最低賃金引き上げ 共働きでも貧困の現実

朝日新聞 2012年07月28日

最低賃金 底上げは社会全体で

働く人の賃金が生活保護の水準を下回る「逆転現象」が、なかなか解消されない。

最低賃金の今年度の引き上げ目安額は、全国平均で7円にとどまった。この通りになると、時給は平均744円になる。

逆転現象が起きていた11都道府県については、引き上げ額の目安に幅を持たせた。今後、都道府県ごとに最低賃金を決めるが、目安に沿って最大限引き上げても、北海道と宮城県では逆転したままだ。

目安額は、厚生労働省の審議会で労使が徹夜で議論したものの、大震災が影響して低水準となった昨年度の実績額と同じ。景気に明るさが見えていただけに、残念だ。

かつて最低賃金は、おもに主婦パートや学生アルバイトが対象とみられていた。今はそれに近い水準で生計を立てている人も多い。逆転解消は不可欠だ。

気になるのは、生活保護への風当たりが強まっていることである。自民党は保護費の水準を10%引き下げる政策を掲げる。

厚労省は5年に1度の消費実態調査の結果を受け、保護費の見直し作業に入っている。

今年中には報告書がとりまとめられるが、デフレ傾向を反映して保護費が引き下げられる可能性が高い。

その動きに連動し、最低賃金を抑えようという考え方では、デフレを加速させかねない。賃金が低迷すれば、人々は低価格志向を強め、それが人件費をさらに押し下げる圧力になる。

賃金が安く、雇用が不安定なワーキングプアが増えれば、結局、生活保護費はふくらむ。

こんな悪循環から脱出するためにも、最低賃金は引き上げていきたい。

ただ、低い賃金で働く人が多い中小・零細企業ばかりにコストを負わせるのは酷だろう。社会全体で取り組むべきだ。

経済構造を変えて、まともな賃金を払えるような付加価値の高い雇用をつくる。そこへ労働者を移していくために、職業訓練の機会を用意し、その間の生活を保障する。

雇用の拡大が見込まれる医療や介護の分野では、きちんと生活できる賃金が払えるよう、税や保険料の投入を増やすことも迫られよう。

非正社員と正社員の待遇格差も是正する。そのために、正社員が既得権を手放すことになるかもしれない。

いずれにせよ、国民全体で負担を分かち合わなければならない。私たち一人ひとりにかかわる問題として、最低賃金をとらえ直そう。

毎日新聞 2012年07月26日

最低賃金引き上げ 共働きでも貧困の現実

働く人の賃金が生活保護よりも低いのはおかしい。産業や職種にかかわりなく、すべての働く人は法律で定めた最低賃金より多くの賃金を得ることが保障されているが、その最低賃金が生活保護よりも低い「逆転現象」がまだ11都道府県で残っているのだ。これでは働く意欲がそがれ、モラルハザードが起きる。最優先して改善すべき課題である。

2012年度の地域別最低賃金について、中央最低賃金審議会の小委員会は平均7円引き上げることを決めた。昨年に続き低い引き上げ水準である。首都圏や関西圏を中心にした「逆転現象」状態の11都道府県には一定の幅を持たせた目安額を定め、地域の審議会に具体額の決定を委ねることになったが、最高額で引き上げたとしても北海道と宮城県はまだ生活保護に届かない。今年度での解消が無理な場合は「原則2年以内に生活保護との逆転現象の解消を目指す」とされたが、もっと深刻に考えるべきではないか。

結婚ができない、子どもが産めないという現役世代の貧困は少子化をさらに悪化させ、子育て世帯では子どもの健康や教育に暗い影を落としている。経済にも悪影響を及ぼす。可処分所得が国民の平均値の半分に満たない「相対的貧困」を見ると、日本の子育て世帯は14.2%で、先進国では最も高いレベルだ。子育て世帯の失業率は0.4%。働いているのに貧困にあえいでいる子育て世帯がいかに多いかを示している。

もともとわが国は正社員の男性が一家の生活費をまかなう賃金を得るという考え方が強く、主婦のパートや学生アルバイトなどの非正規労働者の賃金は低く抑えられてきた。90年代以降に労働者の非正規化が進められ、現在では被用者全体の4割近くを占めるに至ったが、伝統的な雇用・賃金モデルは変わらず、非正規労働者は労使の賃金交渉から排除されてきた。最低賃金の改善が始まったのは、07年の最低賃金法改正で地域ごとに最低賃金を定め、違反者への罰金が2万円以下から50万円以下へと引き上げられてからだ。

経営者側は最低賃金引き上げへの反発が強いが、相対的貧困を下回る現役世帯のうち、2人以上が働いている世帯が39%を占めている。米国の2倍、スウェーデンやフランスの3倍だ。夫婦共働きでも相対的貧困から抜け出せない社会は異常としかいいようがない。

08年の自公政権時には「生活保護との整合性だけでなく小規模企業の高卒初任給との均衡を勘案し5年間で(最低賃金を)引き上げる」ことが打ち出された。労使とも重く受け止めて実現すべきだ。働く人が報われない社会に未来はない。

産経新聞 2012年07月29日

最低賃金上げ 中小企業への影響心配だ

今年度の最低賃金の引き上げ幅について、全国平均で時給を前年度比7円増の744円を目安とすることが決まった。

最低賃金をめぐり、生活保護の支給水準を下回る「逆転現象」が問題視されている。最低賃金で働くよりも生活保護を受けた方が収入が多ければ労働意欲を失う人も出てこよう。生活保護の不正受給も相次ぎ、逆転の解消が急務であるのは確かだ。

逆転現象がなお続く11都道府県では、全国平均より高めの最低賃金引き上げの目安が示されているが、一気に解消するのは難しい。ただ、リーマン・ショック後、平均賃金が下がり、デフレが続く経済状況を考えれば、「7円上げ」を少なすぎるとはいえまい。

むしろ、生活保護支給額との逆転を最低賃金引き上げだけで解消するのは、もはや現実的でないことを認識しなければならない。不正受給は論外だが、支給水準や支給方法など制度全体の問題としてメスを入れるときがきている。

民主党政権誕生後に労使代表が合意した「平成32(2020)年までに全国平均時給1000円、最低800円」の目標も直ちに取り下げるべきだ。この数字を達成するには、今後毎年約30円ずつ引き上げなければならない。それが不可能なのは自明の理だろう。

無理な最低賃金引き上げに伴うコスト増は輸出産業にとって国際競争力低下につながる。とりわけ日本のものづくりを支える中小・零細企業に与える影響は深刻だ。雇用の削減や、最悪の場合は経営破綻に追い込みかねない。

さらに、中小・零細企業が培ってきた高度技術の継承という観点からみると、別の問題もはらんでいる。職人と呼ばれる人の多くは長く厳しい修業期間を経て、世界に誇る技術を身につけてきた。

ところが、今では職人候補生の「修業期間」も最低賃金の適用対象だ。これでは、たとえ技術を身につけたいと願う若者がいて、町工場側が後継者を育てたいと思っても、経営的に受け入れることができない。結果的に、技術は途絶えてしまうことになろう。

最低賃金法の規定は、いわば労働者のセーフティーネットだ。これは尊重しなければならない。だが、引き上げ一辺倒の議論に陥れば日本経済、とりわけ、ものづくりの衰退に拍車をかけかねないことを見過ごしてはならない。

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