原発事故調査報告 原因究明は終わらない

朝日新聞 2012年07月24日

原発事故調 これで終わらせるな

福島第一原発をめぐる政府の事故調査・検証委員会が最終報告をまとめた。民間、国会それぞれの事故調を含め、第三者による検証は一区切りとなる。

しかし、事故の発生と拡大の詳細な経過は、どこも解明できなかった。原因究明を続けることが不可欠だ。

それぞれの事故調を通じて、事故を招いた土壌や背景はずいぶんと明らかになった。

重大な事故は起きないという「安全神話」が形づくられた過程、行政の怠慢、東京電力ら事業者の当事者意識の欠如、有効な防災対策を講じ得なかった自治体の備えの甘さ――。

そうした構造的要因が、事故時の混乱につながった。原子力規制委員会を中心とする新たな体制は、教訓をきちんといかさなければならない。

問題は、「事故炉で何が起きたか」について、未解明な部分が多く残ったことだ。

巨大事故の究明を語るとき、お手本とされるのは、1986年に起きた米国のスペースシャトル・チャレンジャー事故の報告書である。

破片や写真を可能な限り集めて、想定される原因を一つずつつぶし、固体燃料ロケットの部品不良を割り出した。千分の1秒単位で何が起き、爆発にいたったかを解明している。

もちろん今回の事故は、状況に違いがある。とくに事故炉の内部は、強い放射能のために直接調べることは困難だ。

しかし、国内にある同じ型の炉を使ったり、小さなプラントを造ったりして再現実験をすることは可能だったはずだ。

コンピューターを使った解析も、電源喪失後の個々の作業について、「この弁を開いていたらこうなる」「この時点で窒素を投入したら水素爆発が防げたか」など、枝分かれしていくシナリオを検証する。

そうすれば、問題が炉や建屋の構造にあるのか、作業のミスなのかといった核心に、もう少し迫れただろう。

委員長の畑村洋太郎氏自ら、23日の会見で「再現実験をやりたかった」と言及している。時間や陣容が足りなかったというが、まさにそのための政府事故調ではなかったか。

これで終われるはずもない。世界に向けて、事故原因を解明する責任が日本にはある。

たとえば、原子力規制委員会のもとで、研究者や技術者を糾合した専門チームをつくり、事故の工学的な検証にあたってはどうか。

不断の取り組みを続けない限り、「収束」はやってこない。

毎日新聞 2012年07月24日

原発事故調査報告 原因究明は終わらない

この悲惨な原発事故はどうして起きたのか。事故の拡大や放射能の拡散を抑えることはできなかったのか。ここから、私たちは何を学び取ればいいのか。

東京電力福島第1原発の過酷事故発生から1年4カ月。政府の事故調査・検証委員会の最終報告が公表され、主な検証報告が出そろった。

政府事故調は772人から1479時間、国会事故調は延べ1167人から900時間以上、聞き取りを行った。それでも、事故の全容は解明されていない。国民の疑問に答え切ったということはできない。

ひとつには、事故そのものが収束せず、現場で確認作業をすることが困難なためだ。再現実験もできなかったのは残念だ。

検証結果に食い違いも残されている。放射能の拡散を予測する「SPEEDI」に活用の余地はあったのか。地震による重要機器損傷の可能性はあるのか。今後の事故対応や全原発のリスクにかかわる問題であり、このまま放置してはならない。

結局のところ、今はまだ事故検証の中間段階に過ぎない。国会も政府も、当事者である東電も、原因究明を続けなくてはならない。そのために、政府からも、その時々の政権からも独立した、恒常的な調査委員会を設置すべきだ。

検証の結果、はっきりしたこともある。事前の備えや的確な事故対応がなされていれば、事故や被害をここまで拡大させずにすんだろう、という点だ。

東電自身の事故防止策に不備があったことは動かしがたい事実だ。津波対策も過酷事故対策も極めて不十分だった。政府事故調の調査で事故対応にも不手際があったことがわかったが、これも備えが不十分だったからだろう。

作業にあたった人々を責めることはできないが、過酷事故のリスクより経営のリスクを優先した東電の責任は重い。東電自身の事故報告書は言い訳に終始したが、政府や国会の報告を真摯(しんし)に受け止め、検証もやり直すべきだ。

政府にも大きな問題があった。規制する立場でありながら規制される側の電気事業者にとりこまれ、必要な安全規制の導入を怠ってきた。国会事故調の「人災」との指摘はもっともであり、電力会社と政府は事故の「共犯」といってもいいだろう。

政府の危機管理にもさまざまな不手際があった。官邸自身の問題に加え、官邸に正確な情報と助言を提供する専門家集団であるべき原子力安全・保安院や原子力安全委員会がまったく役に立たなかった事実に改めて愕然(がくぜん)とする。

政府事故調が検証した双葉病院の実態は、弱者の救出が遅れるリスクも浮き彫りにした。結果的に亡くなった人も多く心が痛む。このケースに限らず避難は混乱を極め、多くの人が何回も移動を余儀なくされた。現場への情報伝達、事前の避難計画の不備が多くの人を放射能のリスクにさらした。大きな反省材料だ。

ふに落ちないのは、検証でこれだけ多くの課題が示されているにもかかわらず、野田内閣や国会の反応が鈍いことだ。真剣に取り組む意思が見えず、姿勢に問題がある。

指揮命令系統の整理や、緊急時の広報専門官の配置、地元への情報提供の仕組み作りなど、すでに終わっていなければならない対応は多い。使用済み燃料プールの事故防止対策もそうだ。

にもかかわらず、こうした作業が実質的に進められている形跡はない。同じような事故はすぐには起きないとたかをくくっているのだとしたら、考えが甘い。検証結果が公表される前に大飯原発を再稼働させたことにも改めて疑問を感じる。

政府は、まず、これまでの検証を基に政府として対応すべきことを早急にまとめる必要がある。そのためにも、国会で各機関の検証を踏まえた集中審議を行うべきだ。この中で検証の食い違いについても議論を尽くし、政府として対応策を決定しなくてはならない。

その上で、それぞれの対策が実際に実行されているかどうかを追跡し、国民に示していく必要がある。それに責任を持つ組織を設置した方がいい。

政府は今、2030年までのエネルギー政策の選択肢を示し、国民の意見を聞く作業を進めている。私たちは、政策を選びとるための課題と対策を、これから社説シリーズで考える。

議論のとっかかりとして、事故調報告を読んでみることを提案したい。福島の過酷事故を経験した私たちが、今後、どういうエネルギー政策を望むのか。それを考える土台は原発のリスクにある。

政府と国会の事故調報告は膨大だがインターネットからダウンロードして読める。国会事故調は論点がはっきりしていて比較的読みやすい。政府事故調の報告は読みにくいという欠点があるが、細かい分析では優れている点がある。夏休みの「宿題」としてみんなが読み、周りの人と議論してほしい。日本の未来を選ぶ鍵が、そこにはあるはずだ。

読売新聞 2012年07月24日

政府事故調報告 原発の安全向上に教訓生かせ

「想定外」に備える危機対策を

未曽有の原子力発電所事故の調査結果を教訓とし、政府と電力会社は、再発防止に取り組まねばならない。

東京電力福島第一原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会が最終報告書をまとめ、公表した。

国会と東電の各事故調と民間の独立検証委員会が、それぞれ報告書を発表済みだ。四つの報告書が出そろい、事故の原因や経緯、政府や東電の問題点などの解明は一区切りがついた。

だが、事故の全容解明にはまだ時間を要するだろう。今後も調査を継続しながら、危機対策を練り直し、原発の安全性を確保していく必要がある。

地震による損傷を否定

政府事故調は、膨大なデータに基づき事故の技術的な側面を詳細に分析した点が特徴だ。「失敗学」を提唱している畑村洋太郎委員長が、責任追及よりも事実の解明に重点を置いたからだ。

最終報告書は、他の事故調による報告書について、「明らかな事実誤認を前提としているものが多い」と批判している。

例えば、国会事故調は地震で原子炉の重要機能が壊れた可能性を強調したが、政府事故調は、地震で福島第一原発1~3号機に「(放射能の)閉じ込め機能を損なうような損傷が生じた可能性は否定される」と、反論した。

原子炉の運転データからは、原発の重要機器が津波襲来まで正常に機能していたことが分かっている。地震ではなく、津波が事故の主因とした政府事故調の分析には説得力がある。

政府は、事故後、全国の原発で津波対策に取り組んできた。再稼働に向け、この対策が適切であることを国民に説明し、不安感の軽減につなげてもらいたい。

東電が津波発生後に適切に対応していれば、炉心溶融(メルトダウン)を防げた可能性がある、と示唆した点も重要だ。

事態が悪化する前に、現場が速やかに原子炉内の圧力を下げる措置を取っていれば、溶融前に炉心の冷却ができたと断じている。

東電の危機対応力の欠如に厳しい評価を下したと言える。

一方、他の事故調と同様、政府事故調が辛口の評価をしているのが、当時の政府の不手際だ。

不備だった官邸の対応

首相官邸の対応について、「情報の不足と偏在が生じ、十分な情報がないままに意思決定せざるを得なかった」とした。

菅首相や閣僚が、各府省幹部らが集まる官邸地下の「危機管理センター」を十分に活用しなかったためだ。その結果、放射性物質拡散予測システム「SPEEDI」を住民の避難誘導に利用することは検討もされなかった。

民主党政権が、誤った「政治主導」で官僚組織を使いこなせず、事態を混乱させた責任は重い。

最終報告書によると、原子力に「土地鑑」があると自負していた菅氏は「組織的に事態収拾に当たろうとしなかった」という。事故直後の原発視察を始めとする現場介入も、「弊害の方が大きい」と批判した。

官邸が各府省や東電に対して、広報内容の事前連絡を求めたため、メルトダウンなど原発の状況に関する国民への情報提供も遅れた。

こうした問題を指摘したのは当然である。危機的状況での情報発信の改善が求められよう。

今後も事故究明続けよ

事故を防げなかった理由について、最終報告書は「東電も国も安全神話にとらわれていた」ことが根源的な問題、と批判した。政府が財源難から「発生確率の低い事象を除外」したとも指摘した。

しかも、今回は、原発事故と自然災害が同時に起きる「複合災害」だった。発生確率が低くても甚大な被害が予想される危機への十分な備えは欠かせない。

新たに発足する政府の原子力規制委員会は、深刻な事故を想定した防災計画の策定や防災訓練の実施といった平時からの準備に重点を置く必要がある。

国際的にも、事故への関心は高い。長期にわたる廃炉作業や被災者の生活再建の状況を国内外に示さねばならない。

畑村委員長は、締めくくりの所感で「形を作っただけでは機能しない」「変化に柔軟に対応する」など、教訓を列挙した。

組織を改編するだけでなく、その構成員が、人間の考えには欠落があることを自覚し、「想定外」に備える重要性を訴えている。

原子力に携わる全関係者は、肝に銘じるべきである。

産経新聞 2012年07月24日

原発事故調報告 責任追及の出発点にせよ

東京電力福島第1原子力発電所事故に関する政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)の最終報告書がまとまった。

国会、民間、東電を含めて出そろった4つの事故調の報告書が、異なる視点や手法で切り込んだ努力は多としたい。

しかし、この重大事故の実態や原因についてはなお究明不足の面も少なくない。一連の報告書を出発点に、事業者と規制当局、政府の責任を、国会で関係者を証人喚問するなどして厳しく追及してもらいたい。

報告書に共通する一大焦点は菅直人前首相官邸の対応である。

政府事故調は中間報告で官邸の機能不全など政府の情報収集・伝達・発信の問題点を突き、今回、「首相の現場介入は現場を混乱させるとともに重要判断の機会を失い、判断を誤る結果を生む。弊害の方が大きい」と断じた。菅氏は「原子力に『土地鑑』があると自負していた」とも指摘した。

しかし、もっと具体的に菅氏の責任に迫ってほしかった。

東電の全面撤退問題では、国会事故調は「全員撤退を決定した形跡はない」と東電側主張に沿った見解を示し、「全面撤退を阻止した」とする菅氏の言い分を否定した。政府事故調にこうした歯切れの良さがないのは残念である。

政府事故調は「事故原因を徹底解明、再発防止に役立てようとする姿勢が十分とはいえない」と、東電の熱意不足も指弾した。

事故の背景に、「事前の事故防止・防災対策」「事故発生後の現場対処」「発電所外での被害拡大防止策」の不備を挙げ、「複合」の言葉で原因をくくっている。歴代及び当時の政府、保安院など規制当局、事業者の東電の3者が引き起こした「人災」と断定した国会事故調に比べ、やや曖昧だ。

各報告書には特徴がある。肝心なのは、そこから何を読み取るかである。政府、電力会社、原発関係者は、4報告書を精読して、教訓をくみ、安全性向上と再発防止に役立てなければならない。

そうした教訓を効果的に対外発信し、国際社会でも生かしていく責務が日本政府にあることも、政府事故調の提言にある通りだ。

「自然が人間の考えに欠落があることを教えてくれたと受け止め、事故を永遠に忘れることなく教訓を学び続けなければならない」。政府事故調の畑村洋太郎委員長の結語は、重い。

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