白川総裁辞任へ “重し”とともに失うもの

朝日新聞 2013年02月07日

日銀総裁 政府に物申せる人こそ

日本銀行の白川方明総裁が、副総裁の任期切れにあわせて3月19日に繰り上げ辞任することになった。後任人事をめぐる政府・与党と野党の駆け引きが本格化している。

安倍首相は「次元の違う金融政策」を求め、大胆な金融緩和策を断行できる人物を選ぶ構えだ。有力候補も、緩和策の強化を唱える学者や官僚OBが取りざたされている。

しかし、新総裁には今後5年の金融のかじ取りがゆだねられる。緩和一辺倒で済むほど、道は平坦(へいたん)ではないはずだ。特定の政策や経済理論を信奉するか否かではなく、「人選の原点」に立ち、能力や資質をよく見極めてほしい。

望まれる能力として、金融・財政、経済全般の高い見識を持つことはいうまでもない。市場や政治家との対話力、国際金融界で存在感を示せる説明能力も必要だ。

白川総裁は専門の知見や論理的な説明力で、国際金融の世界では高い評価を得ていた。それは日本人で戦後初めて国際決済銀行(BIS)の副議長に選ばれたことでも裏付けられる。

半面、市場との対話は欧米の総裁に比べて精彩を欠くとの批判がつきまとった。

日銀は国内総生産(GDP)比で欧米をしのぐ緩和をしている。だが、民間資金需要が乏しく、政府の借金も膨大な日本の特殊事情の中で、緩和策の限界や制約に目配りすることが「受け身」の姿勢と見なされた。

次期総裁には、緩和策が市場から適切に評価されるためのアピール力が求められる。

むろん、政府の放漫財政や改革の停滞を正当化する「代弁」と見られてはいけない。緩和マネーを民間の資金需要の増加と「良いインフレ」につなげる構造改革を政府に迫ることこそ必要だ。政治との対話力が大事なゆえんである。

海外当局と渡り合う力も一段と重要になる。緩和策の強化は円安要因となる。「日本は為替操作をしている」という海外の疑念を膨らませないためには、中央銀行の独立性を基盤に信頼関係を築かなければならない。

何より大切なのは、財政規律について政府にきちんとモノが言える人物であることだ。金融政策が財政赤字の尻ぬぐいをしているという見方が強まれば、金利の急騰から複合的な危機を招く恐れがある。

首相への忠言を恐れない人物をこそ選ぶ。アベノミクスの信用を維持するには、それが最大の支えになる。首相は、そうした認識に立ってみては。

毎日新聞 2013年02月07日

白川総裁辞任へ “重し”とともに失うもの

何とも皮肉な現象である。日銀の白川方明(まさあき)総裁が任期満了より約3週間早く辞任する意向を表明したところ、一段と円安が進み、日経平均株価が400円以上値上がりした。

すべてが総裁辞任のお陰ではないにせよ、白川氏の“重し”が早めに外れることで、安倍政権が推進する大胆な金融緩和が一気に勢いを増すとの予測が強まったようである。金融緩和でさらに円安となれば輸出企業の利益が膨らむ。それを期待して株価が値上がりすること自体を否定するつもりはない。だが、政治による金融政策の支配が強まり、通貨が一方的に売られて価値を下げていくことを、果たして喜んでよいものなのかと問いたい。一時的な熱狂の陰で大事なものを失おうとしていないか、冷静に見つめる必要がある。

ねじれ国会の下で同意人事が難航し、混乱の末に就任して以来、白川総裁は政治の風圧にさらされ続けた。だがそんな中でも、デフレの複合的な要因やバブルと金融政策の関係などについて、わかりやすいことばで国内外に発信を続けた。

長期的な人口減少の影響や財政再建が遅れる危険性、構造改革の必要性など、中央銀行の専任領域を超えて、問題提起や時に警告も行った。これ以上金融緩和に頼っても、本当の問題が解決しないばかりか、必要な改革を遅らせたりバブルを生んだりと弊害を招く−−。訴えたかったのはそういうことだったのだろう。

リーマン・ショック後の経済の混乱と国内政治の混乱の中で、正論を唱える中央銀行総裁に恵まれたことはある意味で幸運だった。だが、強まる一方の政治の圧力に押され、譲歩する形で結果的に主張と反する追加緩和を重ねざるを得なかった。

白川総裁からすれば、緩和努力を見せることで、政治の介入に歯止めをかける狙いがあったかもしれない。だが、譲歩を続けた結末が、「物価上昇目標2%」の導入だと言われても仕方ないだろう。さらに「政治圧力がかかれば最後は折れる日銀」といった印象を国内外に与え、将来、もっと介入を招く土台を築いてしまった。単独で抗しきれる流れではなかったかもしれないが、自己の信念に正直で頑固な、もっと重たい重し役を果たしてもらいたかった。

白川氏の辞任表明を受け、副総裁候補と合わせた後任人事が加速しよう。だが、これで金融政策を思うように動かせると考えてもらっては困る。安倍政権が日銀に緩和圧力をかけていることには、すでに海外からも懸念の声が上がっている。「政府の言うことをよくきく」と受け取られる人物を選ぶことが、果たして日本の国益にかなうだろうか。安倍政権は静かに考えてみるべきだ。

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