日銀の新総裁に就任が決まった黒田東彦(はるひこ)アジア開発銀行総裁に求められているのは、脱デフレと経済成長に向けた具体的取り組みを早急に行動で示すことだ。
黒田総裁の就任とあわせ、学習院大教授の岩田規久男氏と日銀理事の中曽宏氏の副総裁就任も、衆参両院が賛成多数で同意した。
参院で不同意が続き、総裁不在という異常事態が生じた5年前のような混乱が回避されたことを歓迎するとともに、黒田氏らに求められているのは結果であることを改めて強調したい。
≪市場に明確な意思示せ≫
日銀は1月、脱デフレと経済成長に向けた政府との共同声明で、物価上昇率2%目標と金融緩和推進による早期達成を打ち出している。その意味で、黒田氏が国会での所信聴取で2%目標達成の時期について「2年は一つの適切なめど」との判断を示し、「デフレ脱却に向けてやれることは何でもやる」と語ったのは頼もしい。
これは決意表明であると同時に、市場へのメッセージにもなり得る。通貨当局の考え方を明確にすることは極めて重要だ。15年以上もデフレが続く“有事”である今はなおさらである。こうした発言はそれを裏打ちする行動が重要になる。明確な意思表示は市場の期待を膨らませるからだ。
実際、市場には黒田氏が日銀総裁に就任する20日以降、4月3、4の両日に開催予定の金融政策決定会合を早めて、追加緩和に踏み切るとの観測も出ている。市場の期待におもねって金融政策を変更することには慎重でなければならないが、新体制下の日銀の決意を示す意味は小さくない。
日銀は来年から、期限を決めずに国債などの金融資産を毎月一定額買い入れる「無期限緩和」に乗り出すが、その前倒し実施や、日銀が購入対象とする国債の拡大についても黒田氏は国会で言及した。検討に値する。
財務省時代の黒田氏は、主として国際金融畑を歩み、財務官を3年間務めた。国際金融の経験は豊富で人脈も多い。こうした経歴は、日本の金融政策を他国に説明し、理解を得るのに役に立つ。
円高是正の動きについては、先の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で一定の理解は得られたとはいえ、海外には「日本は円安誘導という為替操作をしている」との批判がくすぶっている。氏の対外発信力を駆使し、摩擦の芽を事前に摘んでほしい。
さらに忘れてはならないのは政治との距離感だ。今は脱デフレという難題克服に向け、中央銀行と政府が共同歩調をとっているが、5年の総裁任期中、この状態が続くとはかぎらない。
将来、脱デフレが視野に入った際の政策運営、いわゆる「出口戦略」もそうだが、物価目標達成の手段をめぐっても、意見が食い違ってくる可能性はある。そのとき重要なのは官邸や政府、政治家とのコミュニケーション力だ。
≪財政再建も優先課題だ≫
黒田氏の前任の白川方明(まさあき)総裁は、この点で十分だったとはいえない。日銀生え抜きの総裁として中央銀行の独立性にこだわったのか、政治との距離の維持を図るあまり、政治の側に不信感を抱かせてしまった。
もともと市場には「日銀は緩和よりも引き締めを志向する」との先入観がある。政治が日銀不信を強める中では、日銀が「デフレ脱却最優先」をいくら繰り返しても、本気度は一向に伝わることはなかったともいえる。
結局、「白川日銀」は歴史的といわれた超円高の修正も、デフレ脱却も果たせなかった。結果責任は明白だ。「黒田日銀」はその轍(てつ)を踏んではならない。
政治と日銀の信頼醸成は、日銀の判断の自由度を増すことにもなる。結果的に独立性維持にもつながるだろう。
黒田日銀が政府との共同歩調をとることは間違いあるまい。しかし、その結果、脱デフレとその後の安定的な経済成長の実現が日銀頼みになってはならない。日銀の新体制が協調姿勢を示せば示すほど、政府の責任は重くなることを自覚すべきである。
成長戦略の策定はもちろん、平成25年度末で国と地方の長期債務残高が1千兆円に迫る財政赤字の削減も急務だ。金融政策、成長戦略、財政再建のどれが欠けても、日本経済は再生どころか、一気に危機的状況に陥りかねない。
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