かつての独裁時代でさえ、めったになかった凄惨(せいさん)な光景だ。
群衆を容赦なく襲うブルドーザーと銃弾。全国での衝突で、500人を超す命が消えた。
エジプト軍が主導する暫定政権は首都カイロで、先月のクーデターに抗議していた座り込み活動を強制排除した。
指導部は「治安回復のため、やむを得なかった」と釈明したが、各地で多数の実弾発砲による殺傷行為が目撃されている。
デモ活動に対する武力の行使は、常軌を逸した暴挙というほかない。政権はただちに弾圧をやめなくてはならない。
デモ隊は、ムルシ前大統領が属する「ムスリム同胞団」の支持者が主体だ。同国初の民選大統領だったムルシ氏は、政変後ずっと拘束されている。その理不尽さの訴えには理がある。
若者やリベラル派など世論の支持があったとはいえ、軍事力を背に政権を奪った以上、暫定政権には同胞団と粘り強く和解を探る義務があったはずだ。
なのに先月のデモ隊への発砲に続き、さらに大規模な流血事件を起こしたことは、政治対話の扉を閉ざすに等しい。
軍部は来年初めまでの憲法改正や国民議会選挙という行程表を描いているが、その実現を自らの手で遠ざけてしまった。
リベラル派のエルバラダイ副大統領は流血に抗議し、辞意を示した。穏健派が離反すれば、強硬派は増長しかねない。
さらなる暴走を防ぐには、もはや米欧と周辺の主要国が説得を強めるしかないだろう。
年13億ドル(1300億円)の軍事支援をしている米国は、今も先の政変をクーデターと認めていない。認めれば米国内法で支援は止まり、エジプトへの影響力を失いかねないからだ。
だが、もはや事態は急を要する。米国は支援の凍結を検討すべきだろう。欧州連合やアラブ連盟とも調整し、国際社会の総意として暫定政権に自制を求めねばならない。
同胞団に対しては、トルコやカタールなど親交のある国々が関与して、暫定政権との対話にのぞむよう促すほかあるまい。これ以上の衝突は、同胞団にとっても利益にならない。
今回発令された非常事態宣言や夜間外出禁止令で、エジプトが頼る観光産業はさらなる打撃を受けるのは確実だ。
経済の低迷は、クーデターを正当化する材料にされたが、その軍部がまた経済の足を引っぱれば、政情不安は長引く。
国の安定への道は、国民の統合しかありえない。民主革命の初心を見失ってはならない。
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