アスベスト判決 広い救済に政治は動け

朝日新聞 2012年12月07日

アスベスト判決 広い救済に政治は動け

救いの手を差しのべたいという裁判所の思いと、容易に乗りこえられない法の壁と――。その両方を痛感する。

建設現場で建材に含まれるアスベスト(石綿)を吸って肺がんなどになった労働者が、国とメーカー42社を訴えた裁判で、東京地裁は国の責任を一部認める判決を言いわたした。

国は、石綿吹きつけ工事の危険性を1974年から、切断などの作業についても81年から知っていた。それなのに防じんマスクを着用させるよう徹底した措置をとらなかったのは、「著しく不合理」と判断した。

事業者にマスクを備えつける義務は課されていた。だが実際に使われなければ意味がない。下請け・孫請け構造のもと、情報は伝わらず、しわ寄せは働く者一人ひとりが引きうける。

判決は、いまに通じる労働現場の矛盾に言及し、「だからこそ国がしっかり規制する必要があった」と踏みこんだ。

多くの人の正義感にかなう判断といえよう。国民の健康・安全にかかわる行政が、つねに心にとめるべき指摘である。

一方で、法的には個人事業主として扱われる「一人親方」などは、労働法令の保護が及ばないとされ、賠償対象にならなかった。建材メーカーに対する請求も、それぞれの製品と被害との結びつきがはっきりしないなどの理由で退けられた。

裁判という厳格な手続きがもつ限界と言わざるをえない。

地裁ももどかしさを感じたのだろう。「メーカーやゼネコンが一定の責任を負うべきではないか、というのは立法政策の問題だ」と述べ、国会での「真剣な検討」を望んでいる。

患者らは、石綿によって利益をあげた業者と国による補償基金の創設をとなえており、それと重なる見解と読める。政治がこの課題にどう応えていくか。取り組みを注視したい。

石綿は多くの建材や断熱材、摩擦材に使われ、わが国に繁栄をもたらした。その影に、健康を奪われた労働者と家族、工場の周辺住民らがいる。いま苦しんでいる人だけではない。発症までの期間が長く、被害はさらに増えると予想される。

6年前に救済制度は設けられたものの、金額・範囲とも十分とはいえないのが現実だ。

この問題にとどまらず、高度成長期の負の遺産が、いろいろなところで噴き出している。

逃げるわけにはいかない。

正面から向きあい、苦しむ人と連帯し、社会としてのまとまりを維持する。それが、果実を享受してきた者の務めである。

毎日新聞 2012年12月09日

建設石綿被害 今こそ政治が救う時だ

建設現場での国のアスベスト(石綿)規制の遅れや不十分さが元建設作業員らの健康被害を生んだ−−。東京地裁がそう指摘し、国に10億円を超える賠償を命じた。

建設石綿訴訟は、国と建材メーカーを相手取り全国6地裁で起こされている。横浜地裁は今年5月、請求を全面的に退けており、国の責任が今回初めて認められた。

耐火性に優れた石綿は建材に広く使われ、1960年代以降の高度経済成長期に大量輸入された。原告はそうした作業現場で働き、粉じんを浴びて肺がんや中皮腫などの疾患にかかった労働者や遺族だ。

工場労働者と異なり、建設作業員は現場を渡り歩くため特定の雇用主の責任は問いにくい。発症までの潜伏期間が数十年と長いことも訴訟までの道のりを困難にした。

国は当時、建設事業者に防じんマスクの備え付けを義務づけていた。しかし、現場では使用が広まっておらず、判決は「(建材切断作業などでは)81年時点で防じんマスク着用を罰則付きで義務化すべきだった」と国の不作為を認定した。

形ばかりの対策ではなく、国民の健康を守るべき国は現場の実態に即した実効性ある対応をすべきだとの判断は明快で納得のいくものだ。

さらに注目されるのは、判決が救済立法の必要性を説いたことだ。被告の建材メーカーだけでなく、訴訟で被告になっていないゼネコンなど建設事業者も連帯して国とともに賠償責任を負う形も具体的に示した。

原告の請求自体は退けた横浜地裁判決も「石綿建材による恩恵を受けた国民全体が被害を補償すべきものとも考えられる」として、立法措置を含めた補償の検討を促した。

地裁レベルとはいえこうした司法の指摘が相次いだ意味を政治は重く受け止めるべきだ。日本の経済成長を支えた原告らが、その陰の部分を背負っている現実から目をそらすべきではない。

東京訴訟では300人以上の元作業員の既に6割以上が亡くなった。発症後は厳しい闘病生活を余儀なくされる原告たちの「命あるうちの解決を」の思いは切実だ。

高裁や最高裁の判断を待っていては遅い。06年に施行された「石綿健康被害救済法」は、補償額が公害被害などと比べて不十分だ。国や企業などによる基金創設も含めた新たな補償の枠組みがやはり必要だ。

東京地裁判決では、個人事業者や屋外作業従事者らは線引きされ、賠償対象から外れた。こうした司法の救済対象にならない人たちも、枠組みに入れるべきだ。衆院選後の新政権は、重要課題の一つと位置づけ取り組んでもらいたい。

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