iPS細胞 医療応用へ支援体制を整えよ

毎日新聞 2012年10月16日

iPS臨床騒動 虚偽報告の重い教訓

さまざまな教訓を含む科学研究の虚偽報告と誤報である。

人工多能性幹細胞(iPS細胞)から心筋細胞を作り、米ハーバード大の暫定承認を受けて重症の心臓病患者に移植したと日本人研究者の森口尚史氏が主張し、米国の学会でポスター展示した。iPS細胞の生みの親である山中伸弥・京都大教授のノーベル医学生理学賞受賞が決まった直後で、一部メディアが報告内容を大きく報道した。

事実であれば世界初の臨床応用だが、ハーバード大や手術の実施場所とされた同大系列のマサチューセッツ総合病院は関与を否定し、森口氏の説明も二転三転した。虚偽報告だったと判断せざるを得ない。

誤報の理由は、きちんと裏付け取材をしていなかったことに尽きる。

ヒトへの臨床応用は慎重に進めなければならず、安全性や倫理的な問題の解決が不可欠だ。米国内の規制もあり、大学が暫定承認するとは考えにくい。ハーバード大に確認するだけでもウソを見抜けたはずだ。毎日新聞も森口氏の取材依頼を受けたが、承認手続きの説明などに不審な点があったため、記事化を見送った。iPS細胞のようにホットな研究トピックで報道を急ぐあまり、裏付け取材がおろそかになってはいないか。私たちも自戒したい。

今回の報告に名を連ねた、森口氏の大学院時代の指導教官の対応にも首をひねった。研究内容の整合性をチェックしただけで了承していたというからだ。論文数を研究業績の物差しとすることが背景にあるとみられるが、数と質は違う。

捏造(ねつぞう)を見抜くことが難しいケースもある。科学誌への掲載は判断材料の一つだが、「論文自体に論理性があれば、実験や肩書のウソがまかり通ってしまう」(英科学誌ネイチャー日本法人の担当者)。科学誌の中にも、専門家のチェックが緩かったり、チェックが不要だったりする掲示板コーナーもある。研究界の競争は激しいが、倫理教育や研究チーム内の相互チェックなど、科学者自身の取り組みも不正防止に重要だ。

毎日新聞も科学誌への掲載などを理由に森口氏の研究に関する記事を過去に5本掲載した。内容の真偽は別にしても、森口氏の申告に従い、いずれも誤った肩書を紹介していた。今後とも検証が必要だ。

さまざまな細胞や組織に成長するiPS細胞は、難病治療や新薬開発の切り札になると期待される。今回の騒動は残念だが、理化学研究所が失明につながる難病の「加齢黄斑変性」を治療する臨床研究を来年度にも始める計画で、臨床応用への道は近づいている。日本発の研究成果を大事に育てていきたい。

読売新聞 2012年10月12日

iPS細胞 医療応用へ支援体制を整えよ

再生医療の切り札として、様々な種類の細胞に変化が可能なiPS細胞(新型万能細胞)の実用化に向けた競争がこれから本格化しそうだ。

iPS細胞は、再生医療を始め多様な用途への利用が期待できるだけに、各国が研究開発にしのぎを削っている。

日本としても、政府が主導し、臨床応用への支援体制を早急に充実させる必要がある。

再生医療は、病気や事故で傷ついた臓器や組織を、新しい細胞で作り直す治療だ。

iPS細胞の作製に成功した山中伸弥・京都大教授のノーベル生理学・医学賞受賞が示すように、日本は再生医療の基礎研究では世界のトップレベルにある。

文部科学省は、山中教授のiPS細胞研究の支援に、10年程度で総額200億~300億円の助成を行うことを決めた。長期的な助成によって安定した研究環境を整えるのが目的だ。

こうした戦略的な政策を継続していくことが必要である。

問題なのは、iPS細胞に限らず、基礎では優れている日本の再生医療が、治療への応用で後れをとっていることだ。

既に皮膚の細胞を培養して作った皮膚シートが、やけど治療に使われている。日本ではこのほか、軟骨組織1件が承認されているだけだが、海外では、約50件もの製品が承認されている。

治療への応用が進まない背景には、臨床試験を巡る問題がある。実際に患者に使って有効性や安全性を確かめる試験だが、国内には小規模な病院が多く、参加する患者を集めにくい。

臨床試験の中核となる病院を整備し、医療機関が協力して試験を進める体制が求められる。

医師が行う臨床研究のレベルアップも必要である。

例えば、欧米の一流医学誌に掲載される論文数を比較すると、日本の国別順位は、基礎研究で上位を占めている反面、臨床研究では25位に甘んじている。臨床研究の論文数は、首位の米国の40分の1程度しかない。

研究体制が手薄で、成果も上がっていない現状を反映していると言えよう。

再生医療に関する政府の承認審査をスピードアップさせることも欠かせないだろう。

民主、自民、公明3党は今月、再生医療の臨床応用に向けた基本法を制定することで合意した。早期に成立させ、実用化を推進する指針作りを急ぐべきだ。

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