水俣条約採択 水銀対策で先頭に立て

朝日新聞 2013年10月11日

水俣条約採択 水銀禍の克服に向けて

水銀の利用や排出を規制する「水銀に関する水俣条約」が、きのう熊本市で採択された。

水俣病の公式確認から57年。水銀中毒の恐ろしさを訴え続けた患者たちが世界を動かし、ここまでこぎ着けた。

メチル水銀を含んだ工場排水による公害を世界が知ったのは1972年だった。第1回国連人間環境会議の会場前で、当時15歳の胎児性患者、坂本しのぶさん(57)が体を張って被害を訴えた。

会議をきっかけに国連環境計画(UNEP)が生まれ、41年の時を経て、今回の水俣条約採択へとつながった。

条約には水銀を含む製品の製造、輸出入の原則禁止、水銀鉱山の新規開発禁止などの規制をいくつも盛り込んだ。

小規模な金採掘での水銀使用廃絶の期限がないなど、今後の課題も残しているが、それでも、多国間規制に踏み出した意義は大きい。

世界最大の水銀利用、排出国である中国と、化学物質や廃棄物に関する条約に慎重な態度をとってきた米国も、交渉に参加した。両国が批准すれば被害の予防に役立つだろう。

日本では確かに、体温計や薬品などの多くが水銀を使わなくなった。化学工場の製造ラインからも、水銀はほとんど排除された。だが、世界に目を転じると、汚染は深刻である。

UNEPによると、2010年には1960トンの水銀が世界中の大気中に排出された。小規模な金採掘、石炭火力発電所、非鉄金属の生産工程で、全排出源の72%を占める。半分がアジアで、特に中国が多い。

これらは大気から川や土壌を経て海へと移動する。そして、食物連鎖でクジラや魚に蓄積されていく。UNEPは「水銀は分解されずに全世界を循環している」と危惧する。

日本でも水俣病が終わったわけではない。

水俣病発生地域の周辺に未確認の患者がどれだけいるのか、政府が実態を調べたことは一度もない。4月の最高裁判決が指摘した認定制度の運用不備、それに伴う現行の救済制度の見直しなども、手つかずの状態が続いている。

なのに安倍晋三首相は、外交会議へのメッセージで「水銀による被害と、その克服を経た我々」と発言した。水俣病患者から、「まだ克服できていない」と批判が相次いだ。

国内で残る問題にきちんと向き合ってこそ、世界の手本になれる。克服したと世界に胸を張るのは早過ぎる。

毎日新聞 2013年10月11日

水俣条約採択 水銀対策で先頭に立て

人体に有害な水銀の使用や輸出入を規制する「水俣条約」が熊本県で開催中の外交会議で採択された。条約に水俣の名が冠されたのは日本政府の提案による。水銀汚染が原因となった水俣病の教訓を忘れず、悲劇を繰り返さないためだ。条約の採択で、日本は世界の水銀対策の先頭に立つ責務を負ったといえる。

安倍晋三首相は、水銀を含む途上国の環境汚染対策に今後3年間で計20億ドル(約2000億円)を拠出することを約束したが、積極的な支援を継続していかねばならない。

外交会議には約140カ国の首相や閣僚級を含む約1000人が参加し、9日には水俣市で犠牲者追悼式も営まれた。世界の人々が水俣病患者と交流し、水俣の「いま」を知る機会となったことだろう。

条約の目的は、水銀被害の根絶にある。各国に大気・水・土壌への排出削減を求め、水銀鉱山の新規開発や、認められた用途以外の水銀輸出を禁じる。血圧計や蛍光灯、電池など9種類の水銀含有製品も2020年までに製造や輸出入を禁止する。

輸出入が完全には禁止されず、水銀汚染の被害補償や環境回復の責任を汚染原因者が担う原則も盛り込まれないなど、不十分な点も残る。それでも中国や米国なども交渉に参加し、世界規模で水銀規制に取り組む体制ができることは評価したい。

10年に大気中に放出された水銀量は世界全体で推計1960トン。小規模な金採掘や石炭の燃焼、非鉄金属の精錬などが主な排出源で、アジア、アフリカ、中南米で全体の8割を占める。途上国での対策が急務だ。

条約は50カ国が批准してから90日後に発効する。政府は途上国への具体的な支援策として、水銀の簡易測定技術の提供や人材育成への協力などを挙げている。こうした取り組みは途上国の国内対策を促し、条約の早期発効にもつながるはずだ。

日本国内の水銀使用量は激減したものの、使用済み蛍光灯などから年間約90トンが回収され、大半が輸出されている。政府としても、水銀を含む廃棄物の安全な管理体制づくりなど、条約批准の前提となる国内法整備を急がなければならない。

4月の最高裁判決は未認定患者を水俣病と認め、行政判断を覆した。だが、政府は認定基準を維持したままで、多くの未認定患者が残る。被害者がどれだけいるかの実態調査もされていない。

安倍首相は会議に寄せたメッセージで「水銀による被害とその克服を経た我々」と述べたが、「今も大勢の人が苦しんでいる」などの批判が患者団体から出たのは当然である。

1956年の公式確認から57年。水俣病問題は終わっていないことを政府は改めて認識すべきだ。

読売新聞 2013年10月11日

水俣条約採択 「脱水銀」へ日本の教訓生かせ

公害の原点である水俣病を教訓に、世界的な水銀汚染の広がりを食い止めねばならない。

「水銀に関する水俣条約」が、約140の国・地域が参加した熊本市での国際会議で採択された。日本政府の提案で、条約名に「水俣」が用いられた。会議を主催した国連環境計画は2016年の発効を目指す。

水銀含有製品の製造や輸出入を20年以降、原則として禁止する。燃焼時に水銀を排出する石炭火力発電所を新設する際には、排出抑制装置を導入する。新規の水銀鉱山の開発を禁じる――。条約はこうした内容を盛り込んだ。

「脱水銀」へ大きな一歩だ。

水銀は、電池や体温計、蛍光灯など身近な製品に使われてきた。日本のメーカーは、いち早く水銀の使用規制に取り組んだが、新興国・途上国では進んでいない。

水銀が大気中や海、河川に排出されると、生物内に蓄積される。汚染された魚介類などを人間が大量に食べると、水俣病のような中毒症状を引き起こす。

産業活動などで大気中へ排出される水銀は、年約2000トンに上る。国境を超えた健康被害を防ぐには、排出削減が急務である。

最も大量に排出しているのは、途上国に多い小規模の金採掘現場だ。鉱石から金を取り出すために水銀が使われている。

金採掘で生計を立てる人々にとって、水銀は欠かせない。条約でも、採掘での使用については、禁止でなく、削減にとどまった。

環境対策にまで手が回らない途上国をどう支援していくのか。条約を実効性あるものにするには、避けて通れない課題である。

安倍首相は、途上国の環境対策費として、14年からの3年間で20億ドル(約2000億円)の支援を表明した。対応の遅れが被害拡大を招いた水俣病の悲劇を繰り返さないため、日本が世界の水銀汚染防止に貢献する意義は大きい。

水銀を含む石炭による火力発電の対策も重要だ。特に、世界一の水銀排出国の中国には、積極的な取り組みが求められる。

中国では河川流域で水俣病の発生も確認されている。今回、中国が条約を批准する見通しなのは、先進国から排出削減の技術支援を得る狙いもあるのだろう。

条約採択により、日本も対応を迫られる。国内では使用済みの海外製品などから水銀がリサイクルされ、アジア諸国などに輸出されている。だが、条約発効後は国内保管が必要となる。安全な管理体制の構築が欠かせない。

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