山中氏ノーベル賞 日本の宝物を磨こう

朝日新聞 2012年10月09日

山中さん受賞 若い力の挑戦が実った

世界に先駆けてiPS細胞を開発した山中伸弥・京都大教授に、ノーベル医学生理学賞が贈られることになった。

山中さんが最初に発表したのは06年、それからわずか6年だが、業績の大きさから、受賞は時間の問題とされてきた。世界の人たちに貢献できる研究が評価されたことを喜びたい。

ノーベル賞は何十年も前の発見に贈られることが多い。今回は今も続く最先端研究への授賞だ。同世代の研究者や後に続く人にも、大きな励みになる。

山中さんの成果は、皮膚など普通の細胞に四つの遺伝子を入れるだけで、心臓でも筋肉でもどんな細胞にでもなれる万能細胞ができる、というものだ。まさに魔法のような方法で、発表後、世界中の研究者が半信半疑だったのも無理はない。

だが、その結果が米国で確認されるや、あっという間に激しい研究競争が始まり、医療への応用に期待がかかる。

従来、万能性を持った細胞を得るには受精卵を壊すしかなく、倫理的な問題があった。これならその心配はない。

山中さんの研究者としての道のりは、決して平らではなかった。整形外科の臨床医だったが、米国留学で基礎研究に目覚めた。

帰国後はポストがなく、ほとんど研究をやめる寸前だった。奈良先端科学技術大学院大学の公募で採用され、やっと独立した研究者になることができた。

研究費の申請も、あまりにとっぴな提案だったために却下されかかった。しかし、審査に当たった岸本忠三・元大阪大総長が「若い研究者の迫力」に感心して予算をつけた。

その結果、一人の若者のアイデアが世界を一変させた。まさに科学のだいご味だろう。

さまざまな個性を生かす場所があり、常識はずれの提案でも見どころがあれば評価してチャンスを与える。そんな懐の深い人と場所があってこそ、独創的な発見も生まれる。

いま若手研究者は海外に出たがらないと言われるが、ぜひ、夢をもって挑戦してほしい。

そんな若い研究者が力を発揮できるよう支えたい。博士課程の学生への経済的支援を充実する。また、安定した研究職の枠が狭まるなか、見込みのある若者にポストを与えて、研究に専念できるようにする。

再生医療を実現する態勢を整えることも重要だ。科学の成果を実際の医療につなげる点で日本の課題は大きい。それを果たして初めて、若い挑戦の成果が世界に生かされる。

毎日新聞 2012年10月09日

山中氏ノーベル賞 日本の宝物を磨こう

山中伸弥・京大教授のノーベル医学生理学賞の受賞が決まった。いつかは必ずと思われてきたとはいえ、「日本発」のブレークスルーに揺るぎない評価が与えられた意義は大きい。特に山中さんの成果は現在進行形のホットな分野である。日本の現在のバイオ力を世界に示すものとして喜びを分かち合いたい。

私たちの体はどんな細胞にもなれる「万能性」をそなえた1個の受精卵から出発する。いったん神経や筋肉、骨など役割を持つ体細胞になると元には戻れない。それが生物のことわりだと考えられてきた。

この常識をカエルの核移植による「細胞初期化」で覆したのが共同受賞者のガードン博士だ。この技術はクローン動物の作出にもつながった。ただし、核移植には卵子が欠かせない。別の万能細胞として注目されてきた胚性幹細胞も受精卵を壊して作るという倫理問題をはらむ。

山中さんはこれらのハードルを「遺伝子導入」で乗り越え、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作り出した。コロンブスの卵のようなアイデアで生物学の常識を塗り替え、倫理問題までクリアした業績は、社会的意義も大きい。

今でこそ、世界の有名人となった山中さんだが、行き詰まり、研究をやめようと思ったこともあるという。それを救ったのは無名の山中さんを採用した大学や、研究費だ。研究者の潜在力を見抜いて投資する「目利き」の重要性を感じる。

山中さんが成果を語る時、多くの研究者の協力で実現したことを強調する。誠実さを感じると同時に、研究の裾野の広がりの重要性に改めて気づく。優れた成果を増やすには少数のエリートを育てるだけでは事足りない。研究の層の厚さが必要だ。

iPS細胞は、日本発の成果をどう育てるかという難問も突きつけた。特許戦略は重要課題だが、昨年、欧米で京大の基本特許が成立した。国として知財戦略に力を入れたことが功を奏したとみていいだろう。

初期化機構の謎解きも今後の課題だ。医療の現場へ応用するにはがん化リスクの抑制が欠かせない。改良が進んできたが、完全とはいえない。ただ、臨床研究が射程に入ってきた分野もある。より早い応用が期待されるのは病気のモデル化や創薬の分野だ。患者の細胞からiPS細胞を作り、病気の進行を再現したり、薬の効き方を調べることに期待がかかる。

山中さんの成果の背景には、受精卵を使わずに万能細胞を作る、という明確なビジョンがあった。そこから生まれたiPS細胞は宝石の原石のようなものであり、世界が磨きをかけようとしのぎを削っている。日本も全力で取り組みたい。

読売新聞 2012年10月09日

ノーベル賞 山中氏への支援体制を手厚く

山中伸弥・京都大教授に、今年のノーベル生理学・医学賞が贈られることになった。

その栄誉を(たた)え、心から喜びたい。

日本人が生理学・医学賞を受賞するのは、1987年の利根川進博士以来、25年ぶりである。

山中教授の授賞理由は、皮膚などの体細胞を、生命の始まりである受精直後の真っさらな状態に戻す「体細胞初期化」技術を開発したことだ。同じ分野の先達である英国のジョン・ガードン博士との共同受賞となる。

受精した細胞は、成長するにつれ、様々な組織や臓器の細胞に分化し、次第に老いてゆく。一方向にしか進まないこの過程を逆戻りさせたのが山中教授の研究だ。

画期的な業績である。山中教授は、2006年に成果を発表した後、毎年、ノーベル賞受賞者予想で筆頭に挙げられてきた。

6年でのスピード受賞となったのは、医療への応用に高い期待があるからだろう。

山中教授の技術で初期化された細胞は「iPS細胞(新型万能細胞)」と呼ばれる。病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える「再生医療」も、もはや夢ではない。

例えば、脊髄が損傷し下半身マヒとなった患者の治療だ。本人の皮膚細胞から作製したiPS細胞由来の神経細胞を注入すれば、拒絶反応なしに神経を再生でき、歩行が可能になるかもしれない。

まだ基礎研究ながら、将来的には医療を一新する可能性を秘めていると言えよう。

山中教授の所属する京大は、iPS細胞の作製法で国際特許も取得し、研究開発でトップを維持しようと努めている。

しかし、実用化を目指す研究は欧米の方が先行している。山中教授は、「欧米は研究資金も人材もはるかに潤沢」と、繰り返し警鐘を鳴らしている。

欧米では、大手製薬企業が巨費を投じて研究を進めている。研究者の層も厚い。

これに対し日本では、iPS細胞に限らず、新薬、新治療法の研究体制で後れを取っている。

今回の受賞決定を契機に、国を挙げて、研究現場を活性化する取り組みを強化せねばならない。

山中教授の技術は、新たな問題も生んでいる。精子や卵子を作って受精させる研究では、通常の生殖を経ない生命誕生になる、との懸念が指摘されている。

生命倫理面での検討も、なおざりにはできない問題である。

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