朝日新聞 2012年06月17日
子どもと移植 家族と現場を支えねば
「息子が誰かのからだの一部となって長く生きてくれる」
こんな両親の言葉に、胸を打たれた人も多かったのではないか。脳死と判定された幼いわが子の臓器を提供する、重い決断を終えての言葉である。
2年前に臓器移植法が改正され、15歳未満の子どもからの臓器提供に道が開かれて以来、6歳未満の幼児からの、初めての臓器提供例となった。
男の子の心臓や肝臓は、10歳未満の女児らに移植された。
両親の願いがかなうように、手術をした病院は力を尽くすとともに、橋渡し役の日本臓器移植ネットワークは、残された家族を長期にしっかり支える態勢を整えなくてはならない。
男児は低酸素脳症で入院していたという。どういう経過で死に至ったのか。大人より基準が厳格な脳死の判定と、幼児虐待がないことの確認は、どうなされたか。両親が提供を決めるまで、そしてその後はどのようなことが進んだか。
家族のプライバシーと意向を大切にしつつ、移植ネットワークには、経過をできるだけ明らかにし、透明さを保つことを求めたい。今後の検証も重要だ。
それは、移植医療という重い行いへの信頼を築き、理解を広める判断の材料が示される必要があるためだ。両親の思いに心を寄せることにもつながる。
子どもの臓器移植は、日本にとって長く、重い課題だった。
97年にできた臓器移植法は、脳死からの臓器提供に当たって本人の書面による同意を必要とし、15歳未満の子どもは法律上、臓器を提供できなかった。
小さい子どもには小さい臓器が必要だ。重い心臓病の子どもが移植を受けようとすれば、巨額の寄付を募って、米国などに渡るほか方法がなかった。
しかし、どの国でも、提供者より移植を待つ人の方が圧倒的に多い。渡航しての移植に厳しい目が注がれるようになり、世界保健機関(WHO)も10年、自国内で移植を受けるよう求める指針を決めた。
10年の法改正に続き、今回の例で一歩を踏み出したとはいえ、課題はなお多い。
とりわけ、わが子の脳死というつらい現実に突然直面し、決断を迫られる親への支援が重要だ。親をはじめ家族が納得できるためには、救命のための治療が尽くされることが大前提で、移植コーディネーターの役割もきわめて重要だ。
もともと余裕の少ない小児救急の現場や、移植の支援スタッフの充実がはかられてこそだ。地道な取り組みが必要だ。
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毎日新聞 2012年06月18日
小児脳死移植 検証と支援の両立を
6歳未満の男の子が脳死と判定され、心臓、肝臓、腎臓が移植を待つ患者に提供された。2年前に臓器移植法が全面改正されて以来、15歳未満の子どもを提供者とする脳死移植は2例目、6歳未満では初のケースとなる。
改正前の臓器移植法では脳死の子どもの臓器は提供できず、小さい臓器を必要とする子どもへの脳死移植は国内ではできなかった。
今回、心臓と肝臓は大阪と東京でそれぞれ10歳未満の子どもに提供された。改正臓器移植法のねらいのひとつである子どもの脳死移植の可能性が広がったことになる。
ただし、これで、子どもの移植が進むと思うのは早計だろう。ハードルはいくつもある。
まず、親が子どもの脳死を受け入れることの困難さがある。虐待で脳死になった疑いを慎重に排除する必要もある。子どもは脳の回復力が強く、脳死判定に慎重にならざるを得ない面もある。6歳未満は大人の脳死判定より厳しい基準が義務づけられているものの、現段階では不十分として、6歳未満の脳死判定を実施しない病院もある。
こうした状況の中で、子どもの脳死移植を定着させようとするなら、解決すべき課題がある。情報公開に基づく検証と、家族の支援の両方をあわせて行うことだ。
今回、脳死と判定された男の子は事故による「低酸素性脳症」とだけ公表されている。脳に十分な酸素が行かなくなった状態だが、何が原因かは明らかにされていない。
家族がどういう状況で臓器提供を希望したのか、どのような説明がなされ、何を決め手に決断したのかもわからない。提供者の情報や移植の経緯は日本臓器移植ネットワークが説明するが、「提供者のプライバシー」を理由に、非常に限られた情報しか公開されないのが実情だ。
昨年4月に実施された10代前半の男子を提供者とする脳死移植でも、移植ネットは限られた情報しか公開しなかった。その後の検証も十分とは思えない。
もちろん、プライバシー保護は重要だ。しかし、情報を公開し公正な検証をすることが脳死移植の信頼性を高めるためには欠かせない。移植ネットはそうしたメリットも患者家族に説明し、理解を求めてほしい。
臓器提供した病院が子どもの脳死判定の難しさをどう克服したのか。その検証も必要だ。
同時に、臓器提供するにせよ、しないにせよ、子どもの脳死に直面した家族を支援する体制を整えることも大事だ。そうした積み重ねがあってこそ、移植医療への理解が進むのではないだろうか。
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読売新聞 2012年06月18日
幼児の臓器提供 国内での移植を増やす契機に
富山県で6歳未満の男児が脳死と判定され、心臓などが、他の人に移植された。
2010年施行の改正臓器移植法で15歳未満の子供からの臓器提供が可能となったが、幼児から提供されたのは今回が初めてだ。
かわいい盛りのわが子を失った両親にとって、脳死の事実を受け入れ、臓器の提供を承諾することは、計り知れぬほど重く、つらい決断だっただろう。
男児の心臓と肝臓は10歳未満の女の子2人にそれぞれ移植され、別の幼い命が救われた。
幼児間の臓器移植が実現したことは、日本の移植医療の着実な前進と言えよう。
改正前の旧移植法は、本人が書面で提供意思を示していなければ臓器移植を認めなかった。有効な意思表示ができるのは民法で15歳以上とされ、幼い子供からの臓器提供は禁じられてきた。
2年前の法改正によって、欧米などと同様に、本人が提供拒否の意思を示していない限り、年齢にかかわらず家族の判断で臓器提供が可能になった。
ところが、改正法の施行後も、幼児からの脳死移植はなかなか行われなかった。背景には、幼児の脳死判定の難しさがある。
大人より一段と厳格な脳死判定を行い、親からの虐待の有無なども慎重に見極めねばならない。
厚生労働省などは今回、脳死判定の厳しい条件をクリアし、確認作業を重ねた上で臓器移植が行われたとしている。
子供の脳死移植に対する信頼を培うためには、事後の厳密な検証作業が欠かせない。男児が入院していた病院で行われた脳死判定に関わる議論の内容などについて、詳細な情報公開が必要だ。
これまで、国内では幼児の臓器提供がなかったため、移植を待つ子供たちは、海外に渡航して移植を受けるしか方法がなかった。多額の費用をかけて、臓器提供してもらう現状には、海外から厳しい視線が注がれている。
今回の臓器提供を国内での移植を増やす契機としたい。
そのためには、移植医療の態勢の充実が欠かせない。間違いなく脳死判定のできる医療機関を増やし、心のケアにあたる移植コーディネーターなども、拡充しなければならない。
〈息子が誰かのからだの一部となって、長く生きてくれるのではないか〉。臓器提供した男児の両親のコメントだ。命のリレーを広げる礎としたい言葉である。
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