毒ぶどう酒事件 再審へのハードルはなお高い

毎日新聞 2013年10月19日

毒ぶどう酒事件 再審制度の改革必要だ

三重県名張市で1961年に起きた「名張毒ぶどう酒事件」で、最高裁が奥西勝死刑囚の第7次再審請求を退けた。事件に使われた毒物が、捜査段階で奥西死刑囚が自白した農薬だったのかが焦点だった。最高裁は「別の農薬の疑いがある」とする弁護側の鑑定の新証拠としての価値を認めなかった。

事件後まもなく逮捕・起訴された奥西死刑囚に対し、津地裁は64年、無罪を言い渡した。その後、名古屋高裁で死刑判決が言い渡され、最高裁で確定。第7次再審請求審で高裁が2005年、いったん再審開始を決定したが、その結論は覆った。

奥西死刑囚は87歳で、今年に入って一時、危篤状態になった。司法判断の揺れが、一人の人生を翻弄(ほんろう)したといってもいい。「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の大原則に照らして、刑事手続きは適切だったと言えるのか。少なくとも、再審開始決定が出ても検察が異議をとなえれば再審裁判が始まらない制度は、改善の余地があると指摘しておきたい。

日本は死刑を存置する。冤罪(えんざい)を主張する奥西死刑囚をめぐって問われたのは、「死刑」か「無罪」かの究極の選択だ。判断を誤れば取り返しがつかない「死刑」の選択に当たって、「疑わしきは罰せず」の大原則は一層の重みを持つ。また、最高裁は、75年の白鳥決定で、その大原則が再審にも当てはまると判断した。「開かずの扉」と言われた再審の門戸を事実上、広げたものだった。

そうした前提に立つと、あまりにも長い月日を要した今回の刑事手続きに疑問を抱かざるを得ない。

自白以外の物証に乏しい事件だ。1審の無罪判決は、自白の信用性に疑問を投げかけた。最高裁で死刑が確定し、奥西死刑囚が再審手続きを始めたのは73年だ。05年の再審決定は、他者による犯行の可能性に踏み込み、自白の不自然さを強調。事実上2度目の「無罪」だった。自白偏重の弊害は、足利事件でも指摘された。再審請求審は裁判のやり直しをするか否かを決めるもので、有罪・無罪の結論を出すわけではない。ならば一度、再審開始の決定が出たら、いたずらに時間を浪費しないためにも、原則として再審裁判に直ちに移行し、決着させるべきではないか。

再審請求審では、弁護側に新証拠の提出が求められる。だが、検察に証拠開示の裁量がある現状では、弁護側に有利な証拠が開示されない懸念が残る。刑事制度の改革を目指す法制審議会の部会でも、相次いだ再審無罪判決を踏まえて、この点が議論になっている。通常の裁判とは別途証拠開示の方法を考えるべきだとして、今も検討中だ。再審制度の改革に踏み切る契機としたい。

読売新聞 2013年10月19日

毒ぶどう酒事件 再審へのハードルはなお高い

再審開始へのハードルの高さを改めて印象づける決定である。

「名張毒ぶどう酒事件」の第7次再審請求で、最高裁が奥西勝死刑囚の特別抗告を棄却した。

この決定により、2005年の再審開始決定を取り消した昨年の名古屋高裁決定が確定し、再審は開かれないことになった。

三重県名張市の公民館で1961年、ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡、12人が中毒になり、毒物を混入したとして奥西死刑囚が逮捕された。1審は無罪、2審は死刑と判断が分かれ、72年に最高裁で死刑が確定した。

刑事訴訟法は、確定判決を覆す明白な証拠の存在を再審開始の要件としている。今回の決定は規定を厳格に適用したと言える。

第7次請求では、再審開始を取り消した名古屋高裁の決定を最高裁が差し戻し、事件直後と同様の条件で科学的な鑑定を行うよう求めた複雑な経緯がある。

犯行に使用された毒物は、奥西死刑囚の自白通りの農薬だったのか――。差し戻し審は鑑定結果から、「自白通りの農薬だとしても矛盾はない」と結論付けた。

鑑定に基づくこの高裁判断を支持した最高裁の決定は重い。

足利事件や東京電力女性社員殺害事件など、近年の再審公判ではDNA鑑定など科学的証拠を重視する傾向にある。この流れに沿った判断とも位置づけられる。

ただ、差し戻し審の鑑定は、事件当時と全く同じ条件で行われたわけではない。物証のぶどう酒や鑑定方法の詳細な記録が残されていなかったからだ。

後の科学的な再検証に堪え得るよう、捜査当局は証拠を適切に保管せねばならない。今回の再審請求を巡る教訓である。

第7次再審請求から、今回の最高裁決定まで、11年以上の時間を要した。あまりにも長いと言わざるを得ない。

最高裁によると、戦後、死刑か無期懲役の確定後に開かれた再審は、いずれも無罪になった。再審請求があった場合、裁判所は新証拠の評価に多くの時間を割き、再審開始の是非を判断してきた。

これに対し、新証拠が出た場合、まず再審を開始し、その評価をすべきだと主張する法曹関係者もいる。一考の価値があろう。

一方で、再審が増えれば、確定した判決への信頼性が揺らぎかねないという指摘もある。

再審開始のハードルをもっと低くするかどうか。司法が抱える大きな課題である。

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