水俣病認定判決 争いの終結はなお見えない

朝日新聞 2013年04月17日

患者の認定 水俣病の原点に戻ろう

救済の原点に、立ち返れ。そう叱っているように読める。

水俣病とは、魚介類にたまったメチル水銀を口にして起きる神経の病気で、客観的な事実で認定できる。水俣病の患者と認定するよう求めた訴訟で、最高裁が広く定義づけた。

考えてみれば、当たり前の判断である。だが、行政の強い裁量権を求めてきた政府にとっては完敗の内容となった。

手足の先を針でつついても痛くない。血がしたたり落ちるけがでも気づかない。熱いグラタン鍋でも平気でつかめる。

そもそも、こうした深刻な感覚障害が水俣病の基本的な特徴だということに、医学上の合意があったはずだ。

ところが、政府は1977年に出された認定基準をもとに、感覚障害と運動失調、視野が狭くなるなど複数の症状の組みあわせにこだわった。その結果、感覚障害のみが出る患者を水俣病と認めなかった。

切り捨てられた軽度や中度の患者は、あいついで司法に訴えた。政府は急ごしらえで対策を立てた。95年、09年と2度にわたる政治決着もそれにあたる。

彼らを水俣病患者ではなく、「被害者」と名づけ、低額の一時金を払ってしのいできた。

こうした一種の分断政策が、患者同士や地域内での差別、対立を生み、さらに問題をこじらせた。長い歴史の中で、行政から水俣病患者だと認められない人々を「ニセ患者」だとみなす風潮さえ生まれた。

水俣病の公式確認からまもなく57年になる。だが今も、潜在患者が続々と見つかる。

自らの症状を隠し、あるいはそれがメチル水銀によるものであることを知らない人も多いからだ。

政府は最高裁の考えを行政に生かす責務がある。

水俣病とは何かを今度こそ見すえ、感覚障害がある人たちを「患者」と認定することから始めるべきだ。

初期にみられた劇症型から、比較的軽度の感覚障害に限られる患者まで、症状の軽重はあっても、水俣に面する不知火海や新潟県阿賀野川の魚を食べたすべてのメチル水銀中毒患者を、同じく水俣病患者だと認める原則に戻る必要がある。

最高裁の判決を知り、これから認定を求める人も急増しそうだ。重症患者だけを考えた現行の認定と補償金を支払う仕組みや医療制度を、より広い範囲の患者にあわせて組み立て直す必要も出てくる。

混乱があっても、行政がためらっている場合ではない。

読売新聞 2013年04月17日

水俣病認定判決 争いの終結はなお見えない

国の基準では水俣病と認められなかった被害者について、最高裁は「水俣病患者」と認める判断を示した。

行政と司法で認定の尺度が異なる二重基準の状態が続くことになるだろう。被害者の高齢化が進む中、水俣病を巡る争いに収束の糸口が見えない深刻な事態である。

認定業務を行っている熊本県から水俣病と認められなかった女性2人の遺族が、それぞれ患者認定を求めていた。

うち1人について、最高裁は、水俣病だと認定した福岡高裁の判断を支持した。もう1人の原告については、水俣病と認めなかった大阪高裁判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。

注目すべきは、最高裁が水俣病の認定に関し、「多角的、総合的な見地からの検討が求められる」と指摘した点だ。厳格過ぎると言われる国の認定基準を念頭に置いてのことだろう。

1977年に設けられた国の基準は、水俣病と認定するには、感覚障害や運動失調、視野狭窄(きょうさく)など、複数の症状の組み合わせを一つの条件としている。

これに対し、最高裁は「組み合わせが認められない場合でも、個別具体的な判断により認定する余地を排除するものとはいえない」との見解を示した。

司法として、各被害者の症状や居住歴などを検討し、行政よりも柔軟に水俣病と認定する姿勢を明確に示したと言えよう。

ただ、判決は新たな混乱を招く可能性がある。より多額の補償を求め、司法に水俣病患者と認定してもらおうという訴訟が相次ぐことも予想されるからだ。

水俣病の認定患者に対しては、原因企業のチッソから1600万~1800万円の補償金などが支払われるが、認定されたのは約3000人にとどまる。

認定されなかった被害者を対象に95年、260万円の一時金などを支払う政治決着が図られた。

2009年には、救済の枠から漏れていた被害者に210万円の一時金などを払う水俣病被害者救済法が成立した。

これに基づき約6万5000人が救済を申請したが、内容に不満を抱く被害者は少なくない。判決を受け、被害者対策を進める環境省は難しい対応を迫られよう。

これまでの救済策は、被害者の線引きを進め、不公平感を招いた。被害者を幅広く、迅速に救済することが、いかに大切だったか。水俣病問題の教訓である。

産経新聞 2013年04月19日

水俣病判決 なぜ57年もかかったのか

水俣病の患者認定をめぐって、最高裁が国の認定基準(判断条件)で患者と認められないケースでも、司法により独自認定できる道を開いた。

行政の審査ではねられた被害者を、訴訟を通じて救済する新たな仕組みである。長い間、認定を求め続けてきた人々にとって朗報だ。

ただ、来月で水俣病の公式確認から57年になる。なぜこれほどの年月がたってしまったのか。かたくなな対応を続けた環境省、甘い判断しかできなかった政治家ら関係者は、厳しく反省すべきだ。司法も判断が遅すぎたという批判を免れない。

最高裁は、熊本県水俣市の女性の遺族の行政訴訟では水俣病と認定するよう命じた2審福岡高裁判決を支持した。遺族側の勝訴が確定し、最高裁で患者と認定された初のケースとなった。大阪府豊中市の女性の訴訟では、水俣病と認めなかった2審大阪高裁判決を破棄して審理を差し戻した。

患者としての認定を求める人々に立ちはだかってきたのが、昭和52年の旧環境庁による現行の認定基準だ。感覚障害や運動失調、視野狭窄(きょうさく)など複数の症状が重なっていることが大原則で、行政審査は今回の原告のような感覚障害のみの場合は認めようとせず、「患者切り捨て基準」と批判された。

事実、潜在患者が20万人ともいわれる中で認定患者は2975人(今年3月末時点)と少ない。

最高裁は「個々の事情と証拠を総合的に検討して個別具体的に判断すべきだ」との判断を下し、感覚障害だけの原告を患者と認定した。行政よりも柔軟な姿勢を示したといえる。

今回の判決を受け、環境省は「国の判断条件は否定されていない」と認定基準を見直さない考えを示したが、基準の運用に幅を持たせることは必要である。

水俣病は、工場から海に垂れ流されたメチル水銀が魚介類に蓄積され、それらを食べた人々が病気になった健康被害である。日本が急激な経済発展を続ける中で生み出された成長の負の部分で、「公害の原点」といわれている。

公害を克服する努力は重ねられたが、近年もダイオキシンやアスベストなど新たな健康被害が起きている。そうした事態を未然に防ぎ、起きてしまった場合の補償制度を確立するため、政治や行政は一層、知恵を絞ってほしい。

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