学力テスト縮減 真の検証と向上の策に

朝日新聞 2009年11月30日

学力テスト 狙い定めて絞り込め

2007年に始まった全国学力・学習状況調査について、文部科学省は来年春は全員調査をやめ、40%の抽出調査にすることを検討している。都道府県別の成績を誤差なく出すためには、その程度の数は必要だという。

対象に選ばれなかった所も、希望すれば同じテストを利用できるようにする。その結果、多くの学校が参加することになりそうだ。これでは過去3回の調査と、あまり変わらない。

日本の子ども全体の学力水準や傾向、弱点をつかみ、教育条件の整備に反映させることは、政府の大事な仕事だ。学校現場でどうやったら児童・生徒の学力を向上させられるか、そのための素材提供も必要である。

だからといって、毎年、多額の予算や人手を投入し、子どもたちを一斉に試験用紙に向かわせるやり方に、どれほどの意味があるだろうか。抽出数をもっと絞り込んだ形でもよいはずだ。

行政刷新会議の事業仕分けでも「目的や効果が不明確」として、「予算の大幅縮減」の対象と判断された。

文科省が今後やるべきことは、狙いをはっきりさせた小規模なサンプル調査を、より多角的に組み立ててゆくことだ。

たとえば、従来小6と中3だけを見てきたが、他学年の傾向もつかむ▽国語・算数・数学以外の教科に対象を広げ、教科間の成績の連関を調べる▽教育格差拡大の中、家庭環境と学力の関係をもっと掘り下げる――などだ。問題を公表せず、同じ設問で繰り返しテストをして、年々の学力変化をみる方法もある。

文科省には、全員調査の形で続けてほしいという要望が、各地の教育委員会から来ているという。だが仮に地域ごとの成績を比べるとしても、数年おきの抽出調査で十分だろう。

全国の水準を参考にしながら、一人ひとりの力を把握し、きめ細かな指導をする。地域ごとに授業改善策を編み出し、結果につながったかどうかも検証する。そうした作業は、学校現場や教委が自律的に取り組むべきことだ。文科省は物差しや処方箋(せん)を押しつけず、支援に徹すればよい。

地域や現場の学校の権限を広げて、教える内容や結果にもきちんと責任を負ってもらうのが、鳩山政権がめざす「教育分権」の姿のはずだ。

これまでの全国学力調査に、意味がなかったわけではない。たとえば、知識・技能を生活の中で応用する力を問うた「活用」の設問は、これからどんな学力が求められるのかを示したものだった。「大きな刺激になった」という先生たちの声を聞いた。

3年間を検証し、文科省と教委、学校がそれぞれすべきことを考え直してほしい。そのうえで全国学力調査は思い切った方向転換をはかるべきだ。

毎日新聞 2009年11月30日

学力テスト縮減 真の検証と向上の策に

政府の行政刷新会議の事業仕分けで、全国学力テスト(36億円)はより絞った抽出によって規模と予算を大幅に縮減すべきだと判定された。

テストは経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)で成績が後退したり、ゆとり教育批判が起きたことなどを背景に、07年度に始まり、年1回、今春3回目が行われた。対象は小学校6年と中学3年全員で、国語と算数・数学の2教科について知識、応用の2種類の問題が出されている。

民主党はかねて全員参加方式の悉皆(しっかい)調査は不要という見解だ。新政権発足後、文部科学省は来年4月のテストについては抽出率40%、それ以外でも希望する学校は参加できる併用方式ですると表明していた。

事業仕分けでは、全体の学力傾向を把握するには数%程度の抽出調査で足り、しかも問題を非公開にして同一問題経年調査をすれば、日本の子供の学力変化や傾向が的確につかめると指摘された。

文科省側は、抽出率が低いと都道府県別の傾向がつかめないと説明、全体状況の中でそれぞれの「位置」を知ることは各都道府県も欲していると主張したが、仕分け人側は、そうしたことは5年に1回程度でよいと切り返し、例年は現行より大幅に縮減することを求めた。全員参加の学力テストについては、前政権の自民党内からも「無駄」の声が出ていた経緯がある。

仕分けで双方の論はなかなかかみ合わなかった。文科省側は都道府県別傾向にこだわり、テスト結果で学力実態にどう新たな発見をし改善していくのか、ビジョンを具体的に説得力を持って説明できなかった。

ビジョン不足や欠落は、政策転換を訴える民主党政権側にもいえる。

例えば、質向上をうたう教員養成6年制について毎日新聞が実施した都道府県・政令市計65教育委員会へのアンケートで、「反対」が5教委、「どちらかといえば反対」が24教委に上った。「賛成」はなく、「どちらかといえば賛成」が6教委。他は「具体的な制度設計が不明」などと賛否を控えた。現場には、教員志望者が減り、優秀な人材を確保できなくなるという懸念がある。アンケートにも戸惑いがはっきり出ており、施行前に詳細な現状把握と説明をし、理解をしっかり得る必要がある。

学力テストについても、縮減は学力軽視ではなく、効率的に実態を検証、改善するためだと納得させる説明責任を今度は新政権が担う番だ。抽出のメリットを積極的に生かし、経年調査とともに教科や出題内容の多様化も検討に値するだろう。新方式を子供たちの学力を増進させる大目的に直結するものとしたい。

読売新聞 2009年11月29日

全国学力テスト 適度な競争こそ刺激になる

本音は、競争を否定することにあるのではないか。そんな疑念すら生じさせる結論である。

文部科学省が小学6年生と中学3年生に3年間行ってきた全国学力テストについて、行政刷新会議は事業仕分けで大幅な縮小を求めた。

政権交代後、文科省は実質2日間のヒアリングで、これまでの全員参加方式を見直し、全学級の40%を抽出する調査に変更することを決めていた。今回は、それをさらに簡略化するものだ。

これでは、長期間の議論を経て43年ぶりに復活したテストの意義が、失われてしまう。何のために全員参加方式の学力テストを再開したのかという十分な議論もなかった。制度を設計した有識者らが批判したのは、当然だろう。

学力テストは、子供たちの学力を把握して国や教育委員会の教育施策を検証すると同時に、学校の授業改善に生かすのが目的だ。子供に結果を返却し、自ら課題をつかんで勉強の仕方を工夫してもらうためでもある。

全員参加によって学校や子供、保護者の学力向上への意識が高まり、教委も改善策を打ち出すようになった。また、都道府県別の結果公表が、下位の自治体を奮起させ、上位の自治体との教員交流など様々な対策を促してきた。

ところが、わずか1時間程度の事業仕分けで、「費用対効果」の点から、抽出率をもっと下げるよう求められた。

文科省の決めた抽出率40%ですら、市町村別の結果は無論、都道府県別の正確な比較ができなくなる。さらに下げれば、都道府県別の大ざっぱな比較も困難だ。

文科省は、学力テストへの全員参加を希望する市町村には、利用できるようにするとしている。ただ、費用は市町村が負担しなければならない。利用したくとも、二の足を踏むところも出よう。

1960年代の学力テストは、日本教職員組合が反対闘争を繰り広げた結果、抽出調査となり、結局、廃止に追い込まれた。

民主党の支持母体である日教組は今回も、「競争をあおる」などとして、学力テストの抜本的な見直しを求めてきた。

抽出率の低い学力調査なら、学習指導要領の定着状況を調べるため文科省がすでに実施している。目的が異なるとはいえ、それとの違いも不明確になろう。

抽出への移行は、廃止への一歩になりかねない。適度な競争すら否定するような教育施策は、考え直すべきだ。

産経新聞 2009年11月27日

義務教育費 日教組への甘い顔は困る

政府の行政刷新会議の事業仕分けで学校教育の重要施策をめぐる予算が審議対象となり、義務教育費国庫負担金は削減を伴わない見直しとされた。全国学力テストは大幅縮減に決まった。

いずれも日本教職員組合(日教組)の主張に沿ったものとなり、仕分け結果が公教育再生につながるか疑問である。

義務教育費国庫負担金は、公立小中学校の教職員給与の3分の1を国が負担する制度で、文部科学省は来年度予算で5500人の教員増員を要求している。

仕分け作業では財務省主計官から「児童生徒数が減る中で教員増員が必要か」「一般公務員より高い教員給与の優遇措置が現状で必要か」などと問題提起された。

ところが、とりまとめ役の枝野幸男・民主党元政調会長はマニフェスト(政権公約)に教員増員を掲げているなどとし、増員の是非には触れなかった。

学校教育は教師の質向上がカギを握る。安易に増員を許す政策は、来年の参院選を控え、支持団体の日教組へのリップサービスととられても仕方ない。

質を向上するためには教師を適切に評価し、指導力不足のダメ教師を教壇に立たせず、優秀な教師には給与面で報いるなどメリハリをつけた施策が欠かせないはずだ。仕分けの議論ではそうした視点が欠落している。

一方で義務教育費の国庫負担率見直しが俎上(そじょう)に上り、枝野氏は「(国庫負担率を)100%にしてはどうか」などと文科省に持ちかけるような発言もした。

国庫負担率は、自民党の小泉政権時代に地方分権を進める「三位一体改革」の議論の中で税源移譲と合わせ、国の負担率が引き下げられ、都道府県の負担率と裁量が増した経緯がある。

教育に関する国と地方の役割のあり方を問う制度論は、そもそも事業仕分けになじまない。

全国学力テストは、文科省要求の4割抽出調査からさらに縮減が求められた。「競争」を嫌う日教組に配慮した形といえる。

学力テストなどを活用し、自治体、学校の成績などを地域や保護者に公開し、連携する必要性が増している。縮減はその要請に逆行するものだ。

公教育にいま必要なことは、競争や評価を適切に行い、教育界のなれ合い体質に切り込むことではないか。

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