猪瀬知事発言 五輪の逆向く非常識

朝日新聞 2013年05月01日

猪瀬知事発言 五輪の逆向く非常識

五輪のホストとしてふさわしいのか。その資格を疑わせる、非常識な発言である。

東京都の猪瀬直樹知事が米ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、2020年五輪招致をめぐり、他の立候補都市を中傷するような発言をした。

「イスラム諸国が共有しているのはアラー(神)だけで、お互いにけんかをしている。そして階級がある」。イスタンブール(トルコ)が初のイスラム圏開催をめざしており、そこを念頭に置いていたのは明らかだ。

問題発言は、インタビューの終了間際の雑談中に出たようだ。批判を受けた知事は「誤解を招く不適切な表現で、おわびしたい。認識が甘かった」と謝罪し、発言を撤回した。だが、それで片付くものではない。

そもそも、五輪精神を持ち出すまでもなく、多文化社会の価値への配慮を欠いている。

知事は「トルコに行ったこともあり、イスタンブールは個人的にも好きな都市である」と釈明した。実際に現地を訪れて、米紙の質問にこたえたのと同じように語れるだろうか。

親日の国で知られるトルコ国民をはじめ、イスラム教を信じる人々の感情を逆なでする失言が、国際都市東京のトップから飛び出すとは何とも情けない。

20年五輪招致を引っぱる立場であることを考えると、その逸脱ぶりは、なおのことだ。

国際オリンピック委員会(IOC)は招致の行動規範で、立候補都市が他都市の批判や比較をしないよう定めている。それに抵触する可能性が大きい。

五輪のシンボルマークは、5大陸の団結と世界中のアスリートが一堂に集うことを表している。五輪憲章は「人種、宗教、政治、その他の理由にもとづく国や個人に対する差別と相いれない」とうたっている。

昨夏のロンドン五輪は、国連加盟の193カ国を上回る、204カ国・地域の選手たちが競いあった。東京で開催することになれば、さまざまな違いをもつ人たちを招く立場になる。

20年五輪の開催都市は9月7日のIOC総会で決まる。東京への招致のハードルは一段と高くなることだろう。

失言の矛先はもうひとつの候補都市、マドリード(スペイン)にも向けられた。

「選手にとって一番いい場所はどこか。インフラが整っておらず、洗練された施設もない二つの国と比べて下さい」と、東京の優位性をアピールした。

五輪精神の逆を向くような発言は、招致の成否にかかわらず、日本にマイナスである。

読売新聞 2013年05月05日

猪瀬知事発言 東京五輪実現へ失点挽回せよ

東京都知事の非常識な発言による失点を、どう挽回するか。五輪の招致活動は、これからが正念場である。

「イスラム諸国が唯一、共有するのはアラーだけだ。互いに争い事をしているし、階級もある」。2020年東京五輪の招致委員会会長である猪瀬直樹都知事が、米紙とのインタビューで語ったとされる発言だ。

招致のライバルであるイスタンブール(トルコ)を念頭に置いたことは明らかで、異文化への敬意が感じられない。

招致活動に関し、他の立候補都市の批判や比較を禁じた国際オリンピック委員会(IOC)の行動規範に違反していると言える。

トルコを訪問した安倍首相は、エルドアン首相との会談で「トルコ側として不快に感じたのでないか」と陳謝し、「フェアプレーの精神にのっとり、お互いベストを尽くしていきたい」と述べた。

エルドアン首相は「(安倍首相の)発言に感謝する」と応じた。安倍首相が友好的に問題を沈静化させたことを評価したい。

トルコは親日国であり、経済的にも重要なパートナーだ。安倍首相が陳謝する事態を招いた猪瀬知事の責任は重い。

それにしても、猪瀬知事には、75億円をかけた招致活動のトップとは思えない言動が多い。

2020年五輪には東京、イスタンブールのほか、マドリード(スペイン)が立候補している。

知事はインタビューで「インフラが未整備で、非常に洗練された施設もない二つの国と比較してほしい」とも語ったという。これも行動規範に反しているだろう。

知事は一連の発言について、「真意が正しく伝わっていない」とのコメントを出し、一転して「不適切な発言があり、おわびしたい」と謝罪した。事態の早期収拾には疑問が残る対応だった。

謝罪後、ツイッターに「今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫」と書き込んだのも不可解だ。反省しているのか、疑われかねない。

昨年末の都知事選で、史上最多の434万票を獲得したおごりはないのだろうか。

今後の課題は、9月7日の開催地決定に向け、東京がどう巻き返すかである。知事発言がイスラム諸国などのIOC委員の投票行動に影響を及ぼすことが心配だ。

招致委としては、今回の舌禍問題を乗り越え、東京の開催計画を丁寧に説明して、支持を拡大していくことが大切である。

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