原爆の日 「核との共存」問い直そう

毎日新聞 2012年08月06日

原爆の日 「核との共存」問い直そう

広島は6日、長崎は9日に「原爆の日」を迎える。昨年3月の東京電力福島第1原発事故を機に、原子力の平和利用に対する疑問が膨らみ、被爆地からもエネルギー政策の転換を求める声が高まっている。私たちは今、核とどう向き合うのか問い直されている。

両市の平和式典で読み上げられる平和宣言は昨年に続き、原発事故を反映したものとなる。広島市は平和運動を率いた被爆者、故森滝市郎氏の「核と人類は共存できない」という言葉を引用し、安全なエネルギー政策の早急な確立を政府に要望する。長崎市も政府にエネルギー政策を明確にするよう呼びかける。

被爆者団体や反核・平和団体でも「脱原発」の主張が勢いを増している。日本原水爆被害者団体協議会は原発に頼らないエネルギー政策を求める声明を発表した。原水爆禁止日本国民会議は福島で開いた今年の世界大会で脱原発を強調し、原発事故の被害者との連帯をアピールした。

被爆体験を持つ日本は戦後、核兵器の非人道性を世界に訴えてきた。一方で、1955年に成立した原子力基本法で原子力の平和目的の利用を規定し、核兵器には反対しながら原発は推進するという道を歩んだ。

しかし福島の出来事は、平和利用でも事故が起きれば長期にわたって深刻な被害をもたらす原子力の恐怖を見せつけた。首相官邸前で毎週行われている反原発デモの広がりは、そうした市民の意識を映し出している。核による被害という共通性を軸に、広島・長崎の被爆者と原発事故の被害者との間で連帯が生まれてきたのは自然なことだ。

核軍縮を巡る状況は依然厳しい。世界には約1万9000個の核兵器があると推計される。北朝鮮やイランなど核開発を進める国もあり、脅威は弱まっていない。09年にオバマ米大統領が核のない世界を目指すと宣言したのを機に国際社会で核軍縮の機運が高まったが、経済危機の対応などに追われるうち、その熱気は消え去ってしまった。核軍縮の動きを再び前に進めるよう、各国は努力を続けていかなければならない。

一方、広島、長崎両市が呼びかけた平和市長会議は30周年を迎え、2020年までの核兵器廃絶を目指す加盟自治体は5300を超えた。市民約10億人に相当する。粘り強い訴えは確かに世界に共感を広げている。

日本は、核兵器の恐ろしさだけでなく、原発事故の経験や被害の実相を世界に伝えていく責任を担っている。「核と人類は共存できない」という言葉の重みを今一度かみしめたい。その原点に立ち、平和利用も含めた原子力の問題を根本から議論していく必要がある。

産経新聞 2012年08月07日

広島原爆の日 政治色薄い式典歓迎する

広島で67回目の原爆の日を迎えた。野田佳彦首相は平和記念式典で、原爆犠牲者の御霊(みたま)に哀悼の誠をささげ、原発政策について「脱原発依存の基本方針の下、中長期的に国民が安心できるエネルギー構成の確立を目指す」と述べた。

昨年、菅直人前首相が打ち出した「脱原発」方針を引き継いでいるが、野田首相はそれを中長期エネルギー政策の中に位置づけ、緩やかな変化を望んでいるように見受けられる。

昨夏の66回目の広島原爆の日の式典では、菅前首相があいさつの3分の1以上を割き、エネルギー政策の「白紙からの見直し」や原子力「安全神話」への反省、「原発に依存しない社会」などの持論を展開した。鎮魂の場の「政治利用」とも批判された。

それに比べ、野田首相のあいさつは極めて抑制的な表現だ。

松井一実広島市長の平和宣言も「脱原発」の是非に踏み込まず、「市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策」の早期確立を政府に求めるにとどめた。北東アジアの不安定な情勢にも言及し、核兵器廃絶へのリーダーシップを国に要望した。

松井市長は国名を挙げていないが、北東アジアの不安定な情勢が中国の軍拡や北朝鮮の核開発を指していることは明らかだ。

秋葉忠利前市長時代は、米国の「核の傘からの離脱」を求めるなど、反米色の強い平和宣言が多かったが、松井市長になってからの平和宣言はイデオロギー的な色彩が薄まっている。

こうした傾向を歓迎したい。

式典に核保有国の公式な代表が出席するようになったことも、最近の特徴だ。今年は、ルース駐日米大使が一昨年に続いて2度目の出席で、英仏両国は初めて駐日大使が出席した。ロシアは1等書記官が出席し、中国は欠席した。

これまで、どちらかというと米国の核政策を一方的に批判してきた党派性の強い反核運動は、ますます影響力を失うだろう。

「脱原発」と「反核」を安易に結びつけてはならない。電力事情や経済上の理由だけでなく、原子力の技術継承の必要性からも、性急な脱原発は危険だ。北東アジア情勢が緊迫する中、米国の核抑止力の重要性も変わっていない。

原爆の日は、遺族や国民が犠牲者の霊を静かに弔う鎮魂の日であることを忘れてはならない。

この記事へのコメントはありません。

この社説へのコメントをどうぞ。
お名前
URL
コメント

この記事へのトラックバックはありません。

トラックバックはこちら
http://shasetsu.ps.land.to/trackback.cgi/event/1128/