イエメンで拉致されていた日本人技師の真下武男さんが、8日ぶりに無事解放された。
犯行グループが属する地元の部族に対する説得が、功を奏したようだ。ねばり強い交渉が良い結果につながったことを、何より喜びたい。
真下さんは日本の建築設計事務所からの派遣で、国際協力機構(JICA)が携わる現地の学校建設プロジェクトを監督していた。
犯人側は、外国人の人質を取って、イエメン政府に収監されている仲間の釈放を迫るつもりだったらしい。グループが属する部族長は「日本人だとは知らなかったが、外国人の人質なら交渉に使えると思った」と話している。
アラビア半島の南端にあるイエメンは、アラブの最貧国と呼ばれる。国民の半数近くが貧困層で、各地で反政府活動が起きている。
北部ではシーア派民兵との衝突で、17万人の避難民がキャンプ生活を送っている。南のアデン湾の沿岸には、対岸のソマリアから難民が押し寄せてくる。内憂外患の現状だ。
同国にはJICAの邦人スタッフだけで24人が常駐している。今回は日本人が標的にされたわけではないし、犯人にも人質に危害を加える意図はなかったようだ。
だが、安心することはできない。6月には誘拐されたドイツの医療関係者らが殺害された例がある。日本人の援助関係者だからといって、次も「善意」が働くかどうかはわからない。
不吉なことに「アラビア半島のアルカイダ」を名乗るグループが結成されている。昨年9月には米国大使館が攻撃されて、16人が死亡した。今年3月にも韓国人の観光客ら5人が自爆テロの犠牲になった。
イエメンは、各国の商船を悩ますソマリア海賊への対処の拠点でもある。アラビア半島のこの一角を、テロリストの安息の地にするわけにはいかない。国際社会の一員として日本が民生支援することが重要だ。
危険な地域で援助を続けるには「常に自分の行動ルートを変える」など、安全確保の基本を確認する必要がある。日本政府も、危険情報をNGOを含めてきめ細かく共有する態勢を各地で作らなければならない。
それでも、同様の事件は起こりうる。援助の最前線に立つ人々の安全確保は、アフガニスタン支援にも共通する難題だ。10月にカブールの宿舎が襲撃された国連でも議論が続いている。
真下さんの解放に尽力した地元知事は記者会見で「彼は学校を建てた。子供たちは忘れない」と語った。日本の民生支援の実績が、現地の人の心を動かしたことには力づけられる。
地元の人びとの共感と協力が、安全確保の出発点なのだ。
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