日印原子力協定 核不拡散の原点どこに

朝日新聞 2013年05月25日

日印原子力協定 核不拡散の原点どこに

政府がインドとの間で、原子力協定締結に向けた協議を再開させる。原発技術の輸出をにらんでのことだ。

インドは核不拡散条約(NPT)に加わらないまま、核兵器保有に至った国である。

一方、日本はNPT体制の下で、核兵器の廃絶を目標にかかげる被爆国だ。

インドと原子力協定を結ぶことは、NPT体制をさらに形骸化させることにつながる。

協定より先に、まずNPTへの加盟や、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名を求めるべきだ。

日印の公式協議は10年6月以来3回開かれたが、福島第一原発事故で中断していた。

来週、シン首相が来日し、安倍首相と首脳会談を予定している。その共同声明に協議再開を盛り込む方針だ。

インドでは軍事用を含め原発20基が稼働しているが、ほとんどが国産の小型炉で海外からの大型原発導入を熱望している。

日本の原発技術は、米国製やフランス製の大型原発にも使われており、日印が原子力協定を結ばなければ米仏からの原発輸出も難しい。このため、米仏両国は日本政府に協定締結を非公式に促してきている。

しかし、NPTに照らすと、これは大問題だ。

核兵器保有を米ロ英仏中の5カ国に限り、核保有国は核軍縮に努める。他の国は核保有を図らない代わりに、平和目的の原子力技術の提供を受ける。

そうしたNPTの精神を顧みなかったインドに技術を提供することは「NPTを守らなくても、原子力技術は手に入る」というメッセージになる。

インド、パキスタン、北朝鮮といったNPT未加盟・脱退宣言国が次々に核実験をし、加盟国であるイランの核開発も止められない。NPT体制の弱体化は目を覆うばかりだ。

それでも、日本がNPTを壊す側に回ってはいけない。

08年、インドへの原発輸出を狙う米国の働きかけで、日本など原子力供給国グループ(当時45カ国)はインドへの技術提供を認める特例を決めた。

その際、日本の外務省は「インドに非核保有国としてのNPT早期加入、CTBTの早期署名・批准を求める立場に変わりはない」と説明した。

日印間で協議が始まったのを受けて、10年の長崎平和宣言は「被爆国自らNPT体制を空洞化させるものであり、到底、容認できない」と抗議した。

被爆国としての筋を通すべきだ。

毎日新聞 2013年05月28日

原子力協力 前のめりでは危ない

どうも違和感がある。2年前の東京電力福島第1原発の事故以来、日本は「脱原発」を真剣に模索し、原発の再稼働にも慎重な姿勢を取ってきた。だが、安倍晋三首相の、少なくとも国外での言動を見る限り、事故の重大さを忘れ、原発ビジネスに奔走しているように見える。しかもトップセールスの相手は、中東からインド、東欧へと広がる気配だ。

安倍首相が4~5月の外遊で、トルコやアラブ首長国連邦、サウジアラビアへの原発輸出や関連技術供与に意欲を見せた時、私たちは首相の前のめりな姿勢に懸念を表明した。トルコは地震国で、中東の政情はなお不安定という事情もある。が、それ以前に、原発にまつわる日本国民のつらい体験を、首相が謙虚に受け止めているのか疑問だったからだ。

また、29日のインドのシン首相との日印首脳会談では原子力協定交渉が一つの焦点になりそうだが、この協定にも問題がある。核拡散防止条約(NPT)は米英仏露中の5カ国だけに核兵器保有を認め、NPTの枠外で核兵器を持ったインドへの原子力協力は本来、禁じられていた。

しかし、米国のブッシュ前政権は任期切れ直前(08年)、インドと原子力協定を結び、日本を含めて45カ国が加盟していた原子力供給国グループ(NSG)に強く働きかけて、インドとの原子力協力を例外的に認めさせたのである。

その背景には、成長するインドが2020年をめどに20基近い原子炉建設を計画していることが挙げられる。仏英露もインドと原子力協定を結び、原発ビジネスを展開すべく、進んだ技術を持つ日本の参入を待っている。確かに巨額のビジネスは魅力だし、中国の膨張が目立つ近年、日本にとってインドとの連携は重要度を増している。

だが、大国のご都合主義でNPTの空洞化が進む事態は歓迎できない。NPTは原子力の平和利用を認めているが、原発が必ずしも安全でないことは、スリーマイル島やチェルノブイリに続いて福島での事故が如実に示した。日本は事故の教訓を世界に発信し続ける義務がある。世界で原発が増え続けることを自明とせず、たとえば再生可能エネルギーの技術開発のために日本が国際社会で主導的な役割を果たす道もあるはずだ。

核不拡散への努力も怠ってはなるまい。オバマ米大統領は「核兵器のない世界」をうたってノーベル平和賞を受賞したが、核兵器を保有するインドやパキスタン、保有が確実な北朝鮮やイスラエルの非核化は一向に進まず、世界はいわば漂流している。今こそ日本の出番だろう。世界の漂流を止めるために、唯一の被爆国の良識と決意が問われている。

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