国内の全原発に対して新たな安全対策を義務づける新規制基準が正式に決まった。
東日本大震災の巨大津波で炉心溶融と水素爆発を起こした東京電力・福島第1原子力発電所の事故を踏まえて新設された原子力規制委員会の手になるものだ。
これまでの安全体系の抜本改革をうたっているが、対策はハード面に偏り、しかも規制の大幅な拡充と強化によって実現しようとする危うさをはらむ内容だ。
原子力発電の真の安全性向上とエネルギー安全保障にどこまで資するか、大いに疑問である。
新基準の運用には規制委と原子力規制庁の良識が不可欠だ。それを欠くと、国の生命線であるエネルギー政策が破綻する。
≪40年規制の枠はめるな≫
地震に強い免震棟を用意することや電源喪失に備えての電源車配備などは重要だが、全体として厳しすぎる規制色が軽減されることなく了承された。
新基準には、民主党時代の反原発色が温存されている。原発の運転を40年で打ち切ることもその一例だ。一度に限って最大20年間の延長を認める措置も設けているが、認可の見通しは不透明だ。
原発では大部分の設備が新品に置き換えられていくので、全体の経年劣化は起きにくい。それを考えると、一律に40年規制の枠をはめることに意味はない。40年超の運転を目指す原発の方が、堅牢(けんろう)性で優れているのは自明だ。
また、規制委の思惑次第で、40万年前まで遡(さかのぼ)り得る活断層の認定も問題だ。それに加えて「可能性が否定できない」という論理の横車が押されると、既存の原発の多くで重要施設が活断層の上に建っていることになりかねない。
これらの2大難点に挟撃されているのが、日本原子力発電の敦賀発電所(福井県敦賀市)だ。1号機は40年規制、2号機は活断層認定で窮地に立たされている。
規制委は強い独立性が保障された組織なので、一部の委員に原発潰しの意図があれば、原発を廃炉や長期停止に追い込んだり、巨額の費用が必要な対策工事を求めたりすることも可能である。
新規制基準に照らして行われる原発の安全審査には、弾力性と迅速性が求められる。
新基準は、7月8日に施行される。原発再稼働のための審査の早期申請を目指す電力会社は、四国電力や九州電力など、少なくとも4社を数える見通しだ。
電力会社が急ぐのは、原発の停止分をカバーする火力発電の燃料代が肥大しているためだ。家庭や工場に電気は滞りなく届いているが、各社の内情は火の車だ。
現状で再稼働しやすい加圧水型のタイプの6発電所・12基から申請が予想されている。
≪現実に即した見直しを≫
それに対して、原発審査の実務に当たる規制庁のチーム編成が貧弱だ。審査には半年程度かかるとされているが、それでは年内に再稼働する原発は、ごく少数しか望めない。今夏と冬の電力ピークを乗り切ることができるのか。
審査にこれだけ長期を要するということは、基準自体が現実離れした法外な代物であることを自ら物語っていないか。審査の遅滞は許されない。
世論の一部には、米国からのシェールガス輸入で原発を不要とする声もあるが、浅慮にすぎよう。輸入は4年先のことであり、量にも限りがある。今後も波乱含みの中東からの輸入に頼らざるを得ないのだ。国富が流出し、記録的な貿易赤字が一段と膨らむ。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーの実力では、二酸化炭素の排出も減らせない。エネルギー資源に乏しい日本では、好むと好まざるとにかかわらず、原発の利用が必要だ。ならば、前向きに安全活用に努めようではないか。
7月から原発の審査にあたる規制庁のチームに対して、注文しておきたいことがある。上から目線にはならないことだ。
原発の安全は、規制する側とされる側の二人三脚で高みを目指していくものである。
新基準を実際に適用すると、現実にそぐわない部分も頻出するだろう。その際には、世界に誇れる改善を目指しての改定が必要だ。電力会社も遠慮なく改善への提案を行うべきである。
強権的な規制基準の硬直化と横行を放置すると、安全文化を蝕(むしば)む新たな危険の根がはびこる。
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