金融緩和 安倍発言の危うさ

朝日新聞 2012年11月20日

金融緩和 安倍発言の危うさ

総選挙に向け、自民党の安倍総裁が「大胆な金融緩和」発言をエスカレートさせている。先週末には「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう」と踏み込んだ。

財政の健全性を守るという基本原則への配慮が希薄で、強い不安を抱く。

安倍氏の主張は、日銀が国債などの金融商品を無制限に買って、本気でインフレを目指していると市場が受けとめれば、「今のうちにモノを買ったり、つくったりしたほうが得だ」という心理が広がり、経済が活性化するというものだ。

インフレ期待が高まれば、為替も円安に動き、輸出企業の業績が回復して株価が上がり、景気が良くなるという。

さらに、政策が軌道に乗るまでは、建設国債を日銀に買わせて公共事業を拡大し、「国土を強靱(きょうじん)化する」と訴える。

しかし、いいことずくめの話には必ずリスクがある。

インフレへの予想が本当に強まれば、今の超低金利の国債は価値が下がる。そこで、国債を大量に保有する銀行が一斉に売り抜けようとすると、金利が急騰する。国債発行による政府の資金調達に支障が出る。

国内のすべての債券の金利が2%上がれば、銀行全体で12.8兆円の損失が出ると推計されており、欧州のような財政と金融が絡み合った複合的な危機になる恐れがある。銀行の貸出金利も上がる。

こうした危うさのなかで、さらに公共投資で財政を拡大し、その財源となる国債を日銀に引き受けさせていこうという感覚は、理解できない。

公共事業もある程度は必要だが、財政の持続性や費用対効果を精査すれば、どれだけのものが正当化されるだろうか。資金調達で最初から日銀を当てにしているのなら、なおさら疑ってかかられよう。

私たちは社説で、金融緩和が国の財政の尻ぬぐいと見なされないよう求めてきた。

中央銀行の信用を傷つけることでもたらすインフレは、健全とはいえない。不況のままインフレだけが進むスタグフレーションという現象もある。

消費や投資の拡大に伴って物価が上がることが本来の姿だ。それには新産業の育成などを通じて、雇用が増え、賃金が上がるという期待を国民が持てるようにする必要がある。

日銀への要求の前に、「賃金デフレ」を強いる企業の行動に変化をもたらす環境をどう整えるのか。その道筋を示していくことが政治のつとめだろう。

読売新聞 2012年11月22日

金融政策 デフレ脱却の具体策で競え

衆院選では、各党のデフレ克服策が重要な争点となる。本格的な論戦の前に、自民党の安倍総裁が投じた“一石”が波紋を広げている。

安倍氏は、17日の熊本市内での講演で、無制限の金融緩和を日銀に求めるとともに、公共事業のために発行する建設国債については「いずれは日銀に全部買ってもらう」などと述べた。

これには野田首相が「日銀に国債を直接引き受けさせるやり方は禁じ手だ」と指摘するなど、政府などから批判が相次いだ。

確かに、いくらでも紙幣を発行できる日銀に、国債の直接買い取りを求めたのなら問題だ。戦時中のように国債増発に歯止めがかからなくなり、財政規律が崩壊して超インフレが起きる恐れが強い。

だが、安倍氏は同時に、通常の金融調節手法である「買いオペ」で購入するとも述べていた。21日の記者会見では「直接買い取りとは言っていない」と否定した。

それでも、自民党が政権に復帰したら日銀に財政赤字の穴埋めを求めようとするのではないか、との疑念は拭いきれない。安倍氏はさらに丁寧に説明してほしい。

問題は、デフレ退治も超円高の是正も進んでいないことだ。従来の金融・財政政策の発想を超える思い切った政策が求められる。

物価上昇率はほぼゼロで、名目国内総生産(GDP)は5年前より30兆円以上も減った。日銀は1%の物価上昇を目指し金融緩和を続けているが、効果は乏しい。

安倍氏の提唱に好感し、株高・円安が進んだことは、金融政策に対する市場の期待が大きいことを示している。

各党もデフレ脱却への具体的な処方箋を示し、衆院選で論議を活発化させる必要がある。

自民党は21日に発表した政権公約に、2%の「インフレ目標」設定など、現在より踏み込んだ政策を盛り込んだ。政府・日銀がインフレ目標を掲げ、達成に責任を共有する狙いは理解できる。

政府・日銀が連携を強化する仕組みを作り、大胆な金融緩和を行うとしたのも妥当である。

ただ、「日銀法の改正」に触れた点は懸念される。自民党の一部には、政府に日銀総裁の解任権を持たせる構想もある。

解任権を振りかざして、政府が日銀に政策を無理強いすれば、中央銀行の独立性が損なわれる。政治の過剰介入で、経済と市場を混乱させる愚は避けるべきだ。

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