毎日新聞 2013年03月17日
成年後見裁判 違憲判決は当然だ
政治に最も強い関心を持つのは公の政策がどうなるかで自らの生活が影響を受ける人々であろう。判断能力にハンディがある認知症のお年寄りや知的障害者は特にそうだ。ドイツでは選挙になると候補者が障害者の暮らす場へ次々に訪れ、わかりやすい演説を競い合っているという。理にかなった風景ではないか。
ところが、日本では判断能力にハンディがあって成年後見人がつくと、選挙権が剥奪される。以前の禁治産制度から2000年に成年後見制度に切り替わったとき、障害を理由に資格を制限される欠格条項の見直しが進められたが、なぜか選挙権剥奪はそのまま引き継がれた。
改善を求める声がなかったわけではない。障害者や家族などの関係団体は何年も前から見直しを求めてきた。法律の専門家の中にも制度の欠陥を指摘する人は多かった。それにもかかわらず制度改正への動きは起きなかった。選挙制度にかかわることは国会議員が主導権を発揮しなければ動かないといわれる。
であるならば、選挙の際に後見制度改正に熱心な候補を選べばいい。それが民主主義の原則というものだ。しかし、そのための選挙権が剥奪されているのだ。不当な差別を受けている当事者がその差別を解消するためのルールの変更にすら関与できない、という理不尽さを理解しなければならない。
知的障害の女性が起こした成年後見訴訟で、東京地裁判決は選挙権剥奪を憲法違反と初めて判断した。判決は、ものごとを正確に理解し意思表示できる「事理弁識能力」を欠く者に選挙権を付与しないのは「立法目的として合理性を欠くとはいえない」としながらも、民法が被後見人を事理弁識能力を欠く者とは位置づけていないと指摘し、障害者も「我が国の『国民』である」「主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもない」と述べた。
成年後見人が付いている高齢者や障害者は計13万人もいる。財産管理や権利擁護が必要でも選挙権を失いたくなくて後見制度の利用を控えている人も多い。公職選挙法を所管する総務省や国会議員は制度改正に着手すべきだ。
先進各国では権利制限を弱める方向で後見制度を改正してきており、その流れに逆行しているのが日本だ。欧州では後見制度そのものを廃止し、障害者の権利性をより強く確保した「意思決定支援」などの新制度に変えることも議論されている。日本では親族の後見人による金銭流用の不正が多く、弁護士などの専門職後見人は費用負担の面から広がらない。現行制度には問題が多数指摘されている。これを機会に抜本的に見直してはどうか。
|
読売新聞 2013年03月17日
後見と選挙権 違憲判決が制度の甘さ突いた
成年後見人が付いた人から選挙権を奪う公職選挙法の規定について、東京地裁が「違憲」とする判決を言い渡した。
障害者の権利を尊重した司法判断である。
原告は知的障害のある女性だ。2007年、家庭裁判所が女性の成年後見人として父親を選任した途端、選挙権を失った。
判断能力が欠如した人の財産管理や契約などを代行するのが、成年後見制度だ。公選法は、この制度が適用された人については、選挙権を認めていない。
判決は、憲法が保障する選挙権を奪うのは「極めて例外的な場合に限られる」として、女性に選挙権があることを認めた。
さらに、「家裁が判断したのは財産を管理する能力であって、選挙権を行使する能力ではない。財産管理はできなくとも、選挙権を行使できる人は少なからずいるはずだ」とも指摘した。
判決が、趣旨の異なる制度を使って、一律に選挙権を制限している公選法の規定を無効としたことは妥当である。同じ障害者でも、後見人が付いた人だけが選挙権を失うのは、公平性の観点からも問題があるだろう。
選挙権を失うまで、女性はほぼ毎回、投票所に足を運んでいた。簡単な漢字の読み書きもできる。東京地裁は、そうした事情も重視したのではないか。
判決は選挙権制限の必要性を全面的に否定したわけではない。権利を行使する能力がない人への制限について、「合理性を欠くとは言えない」との見解も示した。
だが、後見人が付くと一律に選挙権を失う日本のような制度は、欧米ではなくなりつつある。
そもそも、2000年に導入された成年後見制度は、判断能力に欠ける障害者や高齢者の権利保護が目的だ。従前の禁治産制度は浪費を繰り返す人も対象だったが、成年後見制度では除外した。
選挙権を奪う公選法の規定は、制度の趣旨にそぐわない。
後見制度の利用者は全国で13万人以上に上る。高齢化が進む中、申し立ては年間2万件以上に達している。判決は今後の制度運用に様々な影響を及ぼすだろう。
制度導入の際、旧自治省は「不正投票の防止」を理由に、選挙権を奪う規定の存続を強く主張した経緯がある。民主主義の根幹に位置付けられる選挙権の行使に関し、不正投票の可能性を過大に見積もってはいないか。
判決は、制度設計の甘さに対する警告である。
|
産経新聞 2013年03月18日
選挙権剥奪は違憲 国は速やかに法の改正を
成年後見人が付くと選挙権を失うとした公職選挙法の規定について、東京地裁は、参政権を保障した憲法に違反するとの判断を示した。
成年後見制度は財産などを適切に管理・処分する能力が乏しい人が不利益を被ることを防ぐために設けられたもので、選挙権行使の能力を一律で判断する基準にはなり得ない。
極めて妥当な判断だといえる。国は速やかに、公選法の改正に動くべきだ。
公選法は、後見開始の審判を受けた成年被後見人について「選挙権を有しない」と定めている。
成年後見制度は平成12年、禁治産制度から移行する形で始まった。旧制度では禁治産者に選挙権を認めていなかった。新制度もこれを引き継いだ格好だ。
国側は、投票能力を持たない人に選挙権を与えれば第三者が不正な働きかけを行うなどの可能性があり、選挙の度に能力を個別に審査することは事実上困難だから、成年後見制度を借用せざるを得ないと主張してきた。
選挙権は国政参加の機会を保障する基本的権利である。財産管理能力の有無をみる家庭裁判所の審判結果を「借用」し、被後見人から一律に選挙権を奪ってきた公選法と成年後見制度には、重大な不備があったといえる。
一方で判決は、選挙権を制限するには「選挙の公正確保が不可能か著しく困難と認められる、やむを得ない事情がなければならない」とし、能力による一定の制限を認めた。
公選法の整備に当たっては、成年後見制度とは独立した判断基準や、「やむを得ない事情」とは何かを具体的に明示することも検討課題となる。
東京地裁での判決後、定塚誠裁判長は選挙権の確認を求めたダウン症の女性に「どうぞ選挙権を行使して、社会に参加してください。堂々と胸を張って生きてください」と語りかけた。法廷には大きな拍手が鳴り響いたという。
胸に響く言葉だが、一人、法廷の女性のみに告げて拍手で終わらせてはならない。同様の訴えは埼玉県、京都市、札幌市でもある。成年被後見人は全国で、約13万6500人にのぼる。
国は法の整備を急ぎ、不当に選挙権を奪われている人に、投票権復活の知らせを速やかに届けなくてはならない。
|
この記事へのコメントはありません。