JR北海道 安全軽視の企業風土を改めよ

朝日新聞 2013年09月29日

JR事故判決 経営陣に罪はないのか

企業トップの罪を問う難しさが、またも示された。

107人が死亡した05年のJR宝塚線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長に対し、神戸地裁は無罪を言い渡した。

利益を追求し安全をおろそかにした経営陣の姿勢が事故につながったのではないか。そうした遺族の思いを受け、検察審査会は強制起訴にもちこんだ。

だが公判では、現場カーブに安全装置を付けなかったことだけが争点になった。裁判所は、元社長らは個人として事故を予見できなかった、と判断した。

この3人とは別の元社長は検察に起訴されたが、昨年、無罪が確定した。過失犯では個人の責任しか追及できない現行刑法の限界といえる。

遺族らは判決後、法人を処罰できるよう、法改正を訴えた。

英国は07年、注意を怠って死亡事故を起こした法人に刑事責任を問い、上限なく罰金を科せる法律を制定した。

80~90年代に船舶や鉄道で多くの人が亡くなる事故が続いた。だが、大きい企業ほど経営陣は有罪とならず、世論の批判が強まったためだった。

日本でも、高度成長期に起きた公害や85年の日航ジャンボ機墜落事故で、法人処罰の導入を求める声が上がったが、刑法改正には結びつかなかった。

鉄道や航空、船舶事故は、運輸安全委員会が調査し、原因を究明する。日本では捜査との線引きが厳格ではない。このうえ法人の刑事責任も問えることにすれば、関係者が事故調査に真相を語らなくなる、という慎重論も専門家の間で根強い。

だが、JR西という巨大企業のトップが、市民代表の検察審査会の判断で裁判にかけられた意義を考えてみたい。

現在の鉄道のように安全システムが高度化するほど関係者は多くなる。その裏返しで、事故が起きても頂点の経営責任があいまいになる事態が繰り返されてきた。福島第一原発事故を防げなかった東京電力や、トラブルが続くJR北海道もそうだ。

宝塚線事故の遺族は、JR西を長く率いた井手正敬元社長に公判で質問を重ねた。井手氏は「担当者に任せていた」と繰り返し、遺族をあきれさせた。

企業が対策を怠って事故を起こせば、トップの刑事責任も問えとの民意は今後強まろう。経営者は常日頃からしっかりと向き合うしかない。

安全管理責任をより確かなものにするため、法人処罰の導入の是非も、国レベルで議論を深めていってもらいたい。

毎日新聞 2013年09月29日

JR歴代社長無罪 なお重い経営者の責任

乗客106人が死亡した2005年4月のJR福知山線脱線事故で、神戸地裁は、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の井手正敬(まさたか)元会長ら歴代3社長に無罪を言い渡した。

判決は、3人に脱線の危険性を具体的に予見できたと認める証拠はなく、事故を防ぐための自動列車停止装置(ATS)の整備を指示する義務もなかったと結論付けた。既に確定した山崎正夫元社長の無罪判決と同様、過失の範囲を厳密にとらえる従来の判断を踏襲したものだ。

裁判長は「会社の代表とはいえ、社長個人の刑事責任を追及するには厳格に検討しなければならない」と述べた。刑法では個人の責任しか問えない限界を示したと言えるが、だからといってJR西の安全対策に問題がなかったことにはならない。

国の事故調査報告書は、経営幹部が組織を統括し、徹底して安全性を追求する必要があると指摘した。山崎元社長の判決も、安全対策が期待される水準になかったと批判している。多くの人命を預かる公共交通機関の経営トップの責任の重さを改めて胸に刻むべきである。

事故は、列車が制限速度を超えてカーブに突っ込んで起きた。だが、急カーブに変更されたのは新線開業の経営方針に伴うもので、後に余裕に乏しいダイヤになった。懲罰的な日勤教育も運転士に重圧を与えたとされた。検察官役の指定弁護士も論告で「井手元会長らが利益優先の企業体質を確立した」と主張した。

判決は、事故と企業体質との関係に言及しなかったが、未曽有の事故でJR西も責任を認めているのに誰一人処罰されないのは、一般市民にも納得がいかないはずだ。企業に刑事罰を科す制度の導入を含め、組織が絡む事故の責任追及や真相解明のあり方について議論を深めるべきではないか。

公判では、井手元会長が事故について「重大な経営責任も痛感している」と公の場で初めて陳謝した。被害者参加制度で遺族らも直接質問し、意見を述べた。無罪とはいえ、強制起訴の意義は小さくはない。

脱線事故は、効率化や高速化を進め、安全を二の次とする経営姿勢にも反省を迫った。だが、JR北海道のあまりの安全意識の低さといい、鉄道各社は事故の教訓を生かしているのだろうかと疑わざるを得ない。

JR西は事故後、安全投資を増やし、事故の予兆を分析するリスクアセスメントも導入した。それらを着実に進め、安全対策を徹底しなければ信頼回復はおぼつかない。安全意識が根づく組織風土を築くことが経営者の責任であると肝に銘じなければならない。

読売新聞 2013年09月30日

JR西事故無罪 惨事忘れず不断の安全対策を

元社長の刑事責任は問われなくとも、公共輸送機関としての社会的責任は免れない。JR西日本は、安全対策を徹底せねばならない。

乗客106人が犠牲になった2005年4月のJR福知山線脱線事故で、神戸地裁は、業務上過失致死傷罪に問われた井手正敬氏らJR西日本の3人の元社長に無罪を言い渡した。

検察官役の指定弁護士は、控訴する意向を示した。

歴代3社長は、市民により構成される検察審査会の議決で強制起訴された。現場のカーブに自動列車停止装置(ATS)を整備する指示を怠ったとの理由からだ。

しかし、判決は「部下からの説明がなかったため、経営幹部はカーブの危険性を認識できる機会がなかった」と判断し、「3人が事故を具体的に予見することはできなかった」と結論づけた。

業務上過失致死傷罪の成立要件である予見可能性が認められない以上、無罪しか選択肢はなかったということだろう。

昨年1月には、検察がこの事故で唯一、起訴した山崎正夫元社長の無罪も確定している。山崎氏は、現場を急カーブに造り替えた当時、安全対策の責任者である鉄道本部長を務めていた。

山崎氏の立場でも、危険認識がなかったと認定された。さらに上の地位にいた3人に刑事責任を問うのは困難だったと言えよう。

刑法上、刑事責任の対象は個人であり、企業の責任を問える制度にはなっていない。企業を代表する社長であっても、例外ではないことを考えれば、無罪の結論は、やむを得ない面がある。

だが、遺族が割り切れぬ思いを抱くのは無理もない。裁判長も判決後、「誰一人、刑事責任を問われないのはおかしいと思うのは、もっともだ」と述べた。

ATS整備の遅れが事故を招いたのは、動かぬ事実だ。事故を教訓に、JR西日本には、万全の安全対策を講じる責務がある。

今回の無罪判決は、強制起訴制度のあり方を議論する契機となろう。これまでに8件が強制起訴され、有罪判決は1件だ。

刑事司法に市民の感覚を反映させる意義がある一方で、問題点も浮かび上がってきている。

限られた証拠で立証を強いられる指定弁護士の負担は重い。強制起訴された被告が、公判対策に膨大な時間を割かれることも無視できない。法務省が中心になり、これまでの事例を検証し、制度の改善に努めてもらいたい。

産経新聞 2013年09月28日

JR西3社長無罪 企業の「安全責任」は別だ

乗客106人が死亡したJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の井手正敬(まさたか)元会長ら歴代3社長に、神戸地裁は無罪を言い渡した。

事故現場のカーブに自動列車停止装置(ATS)を設置していなかった責任について、判決は「当時はATSを設置する法的義務はなかった。社内でも脱線の危険性は検討されておらず、ATSを整備すれば脱線は回避できたとの認識にはつながらない」と予見可能性を否定した。

予想された判決である。むしろ、判決言い渡し後に宮崎英一裁判長が傍聴席の遺族らに述べた「誰一人として責任を問われないことに違和感があるかもしれない」が、「企業の責任ではなく、社長個人の刑事責任を追及する場合は厳格に考える必要がある」という言葉が、この裁判の本質を言い表している。

嫌疑不十分で3社長を不起訴とした神戸地検は、検察審査会の「起訴相当」の議決にも再度、不起訴とし、「審査会は事実を誤認している可能性がある」と異例のクレームをつけた。

それでも審査会の2度目の議決で強制起訴となったのは、純然たる法的判断より、遺族らの心情を酌んだ民意といえよう。

本来ならJR西日本という企業の責任を問いたいのだが、刑法は処罰の対象を個人に限定している。現行法制度の限界を示すとともに、検察審査会のあり方にも一石を投じる裁判だった。

ただ、3社長の無罪判決がJR西日本の社会的責任を免ずるものでないことは言うまでもない。「井手商店」と呼ばれるほど民営化以降の経営を実質的に担ってきた井手元会長が、事故後、遺族らの前に姿を見せず、ようやく法廷で謝罪したのは遅きに失する。

また、遺族らが求めた「どうして事故が起きたのか」「なぜ防げなかったのか」の真相究明もなお不十分と言わざるを得ない。

昭和62(1987)年に国鉄が分割民営化されJR各社が発足して26年になる。JR北海道では相次ぐ事故、トラブルに加えて、レールの異常を補修せず放置していたという信じられない不祥事が明るみに出た。

営利優先で安全をないがしろにしてはいないか。鉄道事業者には原点に立ち返っての経営点検を求めたい。

毎日新聞 2013年09月25日

JR北海道 鉄道事業者の資格なし

JR北海道が、補修が必要なレール97カ所を放置していたことが発覚した。うち49カ所は乗客を乗せた客車が走行する本線だった。

乗客の命や安全を何と心得ているのか。特定の担当者や部署の怠慢に責任を押しつけるわけにはいかない。JR北海道の組織的な欠陥と見るべきだ。現状では公共交通を担う鉄道事業者としての資格に欠ける。そう指摘せざるを得ない。

発端は、19日に起きた貨物列車の脱線事故だった。レール幅の補修が放置されていたことを機に、レール異常の点検を20日から始めた。そして保線管理の責任者は21日に記者会見し、脱線現場を含め9カ所のレール補修の放置があったと公表した。ただし、いずれも通過列車の少ない駅構内の副本線だった。

その際、「本線は本社と保線現場でダブルチェックしている。新たな点検は必要ない」との見解を示したが、国土交通省の指示で緊急点検して今回の事態が判明した。

22日になって野島誠社長が会見し、「手が回らず補修を後回しにして失念したようだ」と放置の理由を語ったが、あいまいな説明に終始した。2日連続で釈明に追われた経緯も含め、組織としてあまりにお粗末だ。多くの乗客を日々乗せている責任感や真剣さも伝わってこない。体制の抜本的な改革と、安全意識の徹底が必要だ。

異なる目でチェックを繰り返すのが、安全を第一とする公共交通機関の鉄則だ。だが、本社と現場との連携が不十分で、鉄則が守られていなかった可能性が高い。また、補修の放置が特定の部署に集中しているとの指摘も出ている。

ならば、何がその原因なのか。マニュアルなどの不備で全社的な統一基準の下で管理がされていなかったのか。チームワークや意思の疎通を含めた組織の風通しに理由があるのか。徹底的な検証が求められる。

24日も根室線の普通列車で白煙騒ぎがあった。現在、国交省が特別保安監査に入っている。運輸安全委員会も貨物列車の脱線事故を調査中だ。国交省はこうした作業を通じてJR北海道に徹底的にメスを入れ、解体的な出直しを促すべきだ。

菅義偉官房長官は24日、「極めて悪質性がある。組織の体質的な問題だ」と述べた。JR会社法で国交相はJR北海道の事業認可権を持ち、社長人事は閣議了解事項になっている。政府も、国交省を通じ安全の徹底に目を光らせるべきだ。

安全の根幹に関わる今回のケースはJR各社にとってもイメージダウンだ。既にJR東日本が技術支援をしているが、グループとして安全を支える方策を検討したらどうか。

読売新聞 2013年09月25日

JR北海道 安全軽視の企業風土を改めよ

公共輸送機関としての信頼は完全に失墜した。規律の緩みを猛省し、安全最優先の体制構築を急がなければならない。

JR北海道の路線で、レールの幅などが基準を超えているのに放置されているケースが、200か所以上も確認された。

国土交通省は、期間を延長して鉄道事業法に基づく特別保安監査を実施している。原因の徹底究明と再発防止を求めたい。

今回の問題の発端は、函館線で19日に起きた貨物列車の脱線事故だった。JR北海道が管内の路線について緊急点検を実施したところ、次々と異常が見つかった。客を乗せた列車が走行する本線のレールの不具合も多かった。

JR北海道は、基準を超えた場合、15日以内の補修を内規で定めている。にもかかわらず、1年近く放置されていた地点もある。

異常を把握しながら措置を講じない。安全に輸送するという使命感はどこに行ったのか。菅官房長官が「極めて悪質性がある」と批判したのは、もっともだ。

保線管理の責任者である工務部長は当初、本線について、現場と本社の二重のチェックが働いているため異常の放置は起きえない、との認識を示した。責任者すら社内の安全管理の状況を正しく把握していない実態を露呈させた。

鉄道会社にあるまじき怠慢を見過ごしてきた経営陣の責任も厳しく問われるべきだろう。

JR北海道は、2011年の特急列車脱線炎上事故を受け、「安全性向上のための行動計画」を策定した。安全を軽視する企業風土の改革などが柱だった。

しかし、その後も、列車からの出火など、深刻な事例が後を絶たない。24日にも根室線の車両で発煙トラブルが起きた。

自動列車停止装置(ATS)を誤作動させた運転士が、ミスを隠すためにATSのスイッチを壊すという問題も発覚している。唖然(あぜん)とするばかりだ。

緩みきった組織の改革が、JR北海道が取り組まねばならない喫緊の課題である。

社員教育や採用のあり方を根本から見直し、安全重視の意識を隅々まで浸透させなければならない。JR他社など外部からの人材登用も検討に値しよう。

安全への不安から、観光客の減少と、それに伴う地元経済への影響も懸念される。

15年度に新青森―新函館間が開業予定の北海道新幹線では、高水準の安全確保が求められる。JR北海道の現状では心もとない。

産経新聞 2013年09月23日

JR北海道 信頼回復の誓いどうした

当事者意識の驚くべき欠如というほかない。

特急列車の出火・発煙事故が相次いでいるJR北海道で、30代の運転士が、ミスを隠すため、自動列車停止装置(ATS)をハンマーでたたき壊すという前代未聞の不祥事が表面化した。

今月19日に函館線で起きた貨物列車脱線事故では、現場のレール幅が基準値を超えて広がっていたのに、補修せず放置していたことがわかった。

生活の足と頼る道民は怒りに震えたことだろう。ATS破壊などの事実を把握しながら、すぐに公表しなかった会社側の認識は厳しく問われるべきだ。

菅義偉官房長官が「全く考えられない事件だ。国土交通省にしっかりと、厳しく指導させたい」と述べたのは当然である。

JR北海道は平成23年5月、道央・占冠(しむかっぷ)村の石勝(せきしょう)線で特急が脱線炎上し、79人が負傷する大事故を起こした。その4カ月後、当時の中島尚俊社長が社員に安全性の向上を求める遺書を残して自殺した。この事故では乗客の避難誘導の遅れも指摘され、国交省の事業改善命令を受けて全社的に信頼回復を誓ったはずだった。

ところが、今年に入ってからも7件もの特急列車の出火・発煙事故が連鎖反応のように続いている。発火場所とみられるエンジン部品は紛失し、事故原因は今も不明のままだ。7月には、30歳の運転士が、乗務中に覚醒剤を使用して逮捕されるという耳を疑う事件も起きている。

これでは、利用者の不信感はいつまでたっても拭えない。26年前、国鉄時代の親方日の丸体質を払拭し、利用客本位のサービスに徹するとしてスタートを切った民営化の理念は、忘れられていると言わざるを得ない。

JR北海道は多発する事故対策として、札幌と函館、釧路、稚内間の3路線で特急42本のうち14本を運休している。11月からは残りについても異例の「減速減便」に踏み切る。予備車両を増やし、点検・整備を手厚くするためだ。このダイヤ改正により、利用客は年間28万人減り、16億円の減収になるという。

だが、そうした措置だけで利用客の安心は得られまい。必要なのは、希薄化している鉄道事業者としての安全意識や責任感を取り戻すことにほかならない。全社一丸の取り組みが不可欠である。

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