最後のオウム逮捕 偽名生活を許さぬ社会に

朝日新聞 2012年06月18日

オウム事件 社会も顔立ちを変えた

地下鉄サリン事件から17年。最後まで逃げていた2人が相次いで捕まり、一連のオウム事件の捜査は終わる。

多くのなぞと傷あとを残した事件だった。

手配写真と様変わりした2人の顔にはだれもが驚いた。しかし、この社会の顔立ちもまた、17年の間にずいぶん変わった。

深く刻まれた不安と不信。

その象徴が、高橋克也容疑者を追いつめた防犯カメラだ。

業界団体によると、その市場規模は事件前の倍にふくれ、今や推定で全国300万台以上が市民を24時間見つめる。じつに40人に1台の計算だ。

地下鉄にまかれた毒物は13人の命を奪い、6千人を負傷させた。顔も知らぬ人たちから、いわれなき憎悪を向けられる。その事実に私たちはおびえた。

01年の米同時多発テロや08年の秋葉原無差別殺傷事件も、追い打ちをかけた。顔の見えぬ悪意から身を守りたい。切なる願いに、「見られている」居心地の悪さはいつしか薄れた。

「防犯カメラによる安全・安心の確保と、プライバシーの尊重。どちらをとりますか?」。警察庁の有識者会議が3年前、ある大都市でアンケートした。

9割の市民が前者を選んだ。

カメラに「見られている気がして落ち着かない」人は2割に満たず、過半数が「見守られていて安心」と答えた。

互いの生活に立ち入らず好きに暮らせる社会を、私たちは築いてきた。半面、とくに都会ではだれが隣に住んでいてもわからなくなった。止まらぬ自殺、孤立死が示すように、だれも頼りにできない空気がある。

「見られている」を「見守られている」に変えたのは、この無力感ではなかったか。

防犯カメラは捜査に威力を発揮した。一方でその網目をかいくぐり、2人が17年も身を潜めてこられたのも事実だ。

菊地直子容疑者をあぶり出したのは機械ではなく、生身の人の目だった。大みそかに平田信被告が出頭し、社会の関心が再び事件に向いたことと無縁ではないだろう。人々の注視なくして機械のみで社会は守れない。

犯罪の発生件数はこの10年で半減し、検挙率も20%から31%に回復した。組織的な無差別テロはオウム以来おきていない。

冷静に考えれば治安はよくなっている。なのに不安は治まらない。悪意を向けられた理由が今も思い当たらないからだ。

このまま不安を土台に社会を築いてゆくべきか。正解はなさそうだが、その変貌(へんぼう)から目をそむけず自問を続けるしかない。

読売新聞 2012年06月17日

高橋容疑者逮捕 情報提供が逃亡を食い止めた

オウム真理教の摘発から17年を経て、捜査は大きな節目を迎えた。

一連の事件で特別手配され、唯一、逃亡を続けていた高橋克也容疑者が逮捕された。

教団中枢の「諜報(ちょうほう)省」に属し、松本智津夫死刑囚の警護役もしていた重要容疑者だ。地下鉄サリン事件では、実行犯を駅まで送る運転手役を務めたとされる。

事件で夫を失った遺族は、「あれだけの事件を起こして、どういう気持ちで逃げていたのか」と憤りを語った。被害者、遺族に共通する思いだろう。

高橋容疑者への取り調べを通し、警視庁には事件のさらなる解明を求めたい。

昨年末、同じく特別手配されていた平田信被告が出頭した。これをきっかけに、オウム事件への関心が再び高まり、今月初め、情報提供が端緒となって菊地直子容疑者が逮捕された。

菊地容疑者の供述などから、足取りが不明だった高橋容疑者の潜伏先が分かった。

警視庁は防犯カメラの映像、新しい似顔絵、筆跡などを積極的に公開し、情報提供を呼びかけた。2週間足らずの間に寄せられた情報は1700件以上に上った。

逮捕の決め手となったのも、高橋容疑者が漫画喫茶に入るのを見たという人からの通報だった。

一般市民の協力を得る公開捜査が功を奏した形だ。今後の犯罪捜査にも、今回の手法は大いに役立つのではないか。

特に、防犯カメラの効果は大きかった。金融機関の窓口で多額の現金を引き出す姿をとらえた映像は、高橋容疑者の人相や体形がはっきり分かるものだった。

防犯カメラの設置を巡っては、プライバシー侵害との声もある。だが、今回の逮捕は、犯罪捜査の強力な武器になることを改めて実証したと言えよう。

ここに至るまでの捜査は大きな教訓を残した。

警察が教団の強制捜査に乗り出したのは、1995年の地下鉄サリン事件直後だった。それ以前に教団は、坂本堤弁護士一家殺害事件、松本サリン事件などを引き起こしていたが、警察は決定的な証拠をつかめなかった。

捜査が後手に回ったことが、教団の暴走を止められなかった最大の要因である。

高橋容疑者の逮捕で、オウム捜査は終結に向かうだろう。凶悪なテロ集団を二度とはびこらせないためには、これまでの捜査を徹底検証することが何より重要だ。

産経新聞 2012年06月18日

最後のオウム逮捕 偽名生活を許さぬ社会に

一連のオウム真理教事件で特別手配されていた容疑者の最後の一人、高橋克也容疑者の逮捕は、同時に日本社会の現状についての多くの問題を浮かび上がらせた。

地下鉄サリン事件などで高橋容疑者が果たした役割や逃走生活に組織的支援がなかったかなど、解明すべき点は多い。

他の幹部らの刑事裁判は事実上終結し、確定死刑囚は13人を数える。高橋容疑者らの公判を迅速に進めることも重要だ。

さらに問題とすべきは、他人になりすまして生きることのたやすさだ。高橋容疑者の逃走生活は実に17年1カ月に及び、この間、実在男性の住民票を不正取得し、住居の賃貸契約を結んだ。

偽名で就職し、金融機関に口座も開いていた。偽名での生活がこれほど安易に許される社会が果たして健全といえるだろうか。これを許さない仕組みを早急に構築することが必要だ。

先に逮捕された菊地直子容疑者も実在女性の名で暮らし、福祉施設で働いて今年2月には介護ヘルパー2級の資格も得ていた。

昨年の大みそかに出頭した平田信被告をかくまい続けた犯人蔵匿罪で実刑判決を受けた女性元信者は偽名で整体院に就職し、健康保険証まで受領していた。保険証を身分証明に女性元信者は銀行口座を開設し、携帯電話やインターネットの契約も行っていた。

厚生労働省は「雇用主の申請内容が正しいという前提で保険証は発行される」とし、発見は難しいという。菊地容疑者にヘルパー資格を与えた神奈川県も、必要な講義・実習時間をこなせばよく、本人確認は行っていなかった。

偽名の資格はあらゆる犯罪の温床となり得る。なりすましや背乗りは、オウムばかりではなく、北朝鮮工作員の常套(じょうとう)手段でもある。大韓航空機爆破事件では、主犯の男が実在する日本人男性名義の偽造パスポートを持っていた。男性が事前に工作員にパスポートを預けたことも分かっている。

高橋容疑者は勤務先から逃走後10日余りで逮捕された。菊地容疑者の供述に加えて、金融機関、スーパーなどの防犯カメラにさらした姿が包囲網を狭めた結果だ。

だが、それ以前の17年間の逃走生活を許した問題点や反省を、今後に生かさなくてはならない。

実名で正直に暮らす人のための、真っ当な社会でありたい。

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