山中伸弥・京都大教授に、今年のノーベル生理学・医学賞が贈られることになった。
その栄誉を称え、心から喜びたい。
日本人が生理学・医学賞を受賞するのは、1987年の利根川進博士以来、25年ぶりである。
山中教授の授賞理由は、皮膚などの体細胞を、生命の始まりである受精直後の真っさらな状態に戻す「体細胞初期化」技術を開発したことだ。同じ分野の先達である英国のジョン・ガードン博士との共同受賞となる。
受精した細胞は、成長するにつれ、様々な組織や臓器の細胞に分化し、次第に老いてゆく。一方向にしか進まないこの過程を逆戻りさせたのが山中教授の研究だ。
画期的な業績である。山中教授は、2006年に成果を発表した後、毎年、ノーベル賞受賞者予想で筆頭に挙げられてきた。
6年でのスピード受賞となったのは、医療への応用に高い期待があるからだろう。
山中教授の技術で初期化された細胞は「iPS細胞(新型万能細胞)」と呼ばれる。病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える「再生医療」も、もはや夢ではない。
例えば、脊髄が損傷し下半身マヒとなった患者の治療だ。本人の皮膚細胞から作製したiPS細胞由来の神経細胞を注入すれば、拒絶反応なしに神経を再生でき、歩行が可能になるかもしれない。
まだ基礎研究ながら、将来的には医療を一新する可能性を秘めていると言えよう。
山中教授の所属する京大は、iPS細胞の作製法で国際特許も取得し、研究開発でトップを維持しようと努めている。
しかし、実用化を目指す研究は欧米の方が先行している。山中教授は、「欧米は研究資金も人材もはるかに潤沢」と、繰り返し警鐘を鳴らしている。
欧米では、大手製薬企業が巨費を投じて研究を進めている。研究者の層も厚い。
これに対し日本では、iPS細胞に限らず、新薬、新治療法の研究体制で後れを取っている。
今回の受賞決定を契機に、国を挙げて、研究現場を活性化する取り組みを強化せねばならない。
山中教授の技術は、新たな問題も生んでいる。精子や卵子を作って受精させる研究では、通常の生殖を経ない生命誕生になる、との懸念が指摘されている。
生命倫理面での検討も、なおざりにはできない問題である。
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