ビラ配り有罪 合点いかぬ最高裁判決

朝日新聞 2009年12月01日

ビラ配り有罪 合点いかぬ最高裁判決

「チラシ・パンフレット等広告の投函(とうかん)は固く禁じます」。こんな張り紙のあるマンションの共用部分に入り、政治的なビラを配ることが、これほど罰せられなければならないのだろうか。

そうした行為が摘発され、起訴された裁判で、またも最高裁が有罪の結論を出した。

住居侵入罪で罰金5万円の刑が確定するのは、62歳の住職荒川庸生さんだ。5年前、東京都葛飾区のオートロックのないマンションに玄関から入り、各戸のドアポストに共産党の区議団だよりなどを入れて回った。住民に見とがめられ通報、逮捕された。

一審は「こうした行為が住居侵入罪になることは社会通念になっていない」と無罪を言い渡した。二審の東京高裁が逆転有罪としたため、荒川さんは「憲法が保障する表現の自由に反する」と上告した。

これに対し、最高裁は「表現の自由といえども、その手段が他人の権利を不当に害するものは許されない。管理組合の管理権だけでなく、私生活の平穏も侵害するのだから、罪に問われても違憲とはならない」と退けた。

宅配ピザなど、商用チラシの同じような配布は珍しくない。判決は政治ビラに的を絞った強引な摘発を追認したといわれても仕方がない。

表現の自由は政治的立場の違いを超えて、民主主義の根幹である。警察や検察の取り締まりは、極めて抑制的であるべきだ。

ところが、荒川さんは23日間も拘束された。自衛隊の官舎で「イラクへの自衛隊派遣反対」のビラを配って、昨年有罪が確定した人にいたっては、逮捕から2カ月余りも拘束された。

見知らぬ人が集合住宅の共用部分に勝手に出入りすることに抵抗感を覚える人は少なくない。犯罪の不安もある。だからといって、ビラを配っている人を逮捕して刑事罰を求めるというのは乱暴すぎる。たいていは住民と話し合えば解決する問題だろう。

罪が成立するかの判断にあたって最高裁は、(1)荒川さんがマンション管理組合の意思に反して入った(2)玄関ドアを開けて7階から3階までの廊下に立ち入った、という点を重視した。

ビラを配る側からすると、住民や管理人に承諾を得る機会がないとき、玄関の近くにある集合ポストにビラを入れることさえ、逮捕の対象になるのだろうか。こうした疑問への答えは判決からは見いだせない。

強引な捜査とあいまいな司法判断は、自由な政治活動が萎縮(いしゅく)する、息苦しい社会を招きかねない。

基本的人権にかかわる重要テーマについて最高裁は、小法廷でなく大法廷で、民主主義の大原則と社会環境の変化の双方に応える明確な憲法判断を示すべきだった。

毎日新聞 2009年12月03日

ビラ配布有罪 違和感が残る判決だ

集合マンション内に入り、外階段を使って各住宅のドアポストに共産党のビラを配る行為は刑事責任を問われるべきか。東京都葛飾区であった事件で、最高裁は住居侵入罪の成立を認め、被告の僧侶を有罪とした。憲法で保障された「表現の自由」と、居住者の「生活の平穏」がてんびんにかけられた裁判だった。

経緯はこうである。僧侶は5年前、ある7階建てマンションに入った。玄関ホールにチラシ投函(とうかん)を禁じる管理組合の張り紙があった。時間は午後2時すぎだ。7階から順に3階まで配ったが住民に見とがめられ、通報を受けた警察に逮捕された。起訴後も含め、拘置は23日間に及んだ。

最高裁は、僧侶の行為を「私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない」と評価した。違和感の残る判断ではないだろうか。

もちろん、見ず知らずの人が日常的に出入りする集合型の住宅で、住民が不審者の侵入に敏感になるのは当然だろう。また、最高裁の指摘するように「表現の自由」は絶対無制限に保障されるものではない。配布する側も可能な限り了解を取るなど一定の配慮はすべきである。

だが、人が集まればさまざまな権利の衝突があり、ある程度の不快さは受忍せざるを得ない場合もある。通常のビラ配布もその一つではないか。僧侶は非常識な時間帯に配ったわけではない。住民ともめたのは逮捕時が初めてだったという。長期間拘束したり起訴するほどの違法性があったのか。警察の対応を含め、疑問を持たざるを得ない。

最高裁は昨年4月、自衛隊イラク派遣反対のビラを配るため、東京都立川市の防衛庁(当時)官舎に立ち入り住居侵入罪に問われた市民団体のメンバー3人についても、ほぼ同様の理由で有罪とした。その流れに沿った判断だろう。

だが、この考え方に立てば、ビラ配りを禁じる集合住宅に立ち入るだけで犯罪とされ、いつでも摘発され得ることになる。配布を拒否する住民の意思表示はどこまで必要か。戸別配布でなく、集合ポストでも違法なのか。せめて、丁寧に基準なり判断を示すべきではなかったか。

商業ビラも日常的に配られる中、摘発されたのは政治ビラだ。政治活動の自由は、さまざまな権利の中で優先度が高いというのが憲法上の考え方だ。憲法の番人はその点についても判断を示さなかった。

商業用も含め、ビラの配布は、ごくありふれた表現行為である。形式的で堅苦しい対応で萎縮(いしゅく)するのは、社会全体にとってマイナスだ。当事者が穏便に解決していくのが望ましい姿ではなかろうか。

読売新聞 2009年12月04日

ビラ配り有罪 摘発はあくまでも限定的に

無断でマンション内に立ち入り、ビラを配った罪を見過ごすことはできない。最高裁がこう判断したのは、ビラ配布を禁じる住民の意思を重くみた結果である。

共産党関連のビラをマンションの各戸のドアポストに投函(とうかん)し、住居侵入罪に問われた僧侶の有罪が確定する。最高裁が罰金5万円を命じた高裁判決を支持し、被告の上告を棄却したためだ。

オートロック式ではないこのマンションの玄関ホールには、「チラシ・パンフレット等広告の投函は固く禁じます」などと書いた管理組合の張り紙があった。被告もそれを認識していた。

最高裁は、こうした事実を認定し、被告の行為について、「管理組合の管理権を侵害するだけでなく、住民の私生活の平穏を侵害するもの」と結論付けた。

被告が玄関ホールの集合ポストに投函せず、各階の廊下にまで立ち入ったことも重視した。

プライバシー保護や防犯意識の高まりから、見知らぬ人が集合住宅に出入りすることに不安を覚える住民は少なくない。最高裁の判断は、最近の社会状況や住民の意識を考慮したものだろう。

被告側は「配布行為を処罰するのは、表現の自由を保障した憲法に違反する」と主張した。これに対し、最高裁は「たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、他人の権利を不当に害することは許されない」とした。

過去の判例に沿った妥当な判断といえる。

ただ、「ビラ・チラシ禁止」などと表示した集合住宅での配布行為に、広く刑事罰を科すというのは、現実的ではない。

最高裁は昨年、自衛隊官舎にイラク派遣反対のビラを配った市民団体のメンバーにも有罪の判断を示した。このケースでは、官舎側は警察に被害届を出していた。

今回の事件では、マンション住民の一人がビラ配布中の被告に抗議し、110番通報した。

警察には、住民と軋轢(あつれき)が生じた場合に限り摘発するという慎重な姿勢が強く求められる。

今回の事件で、被告は23日間も身柄を拘束された。こんな行き過ぎた対応は、捜査当局への不信感を増幅させる。

マンションなどのポストに投げ込まれるビラやチラシには、食事の出前メニューなど、時として生活に役立つ情報もあるだろう。

配る側にも、住民に不安や不快感を与えないよう節度ある配布の仕方が求められる。

違法チラシ - 2011/03/02 08:35
判決は当然である。すんでいる住人のことを第一に考えた場合、表現の自由とかは問題ではない。誰を一番に考えなければならないか、
当然当事者である住人である。他人がとやかく言うことではない。防犯上も問題である。チラシを配っている人物が誰であるか
すんでいる住人は知るすべがない。モラル、当然のこととして配る人間の身分を明らかにした上で、なおかつ管理者の許可を受けるのが
当たり前であろう。集合住宅は個人の財産であり公共の場ではない。オートロックのマンションが増えてきたことを考えれば分かるはず。
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