冷戦終結20年 問われる日本の戦略 新たな「壁」作らぬ努力を

朝日新聞 2009年11月12日

即位20年 未来の天皇像考える機に

天皇陛下はきょう、即位20年の記念式典に臨む。

その歩みと平成の道のりを重ねて思い返す人は多かろう。敗戦と高度成長という起伏の激しい昭和のあとを受けた20年。経済は頭打ちとなり、大災害が続くなど平穏な日々ではなかった。

陛下は被災地の避難所でひざをつき、人々の手を握った。各地の福祉施設にも数多く足を運んだ。そのそばにはいつも皇后さまがいた。

つねに国民を思い、苦境にある人々に声をかける。沈滞し、動揺する時代にあって、お二人の存在は大きな励ましや癒やしとなっている。

昭和の負の遺産にはまっすぐ向き合ってきた。戦跡に慰霊の旅を重ね、外国との交際の場では過去の反省を込めたお言葉を述べた。歴史の教訓を忘れがちな風潮の中で、平和を希求する姿が強く印象に残る。

即位以来の海外訪問は15回に上る。皇室外交が、親善や和解に大きく寄与したことは否定できない事実だ。

陛下はそのように、日本国憲法下で即位した初の象徴天皇として前例のない道を懸命に模索してきた。その「平成流」スタイルが時代の求めに合い、多くの国民に受け入れられた。

一方で私たちは、象徴天皇の役割と限界は何かを問うことを、天皇陛下に任せきりにしてきたのではないか。陛下の存在感と人柄に、ときには憲法の枠を超える期待もしてこなかったか。

岡田克也外相が閣僚懇談会で、国会開会式でのお言葉に「陛下の思いが入るように工夫できないか」と述べ、批判を受けたことは、その一例だ。

国事行為を除き、天皇は政治からは距離を置くのが定めだ。活発な海外での活動や踏み込んだお言葉は、政治的な思惑にからめとられる危険をはらむ。陛下の思いを尊重しながらも、憲法の理念が形骸(けいがい)化せぬよう、私たちは常に敏感でなければならない。

陛下は来月76歳になる。がんとの闘病も続く。皇太子さまとのしっくりしない関係は心労の種だろう。宮内庁は今年から陛下の公務を見直し、お言葉の機会も減らしてゆくという。

20年の節目は、これからの皇室のありようを真剣に考える時でもある。

陛下自身、即位20年に際した記者会見で、皇太子さまと秋篠宮さまが「天皇のあり方についても、十分考えを深めてきていることと期待しています」と述べた。次代を担う皇太子さまからも、考えをもっと聞きたい。

国民の側も、憲法の制約を踏まえつつ、どんな役割の天皇像を求めるか、思いを巡らせよう。

将来の皇位をどうつなぐかという難問もある。女性・女系天皇を認めるかどうかの議論は、3年前の悠仁さま誕生で止まったままだ。合意形成に向け、熟議を再開したい。

毎日新聞 2009年11月12日

即位20年 「象徴天皇」へ実践重ね

天皇陛下即位20年の記念式典が12日催される。お祝い申し上げたい。

この20年はたゆまず「象徴天皇」のあり方を求め、実践を積み重ねられた年月だった。それは平成の皇室に新しい風をもたらし、そして時を経るにつれて確かなかたちを成してきたように見える。

陛下は象徴天皇制の現憲法下で初めて即位した天皇であり、即位に当たってはまず「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすこと」を表明した。

しかし、象徴天皇といっても必ずしも成熟した概念ではなく、そのまま引き継ぐものが用意されていたわけではない。昭和天皇は統治の主権者から象徴天皇へと制度転換をはさんで在位した。「開かれた皇室」が進められたが、国民のイメージには「君主」的なものも一部重なっていた。その意味で陛下は皇室の新しい時代を開く立場にあった。

陛下は今回の記者会見でこの20年について「まず浮かぶのはベルリンの壁の崩壊(1989年)です」と振り返る。今に至る世界の激動の転換期に皇位継承が重なった。

行動は多岐にわたる。平和を祈り、人々の幸福を願う象徴天皇の原点に立ち、戦争犠牲者慰霊の戦跡巡りを国内外に続ける。友好親善の海外訪問は即位後でも30カ国を超えた。障害者スポーツの振興などハンディを負う人たちの支援に熱意を注ぐ。

過去の皇室の慣習、発想と相いれないこともあった。例えば、被災地や福祉施設で皇后さまとひざを屈し人々の中に入り、手を取り話をするという光景は当初周囲を驚かせた。

また国民体育大会や植樹祭など行事であいさつがあった時は、原稿は自ら何度も書き直し、深夜に及ぶことも珍しくなかったという。

この20年、世界は冷戦終結、情報化、民族・宗教対立とテロ、環境破壊と飢餓など難題があふれる。日本も少子高齢化、不況と就職難など政治経済とも不安定感の中にある。

会見でこの現状と将来について見方を問われた陛下は「むしろ心配なのは次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです」と答えた。そして「昭和の六十有余年は私どもにさまざまな教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って未来に備えることが大切と思います」という考え方を示した。

過去を切り離さず、その痛ましい教訓を常に忘れず生かす。この姿勢がまた大きな特徴といえるだろう。

一方、将来の安定した皇位継承システムなど皇室をめぐる課題は少なくない。次の時代はさらに新しい皇室のありようが求められるかもしれない。国民が皇室のあり方を考え、広く論じ合うことが肝要だろう。

読売新聞 2009年11月12日

天皇在位20年 敬愛される皇室像が定着した

天皇陛下の在位20年を記念する政府主催の式典がきょう12日、東京・国立劇場で開かれる。

陛下は1989年1月7日に即位されたが、その翌年、国の儀式として行われた「即位の礼」と同じ日に合わせての開催となる。

陛下は在位10年、あるいは15年に当たり、昭和天皇の10年、15年とを比較し、平成の時代が「困難や課題を抱えつつも、平穏に過ぎたことを幸せに思います」などと語られてきた。

世界不況が国民生活に影響を与えている。課題は多いものの、昭和の最初の20年と比べて「平穏に過ぎた」という感慨は、多くの国民に共通のものだろう。

陛下は、現行憲法の下で、象徴天皇として即位した。常々「象徴であるという憲法の規定を念頭に置きながら国や国民のために尽くすことが、国民の期待にこたえる道であると思っています」と話されている。

皇后さまとお二人で、「国民と心を共にする」という姿勢を貫かれてきた。親しみやすく、敬愛される皇室像が国民の間に浸透していった20年でもある。

陛下には様々な公務があり、多忙な毎日だ。

国体や全国植樹祭など地方訪問の機会が多い。各地の福祉施設を訪ねて入所者に声をかけられ、災害現場に足を運び被災者を励まされてきた。海外を訪問して国際親善にも貢献されている。

勲章受章者や外国の賓客にお会いになる回数も多い。天皇に受け継がれてきた宮中祭祀(さいし)もある。

陛下ご自身、こうした公務や宮中祭祀を心から大切にされているが、来月には76歳を迎える。健康面に不安がないわけではない。

宮内庁は今年初め、公務の負担軽減策を発表した。皇后さまともども、お体にさわらないよう、今後とも、日程などには十分な配慮をしてほしい。

秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生してから、皇位継承問題の論議は沈静化している。新政権もこの問題に特に言及していない。

先月、岡田外相が国会開会式での陛下のお言葉について、「陛下の思いが少しは入ったお言葉をいただく工夫ができないか」と発言した。与野党から「お言葉を政治的にあれこれ言うのは不適切だ」などと批判が相次いだ。

皇室の政治的な利用につながりかねないという観点からの批判であり、当然の反応だ。政治家、ことに閣僚は、皇室についての発言は慎重にしてもらいたい。

産経新聞 2009年11月12日

天皇在位20年 国と皇室の弥栄を願う 継承問題は白紙から検討を

天皇陛下ご在位20年を迎え、12日、都内で記念式典が行われる。陛下はこれに先立つ会見で「人々が皆で英知を結集し、相携えて協力を進めることにより、日本が現在直面している困難も一つ一つ克服されることを願っております」と述べられた。常に国民を思う陛下のお気持ちが察せられる。

古来、国民は「おおみたから(大御宝)」といわれる。この20年間、陛下はその国民のためにひたすら祈り続けてこられた。

阪神大震災(平成7年)など大災害のたびに、皇后陛下とともに現地に赴き、被災者に直接お声をかけて励まされた。

◆拉致に心痛められる

また、戦後50年の平成7年夏、広島、長崎、沖縄などを訪問し、原爆や地上戦による犠牲者を慰霊された。平成17年には、激戦地のサイパン島を訪れ、「バンザイクリフ」で皇后さまとともに深々と頭を下げられた。

その一方、陛下は宮中祭祀(さいし)を通じ、国民の安寧と豊穣(ほうじょう)を祈られている。どれだけ国民が勇気づけられたか計り知れない。

陛下は会見で拉致問題にも言及され、拉致が行われた当時の日本人がそれを認識せず、「多くの被害者が生じたことは返す返すも残念なことでした。それぞれの人の家族の苦しみは、いかばかりであったかと思います」と被害者家族を思いやられた。皇后さまも7年前、拉致問題で「驚きと悲しみとともに無念さを覚えます」と述べられている。

両陛下のお気持ちをしっかりと受けとめたい。拉致問題解決は国民すべての願いである。政府は一層努力してほしい。

陛下は皇統問題では、こう述べられた。「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要だと思います」

現行の皇室典範は男系男子皇族を皇位継承者と定めている。秋篠宮ご夫妻に長男、悠仁(ひさひと)さまが誕生される前は、秋篠宮さまより若い男子皇族がおられず、将来の皇位継承が難しいと思われていた。

このため、小泉内閣時代の平成16年末、皇室典範に関する有識者会議が設けられたが、1年足らずの議論で「女性・女系天皇容認」「男女を問わず長子優先」との結論が出された。女性天皇と女系天皇の区別が不明確なうえ、男系で維持されてきた皇統の歴史を根底から否定するものだった。

そうした国民の批判にもかかわらず、政府は有識者会議の結論に沿った皇室典範改正案を国会に提出しようとしたが、18年9月に悠仁さまがお生まれになったこともあり、改正案は棚上げされた。

◆皇族の裾野広げたい

しかし、悠仁さまを加えても、皇位継承権を持つ男子皇族は7人だけで、将来は依然、不安定だ。有識者会議の結論を白紙に戻し、皇室や歴史に詳しい専門家らによる検討が必要である。時間は十分ある。安易に女系天皇を容認する前に、旧皇族の皇籍復帰や養子制度の導入など男系維持のためのさまざまな方策が考えられる。

昨年暮れ、75歳になられた陛下は体調を崩し、今年からご公務の負担を減らされている。新嘗祭(にいなめさい)(11月23日)などの宮中祭祀も、時間を限って出席される。皇后さまも、ひざのけがが十分に治られていない。皇太子妃殿下、雅子さまのご健康問題も気遣われる。

一日も早いご回復を祈りたい。皇族のご公務の負担を軽減するためにも、皇族を増やし、裾(すそ)野を広げることが必要ではないか。

天皇ご在位20年の間、日本が自立への道を歩み始めたことも大きな特徴だ。PKO協力法(平成4年)やテロ特措法(13年)などにより、自衛隊が国際貢献の舞台で活躍するようになった。愛国心を重視する改正教育基本法(18年)や憲法改正のための国民投票法(19年)が成立した。

先の衆院選で民主党や社民党などによる連立政権が誕生したが、自立への歩みを後戻りさせるようなことは避けるべきである。

韓国が日韓併合100年にあたる来年、天皇のご訪韓を希望しているといわれる。現時点では、政治利用される恐れもあり、慎重な対応が求められる。

天皇は国民のために祈り、国民は天皇に限りない敬意と感謝の念を捧(ささ)げてきた。それが日本の歴史である。天皇と国民の絆(きずな)の強さを改めて肝に銘じるとともに、国と皇室の弥栄(いやさか)を願ってやまない。

朝日新聞 2009年11月08日

冷戦終結20年 「21世紀の壁」を越える

1989年11月9日。冷戦の最前線だったベルリンの壁が開放され、市民の手で打ち砕かれた。東欧各地で民主化革命が続き、12月の米ソ首脳会談で「冷戦終結」が宣言された。

それから20年。世界を二分した冷戦構造は崩れ、代わってグローバル化が進んだ。それが世界経済の成長の原動力ともなってきた。その一方で、地球規模の問題が噴出したのもこの20年の特徴だ。世界不況や格差拡大、テロ、海賊、地球環境の悪化など、脅威のボーダーレス化も同時進行してきた。

90年代後半には、米国の一極支配が言われた。イラク戦争での痛手、金融バブル崩壊などで米国はつまずき、今は多極化、無極化が指摘される。

冷戦は世界中の政治、人々の暮らし、そして人生さえ左右する重い現実だった。それが終わる日が来るなど、冷戦世代には夢想に近かった。

それでも、歴史は動いた。人々の勇気ある行動が、そして機を逃さずにダイナミックな外交を展開した政治家たちの決断が歯車を回したのだろう。

これは成功体験と言っていいのではないか。その教訓を21世紀の世界に生かしたい。世界がバラバラになるのではなく、多彩なつながりを強め、数々の地球規模問題を協働で治めていく。そんな外交を強めなければならない。

ドイツのメルケル首相は最近、米議会で演説し、米欧で対応の足並みがそろわない地球温暖化問題を「21世紀の壁」と呼んだ。

米欧が温室効果ガスの排出規制で連携すれば、中国、インドの参加につながる。温暖化防止法案に慎重な米国の議員たちを前に、そう強調した。難航する「ポスト京都議定書」交渉に弾みをつけたい。そのためには米議会ででも訴える。果敢な外交である。

日本にも実績がある。海上交通の要衝、マラッカ海峡の海賊対策だ。日本の呼びかけで、04年にアジア海賊対策地域協力協定ができた。海上警察能力の強化と国際協力が盛り込まれ、中国、韓国、インドなども参加している。海賊事件はそれ以来、激減した。

21世紀の世界で主導権を持つのは、直面する問題の解決に向けて国や国連、NGOなどと多様なネットワークをつくれる国である。オバマ政権入りした前プリンストン大大学院長のスローター氏がそんな論文を書いている。

大きな軍事力や経済力を背景としなくても、国際的な連携プレーを作り出すことで新たな秩序形成の主役になれる。地球温暖化に限らず、そうした試みがさまざまな「21世紀の壁」を乗り越える手段になるということだろう。

つなぎ、つながる力が、世界を動かす。そんな時代にどのように外交力を鍛え、国益と国際公益を高めていくか。日本も、足元と同時に遠くを見通した戦略を練り上げたい。

毎日新聞 2009年11月08日

冷戦終結20年 問われる日本の戦略 新たな「壁」作らぬ努力を

歴史というのは、振り返ればいつも激動の連続と見えるのだろうか。しかし「ベルリンの壁」が89年11月9日に崩れ、それから1カ月もたたない12月3日、地中海のマルタで会談した米ソ首脳が「冷戦終結」を宣言してからの20年は、まぎれもなく激動の時代だった。

世界は米ソの角逐から米一極体制へ、そして多極化の時代へと様相を変えた。米ソ対立は91年のソ連崩壊で名実ともに終わり、同年の湾岸戦争から01年9月11日の米同時多発テロまで、米国は「わが世の春」を謳歌(おうか)した。米国に盾つくイラクのフセイン政権は、湾岸戦争に続くイラク戦争(03年)で崩壊した。

だが、9・11への同情を追い風にアフガニスタンからイラクへと軍事行動を続けた米ブッシュ政権も、テロの背景にあるイスラム過激主義の危険性を取り除くことはできなかった。むしろ世界は、米国のユニラテラリズム(単独行動主義)とネオコン(新保守主義派)の単純さに嫌気がさして多極化へと向かうのだ。

世界の変化は、国際協調を重視するオバマ政権の発足によって加速した。折から日本では本格的な政権交代が実現し、「緊密で対等な日米関係」を掲げる鳩山政権は「対米追従」路線と一線を画そうとしている。日米同盟を基軸としつつ、より主体的な外交を展開できるかどうか。日本の世界観と国際戦略が問われる時代といえよう。

湾岸戦争では金銭支援に終始した日本は、イラク戦争で自衛隊を南部サマワに派遣した。当時の小泉政権は「世界の中の日米同盟」という言葉も使った。いま「親米派」からは鳩山政権の「東アジア共同体」構想について、「米国に背を向けるのか」という声も出る。だが、日本がアジアで指導力を発揮すると、なぜ対米関係を損なうことになるのか。時代の変化に対応せず、ただ米国のそばにいるだけなら、米国の負担ともなりかねない。

米国自身、常に時代を先取りした外交を心掛けてきたことを忘れてはなるまい。98年にクリントン大統領が議会の猛反発を押して訪中し、「米中蜜月」への流れをつくったのは、その一例だ。他方、中露は「上海協力機構」を率いて影響力を強め、最近は米中を「G2」(2大国)と呼ぶ人も少なくない。

欧州では北大西洋条約機構(NATO)のほか欧州連合(EU)も拡大を続け、近く新条約に基づき「欧州大統領」も誕生する。変わりゆく世界の課題は、なお冷戦構造が残る北朝鮮への対応である。北朝鮮の核・ミサイルの脅威をなくし、拉致問題の解決を図るには、日米を中心とした強い国際協力が欠かせない。

この20年は、世界経済にとっても激変の時代だった。東西ドイツの統合は他の欧州諸国、とりわけフランスに脅威と映り、それが通貨の面から欧州の結束と安定を目指す通貨統合を加速させることになった。99年1月のユーロ誕生である。

一方、EUの東方拡大が進み、かつての共産圏諸国を取り込む形で巨大な単一市場が生まれた。ヒト、モノ、カネ、情報が地球規模でダイナミックに往来するグローバリゼーションの時代が到来した。01年、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟、高い成長を遂げながら存在感を急速に拡大していった。

さらに、インド、ブラジル、ロシアを加えたBRICsの台頭は、先進7カ国(G7)体制を揺るがし、主要20カ国・地域によるG20に主導権が移ることとなった。

この間、日本はどうだったか。90年代の幕開けと同時にバブル経済が崩壊し、金融不安やデフレへの対応に追われた。欧州や新興国が大胆な変革を遂げる中、変化を恐れ、内向きの傾向を強めてしまった。

しかし、その日本にも政権交代を機に変革を目指す機運が高まっている。利権やしがらみで動きがとれなかった国内構造を変えるのはもちろんだが、新しい課題に直面した世界の中で、より良い将来に向けた提言や行動を心掛けることが必要だ。

例えば、揺らぐグローバリゼーションへの対応だ。昨秋のリーマン・ショックに端を発した金融危機を受け、保護主義や自国の利益優先主義が勢いづく傾向にある。「壁」崩壊から20年を前に訪米したドイツのメルケル首相は、米議会で「グローバリゼーションはどの大陸にも好機となることを理解してもらうのが政治家の責務だ」と演説し、グローバル化に後れをとった政府の協調体制の強化を唱えた。まさに、日本が率先して取り組むべきことである。

経済自由化の恩恵は、いつまでも自動的に受け続けられるというものではない。ブッシュ政権下で米露関係が「新たな冷戦」と呼ばれるほど冷え込んだように、いつどこに新たな「壁」ができないとも限らない。地域間の交流を増やし、人の心に壁を作らないことが大切だ。地球温暖化対策への貢献も含めて、日本は国際的な相互依存のシステムをより進化させることに努めるべきだ。

読売新聞 2009年11月10日

冷戦終結20年 世界の新秩序をどう築くか

「ベルリンの壁」が崩れて、9日で20年を迎えた。壁を崩した力はドイツの分断を解消し、ソ連も崩壊させた。米ソ冷戦構造は葬り去られた。

世界はその後、試行錯誤を繰り返してきたが、冷戦後の新秩序は(いま)だしである。

1989年の壁崩壊はまず、市場経済を東欧など旧共産圏に広げた。人、物、資金が国境を超えて動くグローバル化が進んだ。

しかし、その負の側面としての行き過ぎた自由化が、昨年の世界的金融危機をもたらした。

冷戦直後には、抑えられていた民族意識が覚醒(かくせい)し、バルカン半島では民族間の殺りくが繰り返された。欧米諸国は、国家主権の尊重より人道問題の解決が勝るとして軍事介入の道を選んだ。

2001年の米同時テロは、国際テロの脅威を見せつけた。それは、当時のブッシュ米大統領に、世界を敵味方に二分する対決路線を選ばせた。「文明の衝突」を象徴するような出来事だった。

オバマ米大統領が今、「イスラムとの対話」を呼びかけているのも、前任者の(つまず)きを踏まえて軌道修正を図っているのだろう。

一方、89年6月、中国では天安門事件が起き、民主化要求は弾圧された。中国はその後も、一党独裁体制を堅持しつつ、市場経済のもとで著しい経済成長を遂げた。だが、貧富の格差や少数民族問題など矛盾も表面化している。

北朝鮮は核ミサイル開発を続行し、東アジアの最大の不安定要因となっている。東欧諸国の変貌(へんぼう)ぶりとは対照的な冷戦の遺制と言えるだろう。

日本では、冷戦構造の崩壊後、自民党と対峙(たいじ)してきた旧社会党が姿を消し、自民党も今年、政権の座から転落した。この間、何度も日本の新たな国際貢献策が問われながら、依然として国際平和協力は、不十分なままだ。

壁崩壊の翌年に統一を果たしたドイツは、経済破綻(はたん)した旧東独地域を抱え、疲弊した。だが、欧州統合の牽引(けんいん)車としての役割を放棄せず、アフガニスタンへの派兵など国際貢献も強化している。

欧州にはかつて、巨大ドイツの出現を危惧(きぐ)する声があったが、今はそれも聞こえて来ない。

ドイツ国内では、なかなか縮まらない東西の経済格差や終わりのない旧東独再建事業に不満の声も出ているという。

だが、壁が崩れたとき、多くの人が「よりよい方向へ世界が動いた」と確信した。時計の針を巻き戻してはならない。

産経新聞 2009年11月10日

壁崩壊20年 冷戦残る地域に同盟必要

東西冷戦の象徴とされたベルリンの壁崩壊から20年たった。その翌月、米ソ首脳は「冷戦終結」を宣言、世界を覆ってきた全面核戦争の恐怖が取り除かれた。

だが、この20年で「世界がより安全で平和になった」とは言えない。欧州統合や世界経済のグローバル化が進んだ半面、アジアでは北朝鮮の核・ミサイル脅威が顕在化した。中国は軍事大国化の道を突き進み、ロシアでは強権政治復活が懸念される。テロや地球環境、貧困などの新たな脅威と課題は世界に広がった。

北東アジアに冷戦構造が厳然と残る中で、日本が改めて認識すべきは、日米安保条約を基盤とする日米同盟の活力が引き続き地域の安定と繁栄のかぎを握るということだ。冷戦時代と同じように、21世紀も日米の認識の共有を深め、ますます同盟の強化・充実を図っていく必要がある。

壁の崩壊直後、世界が平和になり、民主主義が隅々まで広がるかのような「平和の配当」論が国際社会を覆った。今ふり返って、それが希望的観測にすぎなかったことは明らかといっていい。

グローバル化は一方で大量破壊兵器技術やテロ・犯罪知識の拡散を劇的に加速した。北朝鮮とイランは核問題での連携も指摘され、テロや海賊、国際犯罪も場所を選ばなくなっている。

この間に米国はイラク、アフガニスタンに足をとられ、世界金融危機にも見舞われた。世界秩序の「多極化、無極化」シフトがいわれる中で、オバマ米政権は国際協調やネットワーク型の課題解決の手法を通じて米国の指導力回復を模索しているのが現状だ。

冷戦終結後、日米首脳が同盟のあり方を再定義したのは、壁崩壊から7年後の1996年だった。「21世紀に向けた同盟」と題する日米安保共同宣言は、同盟の終わりを告げるどころか、アジア太平洋の「安定と繁栄を維持する基礎」という新たな息吹を与えた。この認識と針路は今も正しい。

問題は、鳩山由紀夫政権にこうした歴史認識と現実的な世界観が備わっているのかどうかだ。

中国の海洋進出は東南アジアにも懸念を広げつつある。日米同盟には地域の安定を守る役割が期待される。オバマ大統領来日を同盟強化の新たな出発点としなければならない。そのためにも、鳩山首相は米軍再編問題など同盟の懸案解決に全力を注ぐべきだ。

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