天安門突入事件 中国社会の不安定さが見える

朝日新聞 2013年11月01日

天安門突入 「テロ」より土壌に目を

中国・北京の天安門の前に、車が突入、炎上した。現場は、建国の父、毛沢東の巨大な肖像画のすぐ近くだった。

まるで中国共産党の権威に突撃したかのような事件について中国の警察や国営メディアは、少数民族のウイグル族の犯行と明らかにした。

実行した容疑の3人は、夫婦と、年老いた母だった。現場を考えれば、政治性があった事件である可能性が大きい。

だが警察がいうような「組織的テロ」なのか、直後に拘束された5人はどう関係しているのか、分からないことは多い。

背景が何であれ、観光客ら多くの死傷者を出した行為は決して許されない。暴力やテロはいかなる形でも正当化できない。

一方で、中国ではウイグル族が抑圧されている現実がある。こんな事件を生みかねない土壌に目を向ける必要がある。

ウイグル族は中国北西部の新疆に住み、イスラム教を信じるトルコ系民族だ。1930~40年代に「東トルキスタン」と名乗る独立国をめざした歴史がある。90年代に再び独立運動が活発化したが、抑え込まれた。

国境地帯であり、石油などの資源が豊かだ。近年の開発によりウルムチなど大都市の発展はめざましい。だが、主に豊かな暮らしをしているのは移住してきた漢族だ、と多くのウイグル族住民は受けとめている。

政府は「民族の平等」をうたうが、現地ではイスラムの習慣が踏みにじられてきた。個人によるメッカ巡礼は禁じられ、ふだんの礼拝も公務員や国有企業従業員はできない。食堂は断食月でも営業を強いられる。

犯行の動機として、民族の尊厳を冒されてきたことへの積年の恨みがあるとすれば、ウイグル族全体の感情の発露とみることができる。

人権にうるさいはずの米政府は、チベット問題とは違い、ウイグル問題では口が重い。01年の9・11事件以降、中国との対テロ協力と引き換えに、米国はウイグル独立運動組織をテロリストに指定したからだ。

だが、民族の人権が抑圧されている現実を、国際社会として看過すべきではない。

中国政府はすでに新疆を厳戒下において、ウイグル族への監視強化に乗り出した。在外ウイグル人組織は、今回の事件を機に中国政府が弾圧を強めるだろう、と心配している。

中国政府はウイグル族の文化を尊重し、いかに漢族と融和するか、考え直すべきだ。彼らのほとんどは平和を愛し、安定した生活を望む人々なのだ。

毎日新聞 2013年11月01日

テロ対策で解決しない 

中国の首都北京の天安門前でウイグル人の乗った車が暴走し死傷者が多数出た。北京市公安局はイスラム過激派と関係のある「テロ襲撃」事件と断定し、共犯容疑で5人を拘束した。

「テロ」と断定したことは、この事件が怨恨(えんこん)などに基づく衝動的犯行ではなく、背後に政治的な目的を持つ組織が存在するということだ。今後、テロ対策を大義名分に新疆(しんきょう)ウイグル自治区を中心にウイグル人監視が強まるのではないか。

11月9日から中国共産党は北京で中央委員を集めた3中全会(中央委員会総会)を開く。習近平(しゅうきんぺい)国家主席、李克強(りこくきょう)首相を中心とする指導部が新たな政策を打ち出す重要な会議だ。その中で少数民族政策も取り上げられるだろう。

チベット人居住地域では信仰の自由を求める僧侶たちの焼身自殺が多発し、ウイグル人居住地域ではイスラム過激派と警備当局との武力衝突が起きている。これに対して、中国の指導部内には、力による治安維持を優先する「維穏(いおん)派」と、住民の権利を尊重し社会的融和を図る「維権派」の政策対立がある。昨年の党内抗争で薄熙来(はくきらい)元政治局委員を支援した維穏派の要人が力を落とした。また、新疆ウイグル自治区の現在の党委員会書記は「柔軟政策」を掲げている。

しかし北京で「テロ襲撃」が起きたとなると空気は変わる。維穏派がこの事件を利用して3中全会で巻き返しを図る可能性もある。

習主席の父親はチベット問題担当副首相として穏健な立場をとったことで知られる。習主席自身の政策はまだ明らかでないが、3中全会で少数民族の権利尊重を明言することに迷うべきではない。

外国人旅行者まで巻き込んだ暴走行為を是認することはできないが、だからといって少数民族に対する政治的弾圧強化は正当化できない。

しかも、今回の車炎上事件がテロだったのかどうか、在外のウイグル人組織「世界ウイグル会議」が疑問を呈している。

炎上した車の中で死亡したのは運転していた男(年齢不明)と30歳の妻、70歳の母だった。妻と老母もテロリストだろうか。車内のガソリン容器に点火して「自爆」したとされるが、それなら「襲撃」というより他人を巻き添えにした「一家心中」だ。

香港の人権団体によると、一家は家族を地元の警備当局に殺され、その抗議に北京に来たという情報もある。抗議が認められず絶望して暴走したとすれば、問題解決のかぎはテロ対策ではなく少数民族政策にある。3中全会を世界が見ている。それを中国指導部は自覚すべきだ。

読売新聞 2013年10月31日

天安門突入事件 中国社会の不安定さが見える

少数民族による自爆テロと見られる。中国共産党支配に反抗する意思を示したのではないか。

北京中心部の天安門前に車が突っ込んで炎上した。車に乗っていた3人を含む5人が死亡し、日本人ら約40人が負傷した。車内からはガソリンなどが発見されたという。

巨大な毛沢東の肖像画が掲げられた天安門は、党指導部の所在地・中南海にも近く、一党独裁の象徴的存在だ。周辺では、1989年の天安門事件はじめ、数々の反政府行動が発生している。

当局は、事件をテロと見て、容疑者グループ5人を拘束したと発表した。この5人も車内の3人もいずれもウイグル族と見られる。ウイグル族は、新疆ウイグル自治区を主な居住地とするイスラム教徒のトルコ系少数民族だ。

新疆では、警察が反テロ作戦と称し、ウイグル族「武装集団」への攻撃を繰り返している。習近平政権になってからは、10人以上の死者が出る場合もあったという。今回の事件も、新疆の緊張の高まりと関係があるのではないか。

ウイグル族は、事実上、政治的には共産党、経済的には多数派の漢族の支配下に置かれている。「自治」や「宗教の自由」は名ばかりの状態だ。平均的な所得水準は低く、生活は豊かでない。

ウイグル族住民の間では、党と漢族への反感が広がっており、くすぶり続けてきた新疆独立を目指す動きも活発だ。

力による支配とインフラ整備などへの財政出動を二本柱とする党の少数民族政策では、統治が以前より困難になってきていることを示すものと言えよう。

今回の事件で、共産党政権は報道を厳しく規制し、インターネット上の書き込みも削除した。NHK衛星放送のニュースは遮断された。新たな反政府行動の誘発を恐れているからだろう。

隣接するチベット自治区でも、少数民族が党と漢族に反発する構図は同じだ。既に100人を超すチベット族の仏教僧らが焼身自殺を図っている。

少数民族に限らず、人口の9割以上を占める漢族の間でも、格差社会への憤りが充満している。デモや暴動などの集団抗議行動が年間18万件程度発生していると言われるほど、中国社会の不安定化は進行している。

党の重要政策を決める中央委員会総会が11月9日から始まる。習総書記が事件を踏まえ、社会安定に向けたいかなる政策を打ち出すか、注視しなければならない。

産経新聞 2013年11月01日

天安門の車炎上 テロも弾圧も許されない

北京の天安門前に車両が突入して、乗っていた3人がガソリンに火をつけて自殺し、車が炎上する事件が起きた。中国の公安当局は、新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族による「テロ事件」と断定し、容疑者として5人を拘束した。

同自治区で今夏、住民と当局との衝突が起きて容疑者の親族が射殺されていたとの報道もある。だが、巻き添えで観光客2人が死亡し、日本人1人を含む約40人も負傷している。犯行の目的と動機が何であったにせよ、今回のような手段は決して許されるものではない。

事件を機に、習近平指導部がウイグル族など少数民族への弾圧に向かう可能性も懸念される。だが、力による押さえ付けは力による反発を招くだけであり、根底にある抑圧的政策を改めない限り、自治区の少数民族問題は解決しないと知るべきだろう。

ウイグル族の多くはイスラム教徒で北西部の同自治区に暮らす。中国は自治区に多くの漢民族を送り込み、国内の主たる少数民族の一つ、ウイグル族の「同化」を図ってきた。チベット自治区などと同様の支配構造がそこにある。

これに反発する住民の間に分離独立運動がくすぶり続け、自治区ではこの4~6月、ウイグル族と警察当局の衝突が相次いだ。

中国指導部は、ウイグルがチベットや台湾と並ぶ安全保障上、譲れない「核心的利益」であるとして、武装警察官を投入して苛烈な鎮圧作戦に出ている。容疑者の親族が射殺されたと報じられた衝突もその一つとされる。

当局は、住民から刃物を取り上げ、一部ではイスラム教徒男性がたくわえるあごひげも禁止した。最近では、テロを計画したとしてウイグル族の集団を急襲し、射殺するケースも目立つという。

こうした弾圧が強まれば強まるほど住民を先鋭化させて、自治区は不安定化していこう。今回の事件はそのことを端的に物語る。

事件は、発生当初中国メディアの扱いが極めて小さく、北京でNHKの国際放送がトップで報じようとしたところ、テレビ画面が真っ黒になった。5人の容疑者は事件後10時間以内に拘束されたが、発表されたのは2日後である。異様というほかない。

情報統制、操作と警察力で事態を収拾しようとするのは、主要国が取るべき姿勢ではない。

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