取り調べ可視化 全過程で導入を原則に

朝日新聞 2012年07月10日

調べの可視化 捜査側にもプラスだ

取り調べの様子を録音・録画(可視化)する試みを進めてきた最高検が、およそ1年間の検証結果をまとめた。新しい時代の捜査や公判のあり方を検討している法制審議会に報告する。具体的な制度づくりに向けて、議論の深まりを期待したい。

録音・録画は、裁判員裁判の対象となる重大事件や、特捜部が手がける独自捜査事件など2537件で実施された。うち、取り調べの全過程を記録したのは632件だった。

興味ぶかいのは、録音・録画しなかった理由や捜査への影響を、事件に即してくわしく紹介した部分だ。こうした報告は過去になかったわけではないが、抽象的だったり断片的な経験談にとどまったりしていた。

検証結果からは、検察官の間でも可視化への理解が広がっていることがうかがえる。

取り調べの様子が確認できるようになれば、捜査の行きすぎが抑えられるのはもちろん、検察側にとっても、調べが適切に行われたことを証明する有効な手段になる。今回も、記録を残したことで、容疑者の事後の言い逃れやうそを封じた例がいくつも報告された。

ただし裁判官や裁判員を納得させるには、原則として全過程の可視化が必要だ。検察官の裁量に任せる方法では「都合のいい場面だけ切り取ったのではないか」との疑いは残るし、何より判断を誤る恐れが大きい。

一方で、一律に実施すれば弊害も心配される。

特捜事件では98件のうち19件で、容疑者の側が録音・録画を拒んだ。恥ずかしい、共犯者に知られたくないなど理由は様々だが、そんな場合も可視化を優先すべきだとはいえまい。諸外国でも例外規定を設けるところが少なくない。今後の検討の大きなポイントといえよう。

刑事司法のように見解が鋭く対立するテーマでは、議論のための土台を築くことが大切だ。実態にもとづくデータと問題意識の共有が欠かせない。同じく試行を続ける警察とも連携をとり、信頼できる調査と分析を重ねることが求められる。

課題は可視化だけではない。組織犯罪の上部にせまる捜査手法の導入▽故意や認識など主観にかかわることも、検察側がすべて立証責任を負う制度の見直し――などにも取り組み、供述によりかからない捜査への脱皮を図らねばならない。

摘発すべきを摘発し、無実の人を罰しない。それは、検察、弁護、裁判の立場の違いをこえて、追求すべき課題だ。ねばり強く合意点を探ってほしい。

毎日新聞 2012年07月10日

取り調べ可視化 全過程で導入を原則に

最高検はこの1年試行してきた取り調べの録音・録画(可視化)の検証結果を公表した。

従来、試行してきた裁判員裁判対象事件だけでなく、検察の独自捜査事件の9割以上でも可視化が実現した。刑事司法の信頼性を高めるために可視化の流れは止められない。

取り調べの様子を録音・録画することによって、「適正な取り調べができる」と、検察官の中にも評価する声が強い。

実際に、供述の押しつけがないことが示された録音や録画が証拠請求され、検察の有罪立証に活用されているケースも少なくない。自白が任意に行われているか否かの争いが減れば、公判はスムーズに運ぶ。

一方で、「共犯者について話さなくなる」「警戒して口が重くなる」など最高検は弊害が大きいことも強調した。可視化した検察の独自捜査事件のうち、取り調べ全過程の録音・録画は4割にとどまった。

容疑者本人が嫌がる場合もあるとはいえ、「可視化の下では真相に迫れない」との検察官の考えが、色濃く反映されていると思われる。

だが、思い出してほしい。なぜ可視化が必要なのか。一義的には冤罪(えんざい)を防ぐためだ。最近続いた再審無罪事件では、自白を引き出すための強引な取り調べもみられた。

また、陸山会事件では、誘導や威迫など不当な取り調べが組織的に行われていたと裁判所が認定した。

取り調べという捜査の根幹部分への不信感が今、渦巻いているのだ。

英国やフランスなどヨーロッパを中心に1990年代以後、取り調べの可視化が法制化されたが、両国を含め「全過程」を範囲とする国が多い。素直に自白する場面など都合のいい部分を切り取る「一部」可視化では、やはり不当な取り調べが残る懸念は消えない。デメリットを踏まえ、それでも原則として「全過程」を可視化する道を探るべきだ。

法相の諮問機関である法制審の部会が今後、法制化に向け議論を本格化する。部会では可視化のデメリットを補い、供述に頼らずに証拠を集める手段として、通信傍受の拡大や、おとり捜査、罪を認めれば刑を軽くする司法取引など新たな捜査手法の導入も検討する。治安の現状や日本の司法風土も考慮したうえで、慎重に議論を進めてもらいたい。

最高検は今後、精神障害者の事件などにも可視化の範囲を広げる方針だ。裁判員裁判の対象事件で録音・録画を試行してきた警察も、今年に入って試行範囲を広げた。

捜査の第一線にいる人たちの意識を改革し、組織として取り調べ技術を磨き、能力を高めることにも力を注ぐべきである。

読売新聞 2012年07月08日

取り調べ可視化 検証結果を制度論議に生かせ

最高検が、昨年3月以降、全国の地検で試行を重ねてきた取り調べの録音・録画(可視化)の検証報告をまとめた。

浮かび上がった成果と弊害をしっかり分析し、刑事司法の新たな制度作りに生かすことが肝要だ。

元厚生労働省局長が無罪となった郵便不正事件を巡る大阪地検特捜部の不祥事を受けて実施した。地検特捜部の扱う独自捜査や裁判員裁判の事件約2000件を対象とし、うち約440件では全過程を録音・録画した。

検証報告が指摘した可視化の成果の一つが、取り調べる検察官の言葉や態度が丁寧になった点だ。容疑者が実際に語った表現を用いて供述調書を作成する姿勢も顕著に見られるという。

裏を返せば、これまで、検察官による供述の押しつけや調書の“作文”が、少なからずあったということだろう。

否認から自白に至る過程を音声や映像で記録するため、供述の任意性が客観的に証明できるとも指摘している。

密室という状況が、検察官の強引な取り調べにつながっていたことは否定できない。不正な捜査を防ぐために、可視化は有効な手段であることが今回の試行で裏付けられたと言えよう。

現在、議論の焦点となっているのは、取り調べの全過程を録音・録画するのか、それとも一部にとどめるのか、ということだ。

日本弁護士連合会などは、「一部の可視化では検察官の都合のいい部分しか記録されず、冤罪(えんざい)の原因にもなりかねない」として、全過程の可視化を主張している。

一方、検察では全過程の可視化に対する拒否反応が強い。カメラを意識した容疑者から供述を得られない恐れがあるからだ。今回の検証報告でも「録音・録画されているので言いにくい」と自白を拒むケースがあったとしている。

事件を着実に解決し、治安を守ることが捜査機関の第一の使命である。容疑者から供述を引き出せず、犯罪の解明ができなくなることは避けねばならない。

欧州では全過程の可視化を制度化している国が多い。米国は州によって可視化の範囲は異なる。ただ、欧米に共通するのは、可視化だけでなく、おとり捜査や、罪を認めれば刑を軽減する「司法取引」も導入されていることだ。

検証報告は、可視化の法制化を議論している法制審議会に提出される。海外の事例も参考に検討を重ねてもらいたい。

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