ノーベル平和賞 不戦誓った欧州の60年

朝日新聞 2012年10月13日

ノーベル平和賞 不戦誓った欧州の60年

国家の壁を越えた共同体をつくろうという壮大な実験は、近代社会が自らを乗り越えようという取り組みでもある。

地域統合に取り組んで約60年になる欧州連合(EU)が、ノーベル平和賞を受賞することになった。その歴史的意義が評価されたといえよう。

ベルギーのブリュッセルに拠点を置くEUの加盟国は27カ国、総人口は5億人。その経済力と結束とによって国際社会で大きな存在感を示してきた。

そのEUがいま、深刻な経済危機にあえいでいる。17カ国でつくるユーロ圏からのギリシャの脱退論がくすぶり、財政緊縮への不満が南欧諸国から噴出している。

欧州統合の歩みをここで挫折させてはならない。

苦悩の中にあるEUへのノーベル平和賞決定からも、同じ思いがくみ取れる。

国家と民主主義。欧州は、近代社会を支える二つの理念を育んできた。同時に、古来、悲惨な戦争を繰り返してきた地でもある。

第2次大戦後、不戦を誓った欧州は共同体づくりに乗り出す。1952年、フランスやドイツなど6カ国による欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設にこぎつけ、紛争の種だった仏独の和解を推し進めた。

市場統合を先導役にしながら、共通政策の範囲を通商から農業、通貨、環境、外交防衛などへと広げていった。

いまやEUは、憲法に似た基本条約を共有するまでに育った。冷戦時代に敵対した東欧諸国に次いで、旧ユーゴ諸国も仲間に加えつつある。域外国の紛争解決にも取り組んでいる。

見落としてならないのは、統合を通じてEUが、国家と民主主義の限界とあるべき姿を深く問いかけていることである。

政策執行機関である欧州委員会には大勢の官僚が働き、草の根の人々には、巨大な官僚機構に物事を決められているとの不満がある。その溝を埋めるため、直接投票で選ばれた欧州議会が市民の声を吸い上げようとしている。

経済のグローバル化が進む時代に一国だけでは問題は解決できない。国境を越えた統治の仕組みをどう整え、民主主義の質をどう向上させるのか。

EUという未完のプロジェクトに世界が注目するのは、そこに人類が直面する共通の課題を見るからだろう。

EUはこれまで何度も危機を克服し、そのたびに統合を深化させてきた。その知恵と力をいまこそ見せてほしい。

毎日新聞 2012年10月17日

欧州危機と平和賞 統合の歩み無にするな

よりによってなぜ欧州連合(EU)か? しかもこの時期に−−。首をかしげた人もいたに違いないEUへのノーベル平和賞授賞だ。第二次世界大戦後、恒久的な平和、安定、共栄を目指してきた欧州は今、分断、混乱、困窮の危機に直面している。60年以上かけて築きあげた共同体が、崩壊しかねない岐路にさしかかっているのである。

メルケル独首相による先週のギリシャ訪問は象徴的だった。首都アテネでは、緊縮財政など厳しい要求を続ける独政府への抗議デモが行われた。一部が過激化し機動隊が催涙ガスなどで応じる、平和とはかけ離れた映像が世界に発信された。

債務危機と緊縮財政の長期化で欧州経済は疲弊し、ギリシャやスペインでは若者の失業率が5割を超えた状態だ。従来より充実した危機国支援体制(欧州安定メカニズム)が発足するなど前進もあるが、一方で、ギリシャのユーロ離脱を公言するEU加盟国閣僚もいるなど、対立や緊張が深刻化する兆しがある。

そのような状況下でなぜノーベル平和賞なのか。

実はそれを考えることこそ最大の意義かもしれない。再び分断の危機にある今だから、この60年余の歩みとそこに至るまでの対立や戦争の歴史を振り返るべきなのである。

尖閣諸島や竹島を巡る問題を思い起こすまでもなく、アジアの現状を重ねてみれば、欧州が成し遂げたものの大きさを改めて思い知らされる。それは世界の安定や繁栄、紛争解決や民主化の広がりにも大いに貢献してきた。だからこそ、歯車を逆回転させてはならない。

単一通貨ユーロは加盟国が金融政策という国家主権の重要部分を「超国家」の「欧州」に委譲した画期的実験だ。1952年発足の欧州石炭鉄鋼共同体で具体的に始まった欧州統合の総仕上げの一章である。それはドイツを、再び拡張主義に走らないよう欧州という大きな傘の下にとどめ置く壮大な企画とも言える。

そのドイツが追加的責任をどこまで担えるかが最大の焦点だ。銀行同盟にしても、南欧諸国の債務の安定化にしても、ドイツを筆頭とする中核国が「最後の砦(とりで)」となる覚悟を明確に示さない限り解決しない。同じ国の中のことのように、他国の不足分を最終的に税金で穴埋めする用意があるか否かだ。

政治的に極めて困難な問題である。だが、避け続けては市場からの圧力を受けEUの亀裂は広がるばかりだろう。18、19日とEU首脳会議が開かれる。過去のおびただしい犠牲と先人たちの努力を無駄にしてよいのか。平和賞が今の欧州の指導者らに突きつけた重い問いだ。

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