秘中の秘だった特殊な鋼板の製造技術を盗んだとして、新日鉄住金が韓国の鉄鋼大手、ポスコを相手に損害賠償を求めた裁判が東京地裁で始まった。
日本企業が海外への技術流出をめぐって、真っ向から訴訟に踏み切るのは珍しい。不正の立証が難しく、費用や手間を考えると割に合わないと考えられてきたからだ。
今回は、ポスコ社員が問題の技術を中国の鉄鋼大手に売り渡したとして韓国の裁判で有罪となり、新日鉄からの流出だったことが表面化した。
新日鉄側が調査を重ね、4人の社員OB経由で漏れた経緯を突き止めた。
たとえ訴訟に勝っても、いったん流出した技術を再び秘密にすることはできない。
ただ、法廷で不正の実態がつまびらかになれば、今後、同じような行為を取らせないよう強く牽制(けんせい)する効果を生む。
秘密を守る緊張感に乏しいともいわれる日本企業の管理態勢を改める契機にもしたい。
経済産業省の最近の調査で、回答した2900社のうち7%が「明らかに漏洩(ろうえい)と思われる出来事があった」としている。定年や中途で退職した技術者を通じて漏れるケースが多い。
技術流出を警戒する企業はふつう、退職後も秘密を守るように社員と契約を結ぶが、破っても違反の事実を特定するのが難しい。
さらに、会社の中で何が本当に守るべき秘密なのかあいまいだったため、訴訟を起こしても被害を立証できない例もある。
韓国企業などは日本企業が不況でリストラした人材の再雇用に力を注いできた。高額報酬で誘うのも事実だが、誘われる方には不本意な形で退職し、新天地で古巣を見返したいと思う人も少なくないという。
業界横並びでさまざまな技術を開発しながら、それを十分に製品化・事業化できず、技術者ともども抱えきれなくなるとリストラで切り捨てる――。そんな経営にも、流出を生む責任の一端があるのではないか。
今や韓国企業の方が優れている技術も増えている。旧来のタコツボ的な開発と技術の囲い込みを卒業し、グローバルに流動化する人材を上手に活用しながら、大切な技術を守る態勢を築くべき時に来ている。
核心的な技術は断固として守る。一方、自力で生かせない技術は、開発者の独立起業を支援するなど人材を処遇して、世の中に生かす。
こうしたメリハリこそ企業を立て直す一歩になるはずだ。
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