朝日新聞 2013年06月28日
iPS臨床 過剰な思惑は禁物だ
iPS細胞(人工多能性幹細胞)による治療を人で試す臨床研究が、世界に先駆けて日本で承認された。
これまでの医療で十分な治療法がなかった難病の患者らは、再生医療による新たな治療法の開発に期待を寄せている。
気になるのは、国の成長戦略の柱の一つにしたい安倍政権の思惑が過熱気味なことだ。この技術はまだ、有効性どころか、安全性さえ未確認である。
成果を急がせたり、逆に小さな挫折で冷淡になったりということは百害あって一利なしだ。ひいきの引きたおしで「大型新人」をつぶしてはならない。
iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授が開発し、ノーベル賞受賞につながった。皮膚や血液などの細胞に特定の遺伝子を導入して作ることができ、臓器や神経などさまざまな細胞に変化させることができる。
厚生労働省の審査委員会が認めた臨床研究は、目の難病、加齢黄斑変性が対象だ。理化学研究所が、患者の皮膚の組織からiPS細胞を作り、網膜にある細胞のシートに変えて、手術で患者に移植する。
主な目的は、移植した細胞ががんになるといった安全上の問題がないか調べることだ。動物実験を重ねても、最後は人で試さないと危険も効果もわからない。その最初の試行である。
患者にきちんと説明を尽くした上で進め、結果をできるだけ公開することが望まれる。
一方、安倍政権は今月閣議決定したイノベーション戦略の中で、「身体・臓器機能の代替・補完」を柱の一つに掲げた。
再生医療を使った薬などの承認を増やす▽臨床研究や治験に進める病気の対象を広げる▽再生医療用機器の実用化などを20年ごろまでに達成するという。
確かに、先行する米国に続いて、日本が再生医療ビジネスをリードする好機ではある。だが成長戦略の柱とするには、今の到達点に比べて前のめりすぎる印象がぬぐえない。過剰な期待に研究者からは「反動が怖い」といった声も聞かれる。
再生医療関連だからといって薬の承認が甘くなっては困る。iPS細胞を使った創薬が加速しても、貧弱な治験・審査体制では対応できない。研究が進めば、「iPS細胞から受精卵を作り、育ててもいいか」など、倫理上の問題の検討も必要となる。iPS研究周辺には放置されてきた課題が多いのだ。
経済の思惑に引きずられず、安全性と効果を確かめながら、地道に環境を整えていくことが政府の役割である。
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毎日新聞 2013年07月02日
iPS臨床研究 期待し過ぎず着実に
人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った世界初の臨床研究が国の審査委員会で承認された。対象となるのは、「加齢黄斑変性」と呼ばれる目の病気だ。
網膜の中心部にある細胞が、加齢に伴って異常を起こし、視野がゆがんだり暗くなったりする。重い場合は失明することもある。臨床研究では、患者の皮膚細胞をiPS細胞に変え、ここから網膜の細胞シートを作り、移植する。
iPS細胞は、山中伸弥・京都大教授らが開発した日本発の特別な細胞である。これまで、先端医療の臨床研究は、海外で行われた後に日本に導入することがほとんどだった。それを思うと、日本で最初にチャレンジすることには意味がある。
ただし、これを「夢の医療の始まり」と手放しで歓迎するのは待ってほしい。誰も体内に入れたことのない細胞を初めて人間に移植するのだから、臨床研究の主な目的は安全性を確かめることだ。効果は未知数であり、視力が劇的に回復するわけではない。過剰な期待をせず、冷静に見守りたい。
特に注意がいるのは、がん化だ。iPS細胞は、普通の細胞に遺伝子を入れて作る人工細胞だ。その性質を考えると、移植した細胞ががん化するリスクは払拭(ふっしょく)できない。網膜の場合、がんになりにくく、がんになってもレーザーで切除できるという。それが臨床研究第1号になった理由でもあるが、患者には、十分にリスクを説明した上で、研究参加の同意を得てもらいたい。
脊髄(せきずい)損傷や心筋梗塞(こうそく)、糖尿病などへの応用には、さらなるハードルがあるだろう。まずは、先行する臨床研究のデータをよく吟味し、それを公開しながら一歩ずつ進めることが大事だ。
今回の臨床研究の審査は、知的財産権を理由に非公開で行われたが、これでは、国民の信頼が得にくいだろう。公開できない部分をより分ける必要はあるとしても、それ以外は積極的に公開していくことが必要ではないか。
iPS細胞は、再生医療に加えて創薬研究への応用も期待され、安倍政権はこれらを成長戦略に掲げている。国は再生医療研究に今後10年間で計1100億円を拠出する方針も示している。
しかし、新しい医療は、遮二無二ビジネスとして進めればいいというものではない。iPS細胞には、安全性の確認以外に、「卵子や精子を作って授精させてもいいか」「動物の体内で移植用の臓器を作ってもいいか」といった、生殖医療や臓器移植にからむ倫理的課題も残されている。着実に一歩ずつ進めたい。
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読売新聞 2013年06月28日
iPS臨床研究 再生医療の実用化に近付くか
iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療の実施に向けて、大きな一歩を踏み出すことになった。
厚生労働省の審査委員会は、目の難病である「加齢黄斑変性」をiPS細胞で治療する理化学研究所(神戸市)などの臨床研究を承認した。
来年夏にも始まる世界初の臨床研究では、有効性と安全性をしっかりと見極めてもらいたい。
加齢黄斑変性は、老化に伴って発病する。目の奥にある網膜細胞の一部に障害が生じて、視界がゆがみ、失明の原因にもなる。
臨床研究では、患者の皮膚からiPS細胞を作り、シート状に培養して網膜に貼り付ける。既存の薬物治療などでは効果がない6人の患者が対象だ。
約70万人とされる国内の患者にとっては期待が高まるだろう。
ただ、臨床研究から治験を経て一般の患者が治療を受けられるまでには、5年以上を要する。
特に問題となるのは、iPS細胞が、がん化する可能性があることだ。細胞を作製する際に、がんを引き起こす恐れのある遺伝子を使うのが原因とされる。
その遺伝子が移植時には残らないようにすることを条件に、審査委員会が臨床研究を承認したのは適切な判断だろう。
目はがんになりにくいとされるが、実際に細胞シートを患者に移植した後、どのような変化が起きるか完全には予測できない。がん化のほか、未知のリスクにも細心の注意を払う必要がある。
再生医療への信頼を得るためには安全性の確立が欠かせない。
iPS細胞は、重い心臓病や交通事故による脊髄損傷などへの応用が計画されている。各国が研究開発にしのぎを削っている。
日本は基礎研究分野で世界のトップクラスにいるが、実用化でも先陣を切ってもらいたい。産学官が協力し、着実に研究開発を進めることが大切だ。
研究開発を支援するための環境整備も重要である。
政府は、iPS細胞による再生医療を成長戦略の一つに位置付け、今後10年間で1100億円を助成する方針だ。実用化を促すための再生医療推進法が4月に成立したのも後押しとなる。
一方で、再生医療製品の審査手続きを簡素化し、早期承認を目指す薬事法の改正法案や、問題のある治療を規制する再生医療安全性確保法案は継続審議となった。
秋の臨時国会で議論を尽くし、成立を図りたい。
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