宮崎駿さん引退 深くて自由な作品世界

朝日新聞 2013年09月11日

宮崎監督引退 「ぼくは自由」の爽快さ

衝撃的な引退会見なのに、あれほど晴れやかだったのはなぜだろう。

アニメーション監督の宮崎駿さん(72)が、長編アニメからの引退を表明した。

すでに十分すぎるほど実績は積み上げている。01年に公開された「千と千尋の神隠し」は、日本映画史上、現在に至るまで最高の興行成績を収めた。

翌年のベルリン国際映画祭では金熊賞を獲得。世界三大映画祭(他にカンヌ、ベネチア)で最高賞に輝いた長編アニメは、いまだに「千と千尋」だけだ。

アニメ監督としての世界的な地位はゆるぎなく、日本のアニメ界全体の評価も高めた。

「公式引退の辞」では、「あと10年は仕事をしたいと考えています」と書き、「ぼくは自由です」という一節を残した。

アニメから離れた後も、残る時間を新たな自己発見に注ごうとする姿勢が、この高齢社会に爽やかに響いたに違いない。

「10年」は、公開中の監督作「風立ちぬ」では、「創造性」と深くつながっている。

狂言回し役のイタリア人カプローニ(初期の飛行機設計家)は、主人公堀越二郎に「創造的人生の持ち時間は10年だ」「君の10年を力を尽くして生きなさい」と語る。

これを、宮崎監督にそのままお返ししたい。「あと10年」は長編アニメ以外でも「創造的人生」となりうるはずだ。

視覚的な快感にあふれた宮崎アニメの新作がもう見られないのは確かに残念である。

スピード感のある活劇の中でふわりと空中に浮く登場人物。想像力を極限まで広げた奇っ怪なキャラクター。そして、森や田園などの自然描写は、目を洗われるように美しかった。

しかし、長編アニメでコストのかさむ手描きにこだわったこともあり、ヒット作の連発には困難が伴う。「それではスタジオがもちません」という「公式引退の辞」から、興行の世界の厳しさがうかがえる。

商業的制約から解き放たれた宮崎作品の底知れぬスケールはすでに証明されている。「風の谷のナウシカ」の漫画版は、アニメ版とは異質な物語を奔放に展開し、評論家立花隆氏は「いかなるコミック世界も突き抜けた深い作品」と評した。

アニメの枠を超えて、自らの思想や哲学を縦横無尽にぶつけた作品を期待するファンは世界にあふれていることだろう。

長い間お疲れさまでした。しばらくのお休みの後に、再び自由な創造の仕事を見せていただけると私たちは信じています。

毎日新聞 2013年09月07日

宮崎駿さん引退 深くて自由な作品世界

主人公たちはよく空を舞う。飛行装置で滑空する少女。ほうきに乗って懸命に飛ぶ練習をする魔女。悪者と戦う飛行艇乗り。大空を進むことで、人間の自由や正義や想像する力を応援するように。

数々の名作を世に問い続けてきたアニメ映画監督、宮崎駿さんが公開中の映画「風立ちぬ」を最後に引退する。6日に東京都内で開かれた記者会見では、長編アニメ映画から退くだけでなく、監修やアドバイザーもやらないと明言した。

宮崎さんは72歳。今の日本ではまだまだ引退は早いように感じるが、長編アニメ制作の重労働を思うと仕方ないのだろうか。「やってみたいことはいろいろある」という今後に期待するしかない。

宮崎さんは、長編アニメを芸術表現として確立した人と位置づけられる。しかも、それが興行的な成功と結びついた。芸術性と大衆の支持の両方を獲得した、まれな表現者といえるだろう。

質の高さと面白さを兼ね備えた作品群は国際的にも高く評価されてきた。「アバター」のジェームズ・キャメロン監督や「トイ・ストーリー」のジョン・ラセター監督ら多くの映画人に影響を与え、世界中のファンに愛された。引退会見に数多くの海外メディアが集まったのは、それを雄弁に物語っている。

これまでの軌跡を振り返れば、作品を生み出すたびに新しい挑戦を続け、表現を深めてきたのがわかる。

まず、人物や自然の繊細な動きが魅力的だ。子供がころんだり、はしゃいだりするようす。寄せては返す波や流れていく雲。雨のしずくが道路にはねる光景。単なる写実ではない。美しく変形されながら、本当らしさが味わえる。

深い思想性も見逃せない。環境問題を扱っても、薄っぺらな解決を描かない。人間の愚かさを踏まえたうえで、人間も自然の一部であるような世界観を前面に出している。お化けや幽霊など、日本の民俗的世界の魅惑を引き出したり、文明全体のあり方を問いかけたりもした。

そして、起伏に富んだストーリーが観客をひきつけた。意外な展開が多いのは、結末を定めず、作りながらストーリーが変わっていく制作方法に由来しているのだろう。

これからの日本の長編アニメ界は宮崎さん抜きになってしまう。寂しさはぬぐえないが、後に続く多くの作り手が育っていることも確かだ。

アニメ界全体が豊かな実りを得るためには、さまざまな環境を整えることが必要だ。現場で働く人々の労働条件の厳しさの改善は、その一つだろう。才能が育ち、個性を発揮できるような支援が望まれる。

読売新聞 2013年09月14日

宮崎監督引退 アニメ芸術の志引き継ぎたい

世界中のファンは、まだまだ作品を見たいに違いない。惜しまれる引退である。

スケールの大きい数々の名作で人々を魅了し続けてきた宮崎駿監督が、現在公開中の映画「風立ちぬ」を最後に、長編アニメーションの仕事から身を引く決断をした。

宮崎さんが「どんなに体調を整えても集中している時間が年々減っていく」と言うように、72歳は体力的に限界だったのだろう。

宮崎さんは手描きにこだわり、風や水、光まで丁寧に描いた。目や手を酷使し、長時間にわたる作業が強いられる。結末を決めずに、制作しながらストーリーを考えていく手法を取った。アニメ制作は「つらい仕事」でもあった。

その一方で、宮崎さんは「ぼくは自由です」と言い、「やってみたいことや試したいことが色々ある」とも述べている。

時間的、肉体的に負担の大きい長編アニメとは別の分野で再びその本領を発揮してもらいたい。

宮崎さんの業績は、子ども向けと思われていた娯楽アニメを、深い思想性に裏打ちされた芸術に高め、世界に冠たる日本の新しいアニメ文化を創造した点にある。

興行的にも成功を収めた。プロデューサーや多くのスタッフ、出資者にも恵まれたからだろう。

巨大文明崩壊後の世界を描いた1984年の「風の谷のナウシカ」は、自然や文明についての哲学的考察に貫かれている。経済的な豊かさにばかりとらわれがちな日本社会への批判でもあった。

田園の豊かな自然を背景にした「となりのトトロ」では、詩情あふれる世界を描き上げた。

90年代に入ると、日本の中世を舞台に、荒ぶる神々と人間の戦いをテーマにした「もののけ姫」で新たな境地を開いた。

日本映画史上、最高の興行成績を残した2001年の「千と千尋の神隠し」は、ベルリン国際映画祭金熊賞と米アカデミー賞も受賞した。「洗練され、パワーのあるファンタジー」と絶賛された。

宮崎さんは、児童文学の影響を受けて、子どもたちに夢のある美しい世界を提供してきた。アニメ制作の根幹には「この世は生きるに値する」ことを伝えたいとの思いがあったという。

次世代に向けて、「より普遍的で、より深い人間性の表現に挑むという方向性は絶対に捨ててはいけない」とも語っている。

そうした意志を引き継ぎ、世界で評価される人材が育つことを期待したい。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/1526/