視点 米国の盗聴活動=論説委員・布施広

毎日新聞 2013年10月28日

視点 米国の盗聴活動=論説委員・布施広

ドイツのメルケル首相が「信頼を裏切る行為」と怒ったのは当然だ。首相から抗議の電話を受けたオバマ米大統領はこう答えたという。「(あなたの)通話は傍受していないし、今後も傍受しません」。ええ以前はやってましたよという響きがある、苦しい弁明である。

米国による一連の盗聴疑惑に続いて米情報機関がメルケル首相の携帯電話を盗聴していた疑いが浮上した。24、25の両日開かれた欧州連合(EU)首脳会議でも問題になったが、EUは結局、盟友の米国に厳しい態度は打ち出さなかった。

だが、「もうしない」という米大統領の言葉をうのみにして対策を怠れば、今度は別の国、たとえばロシアや中国による盗聴に直面しかねない。インターネットによる情報集約化が進む一方、他国のコンピューターに侵入して安全保障を含めた情報を混乱させるサイバー攻撃の手口も高度化しているからだ。

それに情報収集をめぐる米欧の対立は初めてではない。2001年、欧州議会は米国主導の国際組織「エシュロン」が電話やファクスなどを傍受し、人権やプライバシーを侵害したとの報告書をまとめている。情報収集をめぐる暗闘は今後も世界規模で激しくなる一方だろう。

それが現実である。メルケル首相が言うように、友人(同盟国)同士でスパイ行為はしないという善意の了解も大切だが、疑心暗鬼を招かぬよう約束違反を検証する仕組みも必要ではないか。軍縮・軍備管理と同様に、情報収集でも「検証」の必要性が増した。と同時に、特に同盟国以外からの盗聴やサイバー攻撃を無力化しないと、国民の利益を守れない時代である。

米中央情報局(CIA)の元職員で米国のお尋ね者になっているスノーデン容疑者が暴露した情報収集活動は、まさに氷山の一角だ。米国が世界の指導者35人の通話を盗聴していたとの報道もあり、波紋はなお広がる気配だ。同容疑者は、機密資料を流すウィキリークスのアサンジ容疑者同様、(行為のよしあしはともかく)米国の機密の壁に挑戦しているつもりだろう。

「獅子身中の虫」を抱え込んだオバマ政権は近年、外交的な得点が少なく、国内では意外にも「スパイ防止法」の適用事例が目立つ。こうした姿勢が政権の精彩を失わせていることは否めず、親米諸国にも離反の動きが出ている。頼みの欧州で不信感が高まり米国の影響力がさらに低下すれば、世界の「学級崩壊」が進みかねまい。そんな懸念を杞憂(きゆう)とすべく、オバマ大統領の奮起に期待したい。

読売新聞 2013年11月01日

米情報機関盗聴 不信持たれぬルールが必要だ

米国の情報収集力が、同盟国といえども権力深奥部にまで及ぶ冷徹な現実を示すものだ。

通信傍受による情報収集を主任務とする米国家安全保障局(NSA)がメルケル・ドイツ首相の携帯電話などを盗聴していたとして、米国と同盟関係を結んでいるドイツなど欧州各国が猛反発している。

メルケル氏は、首相就任以前から10年以上、通話を傍受されていたという。米国に強い不快感を表明したのはもっともだ。

米国の全情報機関を統括するクラッパー国家情報長官は議会で、「国家指導者の意図を探るのは、情報機関の基本」と証言した。

NSAが世界の指導者35人を盗聴したとの報道もある。各国首脳に対する通信傍受を事実上認めたといってよい。

通信傍受を巡り、同盟国の間で対米不信が募れば、外交にも悪影響が及ぼう。オバマ政権は、ドイツなどとの関係修復に向けて、最善の努力を尽くすべきだ。

もっとも、米国に通信傍受の抑制を期待するのは不可能だろう。また、危険である。

インターネットと携帯電話の普及に伴い、情報機関にとって、通信傍受による情報収集の重要性は格段に増した。とりわけ、米同時テロ以降は、傍受の技術力とその規模において、NSAは最先端であり続けてきた。

米国の情報収集活動が、テロ対策などで、同盟国に利益をもたらしてきたことは否定できまい。だからこそ、同盟国も米国に情報を提供するなど協力している。

国家の安全保障上、情報収集は極めて重要だ。

仮に米国が通信傍受を抑制した場合、利益を得るのは、独自の情報戦を展開する中国やロシアだろう。米国の監視の目を恐れるテロリストも利するに違いない。

今必要なのは、同盟国の不信を招かぬよう、米国が、国内外での情報収集のあり方や秘密保持のルールを見直すことである。

米政府は年末をめどに情報収集活動全般の見直しをすると表明した。議会も同調している。新たな情報収集体制の確立につながるのか、注視したい。

傍受を受けたとされる側も防諜(ぼうちょう)体制を整える必要があろう。敵対的な国に盗聴を仕掛けられる可能性は常に存在する。日本政府は、安倍首相への盗聴を否定しているが、例外ではない。

いつでもどこでも通信が傍受される時代になってきた。外交もそれを前提に行うことが肝要だ。

産経新聞 2013年10月30日

米盗聴問題 丁寧な説明で信頼回復を

米国の通信傍受機関、国家安全保障局(NSA)が、ドイツのメルケル首相の通話など欧州を舞台に盗聴活動をしていた疑惑が表面化し、ドイツを中心に欧州の対米不信が強まっている。

通信傍受をはじめ諜報活動は、どの国も大なり小なり行っており、互いに言い分があろう。しかし、その問題で世界の安定作用を果たす大西洋同盟の結束が乱れることは避けなければならない。

米国はドイツなどへの丁寧な事情説明と傍受方法の改善などで、ドイツは冷静な対応で、ともに亀裂の修復に努めてほしい。

携帯電話を盗聴されていたとされるメルケル首相はオバマ米大統領に電話して抗議した。「重大な信義違反」と反発している。フランスのオランド大統領も国内通話の盗聴疑惑で、オバマ氏を「プライバシーの侵害」と非難した。

欧州の中でもドイツがいきり立つ裏に、同国の特殊性がある。ナチス・ドイツ、そして戦後も東独は情報監視体制下にあった。メルケル氏はその東独育ちであり、傍受疑惑への怒りは理解できる。半面、傍受されたとすれば、防諜に不備があった面も否めない。

米国は英国を中心に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英連邦諸国との間で、機密情報を交換すると同時に、相互に盗聴しないという関係を結ぶ。ドイツはかねて同様の関係の構築を模索しており、盗聴疑惑を機に米国に働きかけるとの見方もある。

ドイツは、米国率いる北大西洋条約機構(NATO)の主要加盟国であり、イランの核開発疑惑をめぐっても国連安保理5大国とともに交渉に当たっている。

米欧のきしみはイラン問題はもちろん、国際テロ対策などにも支障を与えかねず、米指導力に対抗しようとする中国やロシアを利するだけではないのか。

米政府は盗聴の事実を認めていないが、2001年米中枢同時テロ後に傍受活動が肥大化し、入手困難だったデータが情報技術革新で獲得しやすくなったことが、今回の問題の背景にありそうだ。

テロ対策の強化は国家として当然だが、同盟国指導者への盗聴など行き過ぎがあったなら、改めるべきであり、実際、米国は年内をめどに諜報活動に制限を設ける方向で見直しを進めるという。

それによる相互信頼回復こそが米欧同盟の盟主の責任である。

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