IAEA提言 ゼロリスク幻想払拭せよ

読売新聞 2013年10月25日

IAEA報告書 「1ミリ・シーベルト」はあくまで長期目標

東京電力福島第一原子力発電所の事故による除染は当面、どのレベルまで実施すべきなのか。

国際原子力機関(IAEA)の調査団は、徹底除染により年間被曝(ひばく)線量を「1ミリ・シーベルト以下」にすることについて、「必ずしもこだわらなくてもよい」との見解を示した。

適切な指摘である。環境省にはIAEAの見解に沿い、除染を加速させることが求められる。

調査団は今月、第一原発周辺の現地調査を実施して除染状況をチェックし、報告書をまとめた。

注目すべきは、報告書が、国際的基準に照らし、「年間1~20ミリ・シーベルトの範囲内のいかなるレベルの個人放射線量も許容し得る」と明記した点である。

避難住民の帰還に向け、政府が設けている「20ミリ・シーベルト以下」という目安を補強するものだ。早期の帰還実現への弾みとしたい。

政府は、除染の長期目標として「1ミリ・シーベルト以下」も掲げる。

だが、1ミリ・シーベルト以下にならなければ帰還できないと思い込んでいる住民が少なくない。民主党政権が、徹底除染を求める地元の要望を受け、1ミリ・シーベルトを当座の目標としたことが尾を引いている。

ゼロリスクにとらわれると、除染完了のめどが立たなくなる。住民の帰還は遅れるばかりだ。

IAEA報告書も、1ミリ・シーベルトについて、「除染のみで短期間に達成できるものではない」と結論付けた。政府には、その事実関係を丁寧に説明するよう注文した。

政府は、1ミリ・シーベルトが安全と危険の境目ではないことを住民に周知する必要がある。

環境省は、第一原発周辺の11市町村で除染を実施しているが、汚染土を保管する仮置き場の確保などが難航し、作業は大幅に遅れている。現在、7市町村の除染計画を見直している。

汚染レベルが比較的低い地域で重要なのは、除染と併せ、住民の生活再建に必要なインフラ整備を進めていくことだ。

1ミリ・シーベルトを一気に目指さず、段階的に取り組めば、除染からインフラ復旧に、より多くの費用を振り向けられる。報告書のこの提言は、除染計画の参考になろう。

政府は除染費用として、今年度までに約1兆3000億円を計上した。要した費用は東電に請求する仕組みになっているが、経営が悪化している東電に支払う余力はない。電気料金の値上げなどで国民の負担となる可能性が高い。

いかに効率よく的確に除染を進めるか。喫緊の課題である。

産経新聞 2013年10月24日

IAEA提言 ゼロリスク幻想払拭せよ

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う除染をめぐり、国際原子力機関(IAEA)の調査団は、日本政府が長期目標として掲げる追加被曝(ひばく)線量の「年間1ミリシーベルト以下」という数値に「必ずしもこだわる必要はない」との見解を示した。

現実的な目標を定めて除染作業と復興を加速させることは、政府と原子力規制委員会の責務である。

「1ミリシーベルト」という目標値が厳しすぎるという批判は、国内でも出ていた。被災者の帰還の遅れや農水産物の風評被害の根本原因になっている側面もある。

IAEA調査団の見解は、非現実的な目標が復興の妨げになる弊害を、外部の客観的な視点から指摘したものといえる。

調査団長のフアン・カルロス・レンティッホ氏は記者会見で「除染への期待と現実のギャップを埋める必要がある」と語った。

現実的な目標値は「国際的な基準である年間1~20ミリシーベルトの範囲内で、利益と負担のバランスを考え、地域住民の合意を得て決めるべきだ」と助言するとともに、「1ミリシーベルトは除染だけで短期間に達成できるものではないことも、もっと住民に説明すべきだ」と述べている。

もっともな指摘、助言である。政府と原子力規制委は、説明責任を十分に果たしてこなかったことを、重く受け止めるべきだ。

「1ミリシーベルト」は、原状回復を願う住民の心情に配慮した長期的な目標であって、これを超えると健康被害が生じるというような安全性の基準値ではない。人体への影響を考える場合は、100ミリシーベルトを年間被曝線量の目安とするのが一般的である。

政府が帰還の目安としている20ミリシーベルトは、国際基準に沿った線引きだが、「1ミリシーベルトに下がるまで帰れない」といった避難住民の声も聞かれる。

こうした住民意識の背景には、「原発や放射線のリスクは、一切あってはならない」というゼロリスク幻想がある。民主党政権の「原発ゼロ」政策が生んだ負の遺産である。

自民党政権になって原発ゼロ政策は撤回したが、長期的なエネルギー政策や原発の位置づけは、いまだに明確にしていない。

提言は原子力と正しく向き合うことを、日本政府と国民に求めているのではないか。

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