水俣病救済期限 潜在患者切り捨てるな

朝日新聞 2012年07月20日

水俣病の救済 幕を引いてはいけない

被害者の発見が続いている。政府が予告する今月末で水俣病救済を締め切れば混乱が続く。窓口を開けておく必要がある。

水俣病は有機水銀のために、けいれんに苦しんだり、手足がしびれたりする公害病だ。

「患者」と認定されると最高で1800万円の補償金や医療費が支払われるが、複雑で厳しい基準がある。初期の重症患者を想定したものだ。

だが認定されなくても、しびれのような症状に苦しむ被害者はたくさんいる。

政府は地域や生まれ年を区切ったうえで、救済にむけた受けつけを2年前に始めた。被害者と認められると、210万円の一時金などが払われる。

これまで熊本、鹿児島、新潟の3県で、5万8千人以上が申請した。7月の締め切りを政府が発表した2月以降は、月に千人を超えている。

締め切りを前に、制度の矛盾も見えてきた。

たとえば、熊本県水俣市の対岸にある天草地方は、一部が救済の対象地域だ。だが、集団検診をしている民間の医師らと朝日新聞社の分析で、受診した人のうち「両手足の感覚が鈍い」症状がある率は、対象地域の内も外も、ともに8割以上の高率だった。生まれた年が対象外の世代からも症状が確認された。線引きが実態にあっていない。

締め切りがないと、行政も賠償する企業も次に進めないという考え方もあるだろう。

だが、水俣病とみられる漁師が十数人もいるのに、漁業への影響や差別を恐れ、集落ぐるみで「患者隠し」を申しあわせた地域もある。

水俣病被害者救済法は「あたう限りすべて」の被害者を救済すると明記している。苦しみ、救済されるべき被害者が、多くいる。広がりは底なしと言えるほどだ。それが重金属汚染の恐ろしさと、難しさだ。

救済法は、住民健康調査や病像解明のための調査研究の必要をうたっている。だが、政府は住民調査をせず、被害の全体像を明らかにしていない。

細野豪志環境相は現実を見つめ、申請期限を定めた大臣通知を改めるべきだ。

水俣病は発症後まもなく死にいたる劇症型が強く知られたため、自分の症状を水俣病だと知らない人も少なくない。

最高裁が幅広い水俣病の存在を認めたことで、被害者はさらに多いことが年を経るにつれて明らかになっている。

締め切りは無理だと、医師や地元の人たちは訴えている。幕を引くときではない。

毎日新聞 2012年07月17日

水俣病救済期限 潜在患者切り捨てるな

国の基準で水俣病と認められない患者を救済する「水俣病被害者救済特別措置法(特措法)」の申請期限が今月末に迫った。しかし、患者団体などからは、差別や偏見を恐れて申請をためらう被害者がいまだに多数いるとの指摘が出ている。一方的に期限を決めて救済の道を閉ざすことは、「あたう限り」の被害者救済を定めた特措法の趣旨にも反する。政府は申請期限を撤回すべきだ。

今年6月末までの申請は熊本、鹿児島、新潟3県で計5万7589件に達し、6万人に迫る勢いだ。環境省が2月に申請期限を発表してからは、毎月1000件を超えており、先月は2000件近くに達した。

熊本、鹿児島両県で患者団体や医師らが先月24日に実施した一斉検診では、受診者約1400人の9割に感覚障害など水俣病の症状がみられたという。さらに、この中には、大半が特措法の救済対象地域外となる熊本県天草市の住民なども数多く含まれていた。対象地域外からでも救済申請はできるが、有機水銀に汚染された魚介類をたくさん食べていたことを示す必要がある。

こうした状況を踏まえれば、水俣病被害者の掘り起こし作業は途上にあり、今月末での救済申請の受け付け打ち切りが、潜在患者の切り捨てにつながることは明らかだ。

特措法に基づく申請受け付けは10年5月に始まった。3年をめどに対象者を確定すると規定しており、環境省は審査期間を考慮して、受付期限を今月末とした。環境省は「期限内にできる限りの救済を図ることが国の務め」と話し、期限は見直さない方針だ。申請の増加も、期限を明示した効果の表れだという。

しかし、「3年」はあくまでも「めど」だ。日本弁護士連合会は先月、3年の期間は「あたう限り全ての水俣病の被害者の救済が終わるまで」と理解すべきだと、同省などに申し入れた。もっともな指摘だ。

そもそも、特措法が制定されたのは、未認定患者が勝訴した関西訴訟最高裁判決(04年)後に、患者としての認定申請が急増したことがきっかけだ。患者認定に比べ、救済内容に大きな差があるにもかかわらず、多くの被害者が特措法に基づく救済申請に踏み切るのは、高齢化などを背景に、基準が厳しい患者認定よりも確実な救済を望むからだろう。

水俣病は公式確認からでも56年が経過したが、被害の全体像は今もなお分かっていない。国が包括的な住民の健康調査などを通じた実態解明をしてこなかったからだ。国は、いまからでも可能な調査を尽くし、患者認定基準の抜本的な見直しに取り組む必要があるのではないか。被害者救済に幕を引いてはならない。

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