日本の最高指導者である首相が脱法行為の疑いを持たれるという異様な事態が起きている。
それは、鳩山由紀夫首相側が実母名義の口座から年間1億8千万円、6年余りに提供された総額約11億円が、相続税法違反(贈与税の脱税)とされる嫌疑である。罪に問われるかどうかは、行為の悪質さによる。予断は許されないが、「首相の犯罪」にもなりかねない脱法行為は、国政の根幹を揺るがしかねない重大事であることを自覚しなくてはなるまい。
納税は行政と国民の間の信頼関係の上に成り立っており、課税や徴税はもっとも基本的な公権力の行使である。その税金に対する信頼を国家の最高責任者が損なえば、「税金逃れ」がはびこるようになるのは自明である。国の心棒が融解しかねないのだ。首相の資格そのものが問われている。
首相がまず果たすべきは説明責任だ。臨時国会は4日に閉会するが、党首討論は一度も開かれない。政治とカネに関する集中審議も実現しない。
首相は説明責任に関し「全容解明の暁には、私が国民に説明すべきだと考えている」と述べたが、国政への影響を考えれば、疑惑を早急に、しかも国民の代表が集まる国会の場で晴らすべきだ。
◆説明責任を果たせ
党首討論についても「消極的な発言は今まで一度もしていない」と釈明したが、民主党執行部に具体的な指示をしたのか。そうでないなら、疑惑追及の逃げ切りを一体になって図ったと言われても仕方あるまい。
真相究明に動こうとしない民主党も、信頼を失墜しかねない責任を負っている点では同じだ。
小沢一郎前代表の公設第1秘書が起訴された西松建設違法献金事件で民主党は第三者委員会を設置し、6月に報告書をまとめた。不十分な内容だが、こうした自浄能力を今回、示そうとしないのは極めて残念である。
不思議なのは、鳩山首相の資金管理団体をめぐる偽装献金問題への検察側の方針だ。検察当局は鳩山氏が偽装に直接関与した形跡はないと判断したらしく、事情聴取を見送り、上申書の提出を求める方針が伝えられている。
この問題は、首相が民主党代表時代の6月、故人などによる架空の個人献金が存在することにより表面化した。平成17年からの4年間で計約90人から193件、総額2177万8千円に上ることを首相は会見で認めた。
偽装献金の原資は首相本人の資金であり、経理担当の公設秘書が個人献金額を多く見せかけるためだったと説明した。しかし、首相への個人献金が政界でも突出して多いことの矛盾を指摘され、3日後には「企業・団体献金がなかなか集まらない焦りの中で、個人献金を増やしてしまったのではないか」と説明を修正した。
さらに母親からの資金提供のうち、約1億円が偽装献金の原資になったとされる。これは「原資は自分の資産」としてきた首相の説明と大きく食い違っている。
こうした問題に対し、検察当局は事情聴取せずに全容を解明できると考えているのだろうか。
政治資金規正法は、政治がカネの力によってゆがめられないよう、資金の透明化を図ってきた。同法25条は虚偽記載について「5年以下の禁固または100万円以下の罰金」と規定している。厳正かつ徹底した捜査を求めたい。
◆問われる法治主義
憲法第75条は「国務大臣は首相の同意がなければ訴追されない」とする一方で「すべて国民は法の下に平等」(第14条)とうたっている。法治主義の根幹も問われているのである。
一方で、検察側は母親側の関係者が資金提供は貸付金だったと主張している点について、母親への参考人聴取も行う方向だ。
返済計画や利子などは不明で、貸し付けの実体はないという。国税庁は、親子間の無利子の金銭貸与は贈与にあたるとして課税対象にしている。首相が一般国民と同様の扱いを受けるのは当然だ。
母親からの資金提供は、首相の弟の鳩山邦夫元総務相に対しても行われている。税務当局が贈与と判断した場合、首相の納税額は5億円を超えるとされる。これで一件落着になるのだろうか。
民主党は納税者の立場で「公平・透明・納得」の税制を築くことを主張してきた。首相が重大な疑惑を抱えていて、こうしたスローガンを口にすることができるとは思えない。
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