流血エジプト 独裁の時代に戻るのか

朝日新聞 2013年08月16日

エジプト騒乱 和解の道をつぶすのか

かつての独裁時代でさえ、めったになかった凄惨(せいさん)な光景だ。

群衆を容赦なく襲うブルドーザーと銃弾。全国での衝突で、500人を超す命が消えた。

エジプト軍が主導する暫定政権は首都カイロで、先月のクーデターに抗議していた座り込み活動を強制排除した。

指導部は「治安回復のため、やむを得なかった」と釈明したが、各地で多数の実弾発砲による殺傷行為が目撃されている。

デモ活動に対する武力の行使は、常軌を逸した暴挙というほかない。政権はただちに弾圧をやめなくてはならない。

デモ隊は、ムルシ前大統領が属する「ムスリム同胞団」の支持者が主体だ。同国初の民選大統領だったムルシ氏は、政変後ずっと拘束されている。その理不尽さの訴えには理がある。

若者やリベラル派など世論の支持があったとはいえ、軍事力を背に政権を奪った以上、暫定政権には同胞団と粘り強く和解を探る義務があったはずだ。

なのに先月のデモ隊への発砲に続き、さらに大規模な流血事件を起こしたことは、政治対話の扉を閉ざすに等しい。

軍部は来年初めまでの憲法改正や国民議会選挙という行程表を描いているが、その実現を自らの手で遠ざけてしまった。

リベラル派のエルバラダイ副大統領は流血に抗議し、辞意を示した。穏健派が離反すれば、強硬派は増長しかねない。

さらなる暴走を防ぐには、もはや米欧と周辺の主要国が説得を強めるしかないだろう。

年13億ドル(1300億円)の軍事支援をしている米国は、今も先の政変をクーデターと認めていない。認めれば米国内法で支援は止まり、エジプトへの影響力を失いかねないからだ。

だが、もはや事態は急を要する。米国は支援の凍結を検討すべきだろう。欧州連合やアラブ連盟とも調整し、国際社会の総意として暫定政権に自制を求めねばならない。

同胞団に対しては、トルコやカタールなど親交のある国々が関与して、暫定政権との対話にのぞむよう促すほかあるまい。これ以上の衝突は、同胞団にとっても利益にならない。

今回発令された非常事態宣言や夜間外出禁止令で、エジプトが頼る観光産業はさらなる打撃を受けるのは確実だ。

経済の低迷は、クーデターを正当化する材料にされたが、その軍部がまた経済の足を引っぱれば、政情不安は長引く。

国の安定への道は、国民の統合しかありえない。民主革命の初心を見失ってはならない。

毎日新聞 2013年08月16日

流血エジプト 独裁の時代に戻るのか

エジプトで続く政情不安は大規模な流血に発展した。軍主導の暫定政権がモルシ前大統領の出身母体であるムスリム同胞団の強制排除に踏み切り、各地で治安部隊と同胞団の支持者らが衝突した。その結果、全土で500人以上が死亡したという。

恐るべき事態である。しかも、この対立と流血には終わりが見えない。非常事態宣言や夜間外出禁止令が敷かれたエジプトは最悪のシナリオをたどっているように思える。

こうした事態を招いた責任は、主に暫定政権にあろう。米国のケリー国務長官は強制排除について「和解と民主化への深刻な打撃」と嘆いた。おびただしい死者数を思えば、国連や欧州諸国のほかアラブ世界からも暫定政権の強硬路線に非難の声が上がっているのは当然である。

対して治安当局や暫定政権は言うだろう。事前に警告はした。退去しないから実力行使に踏み切ったのだと。だが、排除の手法はどこかの独裁国家を思わせるほど荒っぽい。当局が実弾を使ったとの報道もある。事実なら暫定政権の人権感覚が改めて問われることになるだろう。

注目されるのは、副大統領を務めていたエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長が、強制排除を受けて辞表を提出したことだ。同氏は、駐日・駐米大使を経験したファハミ外相とともに親欧米の開明派と目されていた。クーデターで生まれた暫定政権の中で、エルバラダイ氏の存在が救いになっていたのは事実だろう。米国が同氏の辞任に憂慮を表明したのはもっともだ。

だが本人は、軍が実権を握る暫定政権のありように我慢できなくなったらしい。同氏の退場は、進歩派・開明派とされる人々の暫定政権への失望を象徴しているように思える。正統性に問題がある暫定政権にとって、同氏の辞任はボディーブローのようにきいてくる可能性がある。米議会の反発が強まれば、米国も対エジプト支援を見直さざるを得まい。

衝突に関しては同胞団の責任も問われるべきだろう。だが、モルシ氏は就任1年でクーデターによって大統領の座から引きずり降ろされ、今も軟禁状態にある。手段はともあれ、同胞団がこれに抗議すること自体は理解できる。米欧諸国もモルシ氏の解放を求めている。同胞団にも柔軟性は必要とはいえ、暫定政権がモルシ氏を解放しなければ、本当の話し合いはできまい。

30年に及んだムバラク独裁政権は同胞団などイスラム組織を抑え込み、治安当局と武装組織の暗闘と流血が続いた。今のエジプトはそんな時代へ逆戻りしつつあるようだ。強硬策では展望は開けない。暫定政権は、歴史の教訓を思い出すべきだ。

読売新聞 2013年08月16日

エジプト騒乱 流血の拡大をまず食い止めよ

2011年のムバラク独裁政権崩壊以降、最悪の流血の事態となった。一日も早い収束が望まれるが、前途は多難だ。

エジプト軍主導の暫定政府が、カイロで、モルシ前大統領支持派による座り込みを強制排除した。モルシ派は全土で治安部隊と衝突し、保健省の発表で死者数は500人を超えた。

暫定政府は1か月間の非常事態を宣言したものの、沈静化へのメドは立っていない。治安部隊がデモ参加者を実弾で撃ったとの目撃証言もある。過度の実力行使をしたとの非難は、免れまい。

軍・暫定政府と、モルシ派の衝突を回避しようとした米国と欧州連合(EU)による外交努力は、水泡に帰した。

米国やEUが、強制排除で多数の死者が出たことを強く非難したのは当然だ。岸田外相も「強い懸念と憂慮の念」を表明した。

世俗派代表の副大統領だったエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は、「より平和的な選択肢があったはずだ」と述べ、辞表を提出した。

軍は、7月の事実上のクーデターで、モルシ氏を解任し、拘束した。暫定政府の樹立後も、モルシ派の中心であるイスラム主義組織「ムスリム同胞団」に対し、暴力扇動などの疑いで幹部の刑事責任を問うなど圧力を強めていた。

こうした事態を招いた責任は、同胞団側にもある。

同胞団は、モルシ政権が経済や治安の悪化など失政を重ねたにもかかわらず、モルシ氏復職の要求に固執してきた。軍・暫定政府との対話にも応じず、対立を激化させている。

暫定政府は、年内に憲法を改正し、来年初めには議会選を実施して、大統領選を行うという民主化への行程表を発表している。

しかし、最大の政治勢力である同胞団の民政復帰プロセスへの参加を得られなければ、社会や政治の安定は到底望めない。暫定政府は民政復帰を実現するために、モルシ氏の解放など、対話再開の環境を整えるべきではないか。

同胞団も、より柔軟な姿勢で対話を模索すべきだ。

「アラブの春」の変革は、なお途上にある。地域大国エジプトの混乱が長引くと、中東全体の安定化が遠のく懸念がある。 

軍・暫定政府が強権行使をやめない限り、事態は深刻化するだけである。最大の支援国である米国が軍事援助を一時停止するなど、国際的圧力を強化して、弾圧をやめさせなければならない。

産経新聞 2013年08月16日

エジプト非常事態 暴力排し対話の席に着け

エジプトの暫定政権がクーデターで失脚したモルシー前大統領の支持勢力の座り込みを強制排除し、多数の死傷者を出す惨事となっている。

暫定政権側の軍・世俗派と、ムスリム同胞団を中心とするモルシー派の確執は根深く、互いに惨事の責任を押しつけている。遠のいた対話を実現させるため、国際社会は仲介の努力を一層強めるべきだ。

モルシー派の抗議行動は、前大統領失脚前の6月末に始まり、暫定政権側が最近、座り込みは強制排除すると警告して緊張が高まっていた。

排除の治安部隊が実弾を使い、座り込み参加者の一部も銃で武装していたことが映像に収められている。銃撃戦があったとすれば、双方が非難されるべきだ。

座り込みのモルシー派は、対話の前提としてモルシー氏の解放・復職を求めたが、暫定政権側はこれを受け入れない。

イブラヒム内相は「政治解決の機会はあったが、同胞団が拒絶した」と非難した。双方が妥協を拒んだことがうかがえる。

暫定政権は非常事態令、夜間外出禁止令を相次いで宣言した。今後は抗議行動を、徹底して取り締まるという。一方で同胞団は、全国での抗議行動の継続を訴えている。これ以上、対立を拡大、先鋭化させてはならない。双方が暴力を自制すべきだ。

エジプトは中東の要というべき存在であり、その混乱は、同様に「アラブの春」を経験したリビアやチュニジア、内戦のシリアなどへも波及しよう。再開されたイスラエルとパレスチナの中東和平交渉への影響も避けられない。

暫定政権は7月初めの軍のクーデターで成立した。欧米諸国などが「黙認」しているのは、早期の民政移行が前提だ。ムバラク独裁政権を打倒して獲得した民主主義を守らなくてはならない。

暫定政権、モルシー派の双方がまず行うべきは、対話のテーブルに着くことだ。混乱を避け、その上で、モルシー派を含めて民主的手続きを踏み、早期に新政権を樹立する必要がある。

このため米政府や欧州連合(EU)など国際社会にも強い関与が求められる。周辺諸国はモルシー派への説得にあたってほしい。ケリー米国務長官は「政治解決は可能」と強調した。対話への努力をあきらめてはならない。

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