朝日新聞 2012年08月30日
南海トラフ できることはある
震度7の揺れが10県を襲う。最悪で東日本大震災の17倍の32万人が命を落とす。
東海沖から九州沖を震源域とする、南海トラフ巨大地震の被害想定は、桁違いに大きい。
起こりうる被害は重く見つめなくてはならない。
ただ、これはあくまで千年に一度の地震と津波が起きたらという「最悪」の想定だ。
数字だけを見て「とても逃げられない」とあきらめるのは、それこそ最悪だ。
むしろ注目すべきは、すみやかな避難を徹底すれば、津波による死者を最大で8~9割減らせる、という指摘だ。
政府は数十年に一度レベルの津波には防潮堤などのハードで備える方針だ。しかし、巨大地震の大津波を、海沿いに高々と防潮堤をめぐらせて防ごうというのは現実的ではない。
長い目で見れば、まちづくりを根本から見直す必要が出てくる。市街地を内陸に移すかどうか、それにかかる社会的な費用を災害の頻度とあわせてどう計るか、という問題に向き合わねばならない。
では、あした地震が来たら?
それでもできることはある。それが「避難」というソフト面の対策だ。
どうすれば、みんなが地震後ただちに安全な場所へ逃げられるか。大切なのは、それぞれの地域で避難計画を練ることだ。
津波からの避難は、車は渋滞するので徒歩が原則だ。だが、東日本大震災では5割以上が車で逃げた。自力で歩けない家族や、高台が遠くて歩きでは間にあわない人もいる。どんな家庭や地区は車を使ってもよいか、地域で話し合ってゆるやかな合意を作っておきたい。
浜松市は3月11日に津波避難訓練をし、歩けない人を車に乗せて何分で何キロ逃げられるかを検証した。渋滞につかまる想定でも試した。毎年続ける計画という。こうした実証は避難計画づくりだけでなく、住民の「ただちに逃げる」意識を高める役にも立つ。
市町村は、高台への避難路など逃げるための備えを急ごう。高台に代わる避難ビルの指定は東日本大震災後の半年で倍に増えたが、まだ足りない。
怖いのは津波だけではない。揺れによる建物倒壊でも数万人の死亡が見込まれる。しかし、これも住宅の耐震化率を今の8割から9割に上げることで、犠牲者を4割減らせるという。
今できることを積み重ねる。
それは、より現実的な「数十年に一度」レベルの地震への備えにもなる。
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毎日新聞 2012年08月31日
南海トラフ地震 正しく恐れて対策を
東海から九州沖を震源域とする「南海トラフ巨大地震」について、国の二つの有識者会議が被害想定などを公表した。
死者は最大で32万3000人、倒壊・焼失建物は238万棟に上る。死者の7割は津波によるものだ。また、死者想定は国が03年、東海・東南海・南海の3連動地震が起きた場合に出した数字の13倍にも及ぶ。
被害の大きさに驚くが、対策をあきらめるようなことがあってはならない。避難や建物の耐震化など適切な減災対策によって、最悪ケースの死者は6万1000人に減らせるとの試算も併せて示された。
想定は東日本大震災で得られたデータも踏まえた推計だ。ただし、「発生頻度は極めて低い」ことに留意すべきだ。有識者会議は「正しく恐れてほしい」と提言した。国、自治体、さらに住民一人一人がとるべき対策を着実に進めることが肝心だ。
中川正春防災担当相は、南海トラフ地震に備えた特別措置法案を来年の通常国会に提出する方針を示した。現行の法制では、予知が可能とされている東海地震の強化地域に施設整備費などの補助が集中する。しかし、想定によれば、近畿や四国など広範囲で深刻な被害が生じる。地域によって必要な防災対策にばらつきがあってはならないのは当然だ。
津波避難ビルを確保するために、建蔽(けんぺい)率の緩和を求める声もある。国は率先して財源確保や法整備に全力を挙げてもらいたい。
都道府県や市町村の役割も大切だ。地域によって必要な防災対策は異なる。高台に逃げるためにどう避難路を整備するのか。高台が遠い場合、既存のビルを含めて避難ビルの確保も必要だ。場合によっては、学校や医療施設、自治体庁舎などの移転や高層化も検討課題になる。
東日本大震災後、多くの自治体が、災害対策基本法で作成が定められた地域防災計画の見直しを進めている。適切な避難はその柱となる。
中央防災会議の専門調査会は昨年、津波対策の最終報告で「原則として歩いて5分程度で安全な場所に避難できるまちづくり」を提言した。だが、地形によっては徒歩避難は現実的でない。自動車利用を前提とした場合、どういった方法で交通渋滞が防げるのか。きめ細かい防災計画の策定を急ぐべきだ。
宮城県で30日、震度5強の地震が起きた。日本は災害とは無縁でいられない。1日は防災の日だ。89年前のこの日、関東大震災が起きた。明日は各地で避難訓練などが行われるが、防災教育も含めて日ごろの備えが減災を可能にする。自分の身を最後に守るのは自分しかいない。自助の大切さも改めて肝に銘じたい。
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読売新聞 2012年08月31日
南海トラフ地震 減災対策を着実に進めたい
巨大地震と津波による深刻な被害を最小限に食い止めるため、減災対策を着実に進めたい。
東海、東南海、南海などの地震が連動する「南海トラフ巨大地震」について、内閣府の有識者会議が被害想定を公表した。
東海から九州沖までの海底が広範に動くと、マグニチュード9級の巨大地震になり、犠牲者数は最大で32万3000人に上る。
国内の地震では、これまで、10万5000人以上とされる関東大震災の犠牲者数が最多だった。
想定では、津波の犠牲者数が23万人で、全体の7割を占める。13都県124市町村で、津波の高さが平均5メートルを超えるためだ。建物倒壊など地震による犠牲者数も8万2000人に及ぶ。
「国難」とも言えよう。
この想定を参考に、政府や関係自治体が協力して、津波避難所や避難ルートの整備など、有効な対策を講じる必要がある。
無論、これほどの巨大地震が起きる可能性は大きくない。有識者会議でも、最大級を前提にすると「自治体や住民が対策をあきらめる」と懸念する声が出た。
しかし、想定が甘く、備えが疎かだったことが、東日本大震災の教訓である。
有識者会議は、具体的な減災対策も提示している。
地震後、10分以内に全員が避難を始めれば、津波の犠牲者は想定より8割少なくできるとして、素早い避難の重要性を指摘した。
建築基準法の耐震基準を満たした建物の比率が、今の76%から100%に上がれば、倒壊による犠牲者も同程度減らせるという。
これで犠牲者の総数は、約5分の1の6万1000人になる。政府や自治体の参考になろう。
厳しい財政状況の下、防潮堤建設など大規模な公共事業は容易ではない。避難ビルの確保や避難訓練の強化など、すぐに着手できる対策を優先することが大切だ。
被災が予想される地域は、産業の集積地も多い。高台移転を検討したり、自前の津波避難所を設けたりする企業が増えつつある。
対応が遅れがちな中小企業の支援策も必要だろう。
政府は、関係地域を対象に、必要な防災施設の整備をさらに促進する特別措置法制定の方針を打ち出している。東海地震を対象とした発生予知の範囲を拡大することも検討するという。
ただ、地震の予知はできないとの批判もある。その是非を含め、法整備の論議を深めるべきだ。
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産経新聞 2012年08月30日
南海トラフ地震 「避難と耐震化」徹底せよ
南海トラフ(浅い海溝)で起こりうる「最大級の巨大地震」の被害想定が公表された。最悪の場合の死者数は32万人という衝撃的な内容だが、過剰反応は禁物だ。
地震の切迫度と、今回想定された超巨大地震・津波の発生確率は全く違うことを、まず理解しなければならない。
想定された「最大クラスの地震・津波」は、従来の地震モデルに、科学的知見の範囲で考えられる限りの被害拡大要因を加えたもので、発生確率は極めて低い。
一方、南海トラフに震源域が連なる東海・東南海・南海地震は、30年以内の発生確率がそれぞれ88%、70%程度、60%程度と切迫度が高まっている。両者を混同して「超巨大地震が近づいている」と思い込むと、かえって地震防災の支障にもなりかねない。
今回の被害想定を、家庭や地域の防災にどう生かせばいいのか。最悪のケースとして巨大津波と強い揺れを念頭に置き、被害が拡大する要因を一つ一つ解消していく努力を続けることが大事だ。
最大で23万人に達する津波による犠牲者は、「強い揺れがきたら逃げる」という意識を住民一人一人が持つことで大幅に減らせる。「津波到達までの時間が短い」と住民の不安が増大した地域もあるが、緊急地震速報を最大限に活用し、高台への避難路を整備するなど早期避難の手立てを講じてもらいたい。
また、8万2千人の犠牲者が想定される建物の倒壊に対しては、耐震化の推進と家具の固定を確実に実施することが肝要だ。
日本列島に大きな被害を及ぼす地震のほとんどは、マグニチュード(M)8級の海溝型地震とM7級の内陸直下型地震だ。耐震化と津波からの避難という「ごく普通の地震・津波対策」を充実させることが、超巨大地震・津波が起こる万が一のケースでも減災につながることを再認識したい。
一方、国の南海トラフ地震対策は抜本的な改革が必要だ。東海地震の直前予知を目指す大規模地震対策特別措置法(大震法)をはじめとする現行の対策は、東海地震と東南海・南海地震が切り離されている欠陥がある。
中央防災会議の作業部会が提言する、3地震の同時発生やM9級超巨大地震に対応できる「特別法の制定」は大きな課題だ。早急に前進させてほしい。
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