朝日新聞 2009年12月17日
布川再審決定 可視化は全面でなければ
足利事件の再審裁判が始まった記憶もさめないうちに、またも再審が決まった。茨城県で42年前に起きた強盗殺人事件で、無期懲役の刑が確定していた桜井昌司さんと杉山卓男さんに対する裁判のやり直しが、最高裁で確定した。無罪の公算が大きい。
この「布川(ふかわ)事件」で、2人は別件の盗みなどの疑いで逮捕された後、殺害を「自白」した。その後、否認に転じたが、再び「自白」して起訴された。
公判では無罪を主張した。物証はなく、あいまいな目撃証言ぐらいだったが、一、二審、最高裁とも「自白」を信用して有罪とした。今回、その判断が覆されたのである。
足利事件をはじめ、これまでの冤罪史に通底する「自白」の強要と偏重がここにも見られる。密室の取調室で容疑者にうその「自白」を強いる捜査官と、法廷で客観的証拠が乏しくても自白を過信する裁判官という構図だ。
この構図は過去の話ではない。2002年に富山県で起きた強姦(ごうかん)事件では、うその「自白」を強いられて服役した男性が再審で無罪となった。03年の鹿児島県議選をめぐる買収事件では、事件自体がでっちあげられた可能性が強いのに、被告が次々と「自白」に追い込まれたことがわかり、さすがに一審で全員が無罪となった。
うその「自白」の強要を防ぐためには、取り調べの様子を一部始終、録画する「可視化」の導入が必要だ。布川事件では2人の供述を録音したテープがあったが、「変遷する供述の全過程ではなく一時点にすぎず、信用性を強めない」と再審請求審は判断した。
現在、警察や検察が始めている一部録画では、冤罪を防ぐ方策として、とても十分とはいえないことを改めて示している。
鳩山政権は全面可視化の実施を公約に掲げている。もはやためらうべき理由はない。年明けの国会には可視化法案を提出し、成立させるべきだ。
布川事件が再審となったのは、弁護側の請求で検察が新証拠を出してきたことが大きい。犯人らしい2人の男性を目撃していた女性が「容姿や服装は杉山さんらとは違っていた」と警察に供述していた調書や、遺体のそばで見つかった毛髪が2人の毛髪と似ていなかったという鑑定書などである。
弁護人には、被告に有利な証拠を提出するように検察に求めていく役割がある。事件現場や関連する場所で物証を押収し目撃者を捜す捜査当局が、証拠を一手に握っているからだ。
たとえ捜査側に不利な証拠であっても、検察はすべて法廷に出すべきである。特に今年から始まった裁判員裁判では、短期間の集中審理で結論を出す。裁判官だけでなく、国民の代表である裁判員に判断を誤らせるようなことがあってはならない。
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毎日新聞 2009年12月17日
布川事件 再審の扉は広く開けよ
足利事件の再審に続き、67年に茨城県利根町布川(ふかわ)で起きた「布川事件」の再審開始が決まった。強盗殺人罪などで無期懲役の判決が確定し服役後に仮釈放されていたのは、桜井昌司さんと杉山卓男さんの2人だ。
物的証拠がない中で捜査段階の自白の信用性が焦点になったが「信用性に疑問がある」とした東京高裁の決定を最高裁が追認した。
足利事件のように、最新のDNA鑑定といった被告の冤罪(えんざい)を示す決定的証拠が出たわけではない。再審請求後の新証拠と確定判決の証拠を総合的に検討した結果だ。
「疑わしきは被告の利益に」という刑事裁判の原則を再審事件でも適用すべきだとした最高裁の「白鳥決定」(75年)以後、殺人など重大再審事件の無罪確定が相次いだ。
しかし、90年代以降、地裁などの再審開始決定を高裁が覆すケースが続いている。裁判所も判断ミスをすることはあるのだ。再審の扉を広く開く判断を支持したい。
第2次再審請求後、検察側は新たな証拠を開示した。犯行時間帯に殺害現場付近にいた2人組は、桜井さんと杉山さんとは異なるとの趣旨の近隣女性の目撃証言が一つだ。もう一つは、被害者周辺で発見された毛髪が両者のものではないとする茨城県警作成の鑑定書である。
いずれも2人の容疑性に疑問符を付ける内容だ。こういう証拠が30年以上も出てこなかったのは驚きだ。
04年に刑事訴訟法が改正され、検察官の手持ち証拠の開示について、弁護側が請求できる範囲が拡充した。しかし、日本弁護士連合会が主張していた公判前の全面開示は採用されなかった。
裁判員裁判で、裁判員は法廷に出された証拠に基づいて判断する。検察官の恣意(しい)的な判断で被告に有利な証拠が隠されたのでは、正当な審理はできない。証拠開示のあり方もさらに見直しが必要ではないか。
少なくとも殺人のような重大事件や再審では全面開示を義務付けるべきだ。
2人は、捜査段階で供述を強要されたという。足利事件に続き、自白偏重捜査の欠点が明らかになった。供述が不自然に変遷していることを確定審の裁判官が、なぜ過小評価したのか。裁判所も検証が必要だ。
自白を録音した取り調べテープも第2次再審請求後に検察から出されたが、弁護側の鑑定で編集痕跡が残っていたことも分かった。
取り調べの可視化に向けた議論に与える影響は少なくないのではないか。警察、検察当局は、全過程の録音・録画に否定的だ。だが、部分的な録音・録画では、改ざんの余地が残ることを示した。
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読売新聞 2009年12月17日
布川事件再審 繰り返された自白偏重の捜査
強引に引き出した自白を補強する有力な物証がなく、典型的な自白偏重の立証だったといえる。
「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則に照らせば、再審決定は当然の結論である。
茨城県利根町で1967年に起きた「布川事件」の再審開始が決まった。「有罪認定に疑いが生じた」とした東京高裁の決定を、最高裁も支持したためだ。事件から42年が経過している。再審で速やかに真相を究明してほしい。
一人暮らしの大工の男性が殺害され、現金10万円余りが奪われた。競輪の金ほしさに犯行に及んだとして、地元の男性2人が強盗殺人罪で起訴された。
指紋などの物証はなく、立証の支えは2人の自白と近所の住民の目撃証言だった。最高裁は78年、無罪を主張した2人の上告を退け、無期懲役が確定した。2人は既に服役、仮釈放されている。
2人が裁判のやり直しを求めた第2次再審請求の審理で、東京高裁は、殺害方法について、遺体の状況と自白内容に矛盾があると指摘した。現金のあった場所や奪った金額についての自白が、著しく変遷している点も重視した。
「実際に(2人が)体験したことではないため、不自然な供述の変遷を重ねた」。これが、高裁の判断だ。自白を強引に引き出す取り調べは、足利事件など、これまでの冤罪事件と共通している。
新たな証言も明らかになった。事件当時、現場付近で目撃された男たちは、容姿や服装の点でこの2人とは異なっていたとの内容だった。立証の両輪の信用性が、大きく揺らいだわけだ。
この事件で特に問題なのは、検察の対応である。新たな目撃証言など再審開始の決め手となった証拠の多くは、今回の再審請求で検察が初めて出したものだった。
2人を有罪にするため、公判で不利になる証拠は開示しなかった検察の姿勢が透けて見える。
取り調べを録音したテープも新証拠の一つだった。これについても、高裁は「編集痕が認められる」と認定した。警察や検察にとって都合が悪い部分を消去したということはなかったのだろうか。
証拠を一手に握っているのは検察側だ。証拠を意図的に出さなかったり、テープを改ざんしたりしては、公正な裁判は望めない。
迅速な審理のため、証拠数を事前に絞り込む裁判員裁判では、なおのこと、検察の恣意的な証拠開示は誤判を招きやすい。そのことを忘れてはならない。
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