エジプト政変 軍介入に大義はあるか

朝日新聞 2013年07月05日

エジプト政変 真の国民対話で収拾を

エジプトで初めて民主選挙による政権が生まれて、わずか1年。民衆デモのうねりに乗じた軍が実権を奪い返し、ムルシ政権はあっけなく退場した。

独裁からの夜明けを象徴した民主体制が軍の強権で白紙に戻ったことは、実に嘆かわしい。アラブの盟主を自負する大国が模索する新生国家への道のりの険しさをものがたる。

軍は、昨年制定された新憲法を停止した。大統領と、その出身母体のムスリム同胞団の幹部ら多数を拘束し、最高憲法裁判所に暫定政権をゆだねた。

自らが政権につかないからクーデターではない、と軍は主張している。だが、公正な手続きで選ばれた文民政権を軍の一存で排除したことは、正統性を欠く行為といわざるをえない。

一方、ムルシ政権には世論の逆風があったことも事実だ。全土に広がった反政権デモは、独裁の打倒をめざした2年前をも上回る規模に達していた。

怒りの矛先は主に経済の失政だ。石油関連と観光に頼る細い収入源と、慢性的な財政赤字。それは独裁時代から続く構造的な難題で、経験乏しい親イスラム政権には荷が重すぎた。

急速に育つ中間層の若者らが満足できる雇用環境もない。物価の高騰や福祉切り下げなどへの怒りと合わさって、反政府の街頭行動が盛り上がる現象は、ブラジルなどでもみられる。

どの政府も国民との広い対話でしか道は開けないのだが、ムルシ政権は違った。軍や世俗派を遠ざけ、大統領の権限を司法チェックの届かない大権に強めようとする独尊ぶりがめだち、国民を統合できなかった。

軍は、失望した世論の風を読んで自らの復権に動いた。しかし、もし軍が旧体制への回帰に向かうなら、民衆は再び街頭を埋めるだろう。反政権デモは、実感できる民主革命の果実に飢えているのは間違いない。

ムスリム同胞団は反発を強めている。何よりも避けねばならないのは、国を二分する内乱に発展して、大量流血に陥る事態だ。エジプトの不安定化は中東全体の流動化に直結し、世界経済にも打撃となる。

今回の事態は、あくまで混乱をしずめるための応急措置とすべきだ。軍は、改めてムスリム同胞団を交えた真の国民対話を進め、国を束ねられる政権づくりを急がねばならない。

米欧は注視の姿勢にとどまっている。エジプトの変革は、できるだけ外国の介入を控えることが賢明だ。アラブの伝統国の歴史のページをめくる主役は、自分自身でしかない。

毎日新聞 2013年07月05日

エジプト政変 軍介入に大義はあるか

2年前、30年も続いた独裁政権を倒したエジプトの民衆が、今度は就任わずか1年の民選大統領を権力の座から引きずり下ろした。

人々は今回も首都カイロ中心部の広場に集まり、政権打倒を祝った。その「人の海」に既視感がある。が、全く違うのは、前回が「民衆革命」と称賛されたのに対し、今度は「軍事クーデター」と呼ばれる点だ。

この政変の背後にいたエジプト国軍は、モルシ大統領を拘束するとともに最高憲法裁判所の長官を暫定大統領に起用し、昨年暮れに施行されたばかりの新憲法も停止した。

今後、軍の後見のもとで再び憲法を制定し、大統領や議会の選挙を行うという。だが、こうした政変と政治日程は、正当性や大義に問題があると言わねばならない。

米オバマ政権が早期民政移管を求め、対エジプト支援を見直す意向を示したのは、もっともだ。軍が実権を握る限り、他の国々も積極的な支援をためらわざるを得まい。

心配なのは、軍がモルシ政権の支持基盤であるムスリム同胞団の幹部多数を拘束し、今後の政治の枠組みからイスラム主義の同胞団を締め出す構えを見せていることだ。

80年以上前に結成された同胞団は、ある時は武闘集団、ある時は福祉団体としてエジプトで支持を広げた。モルシ政権下でやっと日の目を見た同胞団が一転、軍や暫定政権への「聖戦」を発動すれば、果てしない混乱と流血が続く恐れがある。

思い出されるのは、アルジェリアの前例だ。1990年代初め、同国ではイスラム政党が選挙で圧勝したが、軍が介入して選挙結果を白紙に戻し、10年に及ぶ内戦に突入して10万人以上が死亡したとされる。これを繰り返してはならない。親米国で「アラブの盟主」たるエジプトの政情不安は、中東から欧州、世界にも大きな影響を与えるからだ。

現実問題としてモルシ氏の復権は難しく、今後は野党勢力のエルバラダイ氏(国際原子力機関の前事務局長)らが政治改革の中心になるのだろう。だが、同胞団などモルシ支持派の参加に道を開かなければ、真の「国民和解」はできまい。

確かにモルシ氏や同胞団にも問題はあった。貧しいエジプトの庶民は、モルシ政権下で失業が増え物価が高騰するのを見て幻滅した。イスラム色の強い新憲法は女性を特に警戒させ、モルシ氏の剛腕が軍との確執を生んだ。軍は民衆運動に乗じてモルシ氏に報復した印象もある。

だが、一日も早く民政に戻り、観光客が安心して訪問できる国にならなければ、エジプトの未来は暗い。庶民も満たされまい。悠久のナイルが流れる国に軍政は似合わない。

読売新聞 2013年07月06日

エジプト政変 大統領の失政が招いた軍介入

エジプトで1年前に史上初めて民主的に選ばれたモルシ大統領が、軍による事実上のクーデターで、失脚した。

独裁体制の崩壊後、曲がりなりにも前進してきた民主化路線が、重大な危機に直面している。軍とモルシ支持勢力との緊張は高まっており、両者の衝突で混迷が深まることが懸念される。

軍は、「国の安全保障が危機に(ひん)している」としてモルシ大統領を解任し、拘束した。マンスール最高憲法裁判所長官を暫定大統領とし、暫定政府を構成する。

憲法を停止し、大統領選を早期に実施すると発表したが、事態収拾の道筋は見えていない。

今回のクーデターのきっかけは、大統領就任1周年にあたって、辞任を求める大規模デモが発生したことだ。カイロ中心部の広場は連日デモ隊で埋まり、2011年2月にムバラク政権を打倒したデモをほうふつとさせた。

全国各地で反大統領派と大統領支持派が衝突し、死者も出た。

混乱を招いた最大の要因は、モルシ氏が失政を重ねたことだ。

「生活の改善」を公約して当選したが、食料品の価格は高騰し、燃料不足が深刻化している。

凶悪犯罪の増加で治安が悪化し、外国からの観光客や投資も落ち込んだままだ。

モルシ氏は、大統領権限の強化を一方的に宣言した。出身母体のイスラム主義組織「ムスリム同胞団」の方針通りイスラム色の濃い憲法の制定を強引に進めた。こうした政治姿勢が世俗・リベラル派から反発をかった。

こうした政情不安と反政府運動の急激な拡大が、軍に政治介入の口実を与えたと言える。

軍主導の暫定統治の課題は安定を回復し、民主化を柱とする国家再建を再開できるかどうかだ。

軍は、同胞団幹部を多数拘束するなど、力で抑え込もうとしている。同胞団は支持者に全土でデモを呼びかけ、抵抗する構えだ。これでは事態は一層悪化しよう。

エジプトの民主化を支援してきた欧米や日本は、軍による大統領解任に懸念を表明しつつも、軍を強く非難することは避け、民政への早期復帰を求めている。

軍と同胞団が、対話のテーブルにつき、一刻も早く、国民的な和解を実現することが必要だ。

周辺国のチュニジア、リビアでは、独裁崩壊後の民主化が難航し、シリアでも内戦が続く。地域大国エジプトが、動揺を早期に収拾し民主化の道を歩むことは、地域の安定のために欠かせない。

産経新聞 2013年07月07日

エジプト軍介入 対話で民政に早期復帰を

モルシー大統領退陣を求める大規模行動に揺れていたエジプトで、軍が大統領を拘束して権限を奪い、暫定大統領に最高憲法裁長官を据えた。

同国初の民主選挙で選ばれたモルシー氏が、失政や悪政で過半の支持を失っていたにしても、民主的手続きによらず軍介入という非常手段で退けられたことは極めて残念だ。

氏の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団は、徹底抵抗の構えだ。軍と同胞団メンバーらとの全面衝突は、収拾不能の状況を招く。絶対に避けなければならない。そして、一刻も早く民政に復帰することだ。

モルシー政権のこの1年で、物価高騰、失業者増大、エネルギー逼迫(ひっぱく)、財政悪化など経済は行き詰まり、治安も悪化した。氏は自らに絶対的権限を付与しイスラム色も濃い憲法を発布し、同胞団支持者以外の民心を離反させた。

同胞団の利益代表と化し、国民全体の指導者であることに背を向けたのである。責任は大きい。

軍が発表した「モルシー後」の行程表は、現行憲法の停止・改正と大統領選の早期実施をうたう。民政に戻す際に重要なのは、早急な履行はもちろん、同胞団も含む全員参加のプロセスである。

同胞団は約80年も存続し、100万人の団員を抱えて全土に根を張っている。軍と双璧の組織だ。それを排除するのではなく、体制内に取り込んで穏健化していかない限り、真の安定はあるまい。アラブの盟主エジプトの動向は、地域全体が注視している。

その意味で、軍がモルシー氏拘束のみならず同胞団幹部の一斉逮捕に動いているのは問題だ。同胞団を、自らの既得権益と世俗主義への脅威と見なしてきた軍がつぶしにかかったのなら、反発を招くだけで逆効果ではないか。

今回の大規模行動は、ムバラク独裁政権を崩した2011年に次ぐ「第2の革命」だ。政権への不満が民衆蜂起を引き起こし、事態沈静化を名分に軍が介入して政権が倒れる。悲しい循環が繰り返されれば民主主義は根付かない。

民主化には、公正な選挙と並行して、関連の法や制度、本格的政党、人権・民主化団体など、下支えする「インフラ」の整備や国民教育が欠かせない。時間を要し、国民も忍耐を求められる。

「負の連鎖」は断ち切らなければならない。

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