする裁決を下した。県も裁決を受け入れ、蒲島郁夫知事が職権で男性を水俣病と認定した。

今年4月の最高裁判決に続き、審査会でも水俣病の未認定患者救済に道を開く判断が下された。国は「患者切り捨て」とも言われる認定基準の根本的見直しに踏み出すべきだ。

男性はこれまでに2度、県に認定を申請した。手足のしびれなど感覚障害は確認されたが、複数症状はないとして棄却されたため、2006年に審査会に審査請求した。

国が1977年に定めた現行認定基準は感覚障害を基本としつつ、運動失調や視野狭さくなど「複数症状の組み合わせ」を要件としている。

4月の最高裁判決は、公健法上の水俣病は指定地域内で「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」であり、「症状の組み合わせがなくとも認定できる余地がある」とした。

審査会はこれを妥当とし、男性の生活歴などを踏まえ「水俣病であることが確認された」と断じた。

国は最高裁判決後も認定基準を維持し、近くまとめる運用方法の見直しで乗り切ろうとしている。今回の裁決も「個別事案」との立場だ。

しかし、その場しのぎの対応はもはや限界に来ている。審査会は独立の審査機関で、今回の裁決は委員6人の全会一致だ。同様の裁決が続けば認定基準は事実上崩壊する。

国は、一定の症状が認められれば一時金などを支払う95年の「政治決着」、09年の水俣病被害者救済特別措置法と2度にわたり、未認定患者を救済する仕組みを作った。

水俣病と認定されれば1600万~1800万円の一時金が支給されるが、政治決着では260万円、特措法では210万円にとどまる。

水俣病の認定申請は2万人を超すが、認定患者は3000人弱だ。水俣病の症状には濃淡があるはずなのに、現行の認定基準は、高額補償に該当する重症の被害者だけを水俣病と認定する結果を招いている。男性は政治決着の救済策を申請したが、非該当とされている。今回の裁決に従えば、相当数の未認定患者が認定されていたのではないか。

水俣病の公式確認から57年。被害の全体像は分かっていない。国が実態解明調査を怠ってきたからだ。

国は症状の重さなど被害の実態に即して賠償の枠組みを整理し直すなど、認定基準を含め水俣病の救済制度を再構築する必要がある。

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