安倍晋三首相が行った所信表明演説の最大の特徴は、「日本の未来を脅かしている数々の危機」を突破するために、世界一を目指して「国民とともに邁進(まいしん)する」と、強い決意を表明したことだ。
与野党の英知を結集させ、「強い日本を創る」とも語っている。国の総力を挙げて打開しようという姿勢こそが今、求められているものだ。
問題は、そうした決意を具体的成果に結びつける処方箋であり、それを実行する指導力である。そこが踏み込み不足であることは否めず、大きな課題といえる。
≪「世界一目指す」を歓迎≫
国民の関心が高い経済再生については、首相自身「最大かつ喫緊の課題」と位置づけ、演説でも最大の分量を割いた。
大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「3本の矢」でデフレ脱却に取り組むとの持論を展開し、「必ずや『強い経済』を取り戻す」と強調した。その決意と意気込みは十分に伝わってくる。
さらに首相は、経済の司令塔として日本経済再生本部を設けるなど、日銀との間で物価安定目標2%を「できるだけ早期」に達成するよう迫る共同声明を取り交わしたことを実績として訴えた。
確かに、政権を担って約1カ月でこうした枠組みを作り上げたのは評価できる。これらは「アベノミクス」と称され、市場も歓迎の方向だ。円高の修正が進み、株価は反騰している。
産経新聞社とFNNの合同世論調査によると内閣支持率は64・5%で、発足1カ月で9・5ポイント上昇した。日銀との共同声明を評価する回答は6割を占め、首相の明確な経済重視路線は内閣への支持率を押し上げている。
外交・安全保障では、尖閣諸島問題などを念頭に「国民の生命・財産と領土・領海・領空は、断固として守り抜いていく」と宣言した意義は大きい。中国が奪取の動きを強める尖閣諸島を日本が守り抜くために、必要なあらゆる措置を講じてもらいたい。
拉致問題について、首相が全ての拉致被害者の家族が自分の手で肉親を抱きしめるまで「私の使命は終わらない」との見解を表明したのも、良かった。
もちろん、首相が今後問われるのは「結果」であり、「その先」である。その意味で、経済成長のカギといえる環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉や、原発・エネルギー政策などに言及しなかったことには不満が残る。
自民党内で大きく賛否が割れるテーマには極力触れたくないということだろう。だが、日本のTPP参加は日米両国にとっても、対中国戦略の重要な柱であることを忘れてはなるまい。
安定した電力供給も経済再生に欠かせない。安全性を確保した上で必要な原発再稼働を進める現実的な姿勢が不可欠であることを、今後の国会論戦を通じて明確に語ってほしい。
≪憲法改正への道筋示せ≫
一方、演説全体として保守らしさを示す「安倍カラー」が抑制された印象は否めない。その主な原因は、首相が最重要課題の一つに掲げてきた憲法改正に全く言及しなかったことだ。
連立を組む公明党が、現段階での改正論議に慎重なことが大きな理由だろう。だが、首相は憲法96条が定める「衆参両院で総議員の3分の2以上の賛成」という改正要件の緩和を先行させる方針も示していたはずだ。2月にも改めて行う施政方針演説では、憲法改正をどのように政治日程に乗せていくかを語ってもらいたい。
集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈変更について触れなかったのも物足りない。首相がかつて設けた有識者懇談会では、公海上で攻撃された米軍艦船の防護など行使を容認する「4類型」が示され、首相は行使容認の対象の拡大など「再検討が必要」と、近く議論を再開するとしている。2月のオバマ米大統領との首脳会談で取り上げるなら直近の課題だ。
首相は参院選で自公で過半数を獲得し、政権を安定させる使命を担っている。経済再生で成果を急ぐ一方、自民党内や与党間で意見対立が残る政策の調整が難しい事情はある。
だが、課題を先送りしたままでは日本の立て直しは困難だ。国民は失望し、危機の克服もできないことを認識すべきである。
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